青の風景
青の風景。
そう言われて、あなたは何を思い浮かべますか?
青い空、青い海、青い地球・・・・・・。きっと色々ありますね。
2016年の夏、ドイツのフランクフルトから電車で20~30分のところにあるマインツという場所を訪ねた。
向かったのはサンクトシュテファン教会。小高い丘にポツンとこぢんまりと建っていて、暖色系の温かみのある外観。扉のドアノブが魚の形をしていて愛らしく、まるでおとぎ話に出てくる中世ヨーロッパのお屋敷のようだ。
ところが、扉を開けた瞬間、私は息を飲んだ。
中は青い光が満ち溢れ、まるで天使達と海の中で戯れているよう。
その荘厳で幻想的な風景の源はステンドグラスであった。一般に教会のステンドグラスにはさまざまな色が使われるが、ここでは珍しくほぼブルーのみ。所々に赤やグリーンの差し色はあるものの、全体が青一色のグラデーションで構成されているのだ。
手掛けたのは、画家マルク・シャガール。さすが「色彩の魔術師」の最晩年の作品だけのことはある。
教会のステンドグラスはまだほとんどの人々が文字を読めなかった時代、宗教の教えを分かりやすく伝えられるという重要な役割を果たしていたのをご存知だろうか。
ロシアで生まれ育ったユダヤ人のシャガールは、宗教的な二重性を抱えている。そんな彼がステンドグラスを依頼された。そして、豊かな色彩で派手に仕上げることを選ばず、青一色で表現した。それはもちろん「シャガールブルー」と言われるように、この画家のトレードマークだが、私はそれより「ひと色」で描き上げたことにこそ意味があると思う。
青はユダヤ人にとって特別な意味を持つ色。イスラエルの国旗の色も白とブルーだ。それは、キリスト教とユダヤ教の和解、宗教は違っても、信じる神は一つだということを、信者達に暗黙で訴えているように感じたのだ。
私は、シャガールが特別好きではないのだけれど、この青の世界にはすっかり魅せられて、自分自身へのお土産に小さなティーキャンドルをいくつか購入して帰ったのだが、勿体無くて、特別な時だけ灯していた。それも残るは最後の一つとなった今年の3月の出来事である。
電車の中で、花粉症で鼻をすすっていた隣に座っていた外国人の男がティッシュを一枚、差し出してくれた。
「ごめんなさいね、鼻をすするのは海外ではNGなマナーでしたね」
「いえいえ、ただsnifflingしてて辛そうだったから」
遠慮なくティッシュを1枚いただき「Where are you from?」と尋ねたら
「Germany」
「へえ!そうなの?ドイツには何度か行ったことがあるわ。特に印象に残ったのが、マインツという街よ」
今度は彼が驚く番
「え? マインツ 今、マインツって言ったよね。僕は、なんと、マインツ出身だよ。マインツに来てくれたことがあるなんて、嬉しいよ!!」
「わあ、偶然ね。シャガールのステンドグラスで有名な教会があるでしょ?私はあの教会が印象的で忘れられないのよ」
「そうそう、この教会のことでしょ!」と
自分のスマートフォンをさっと取り出して、あのステンドグラスの写真を見せてくれた。
ドイツだって広いのに、まさかマインツ出身の人と電車でと隣り合わせるなんて。
忘れられない青の風景が鮮やか蘇り、旅を終えて何年も経つ今、再びこんな素敵な出会いをくれた。
この日、私は最後のキャンドルを灯して、またマインツを訪ねようと誓ったのだった。
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