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医学コラム(6)ウジ虫と糖尿病

 水木しげるは、ニューブリテン島で爆撃にあい、右腕を負傷。切断した傷口にウジがわき、それをみた軍医は「フーム、今日一日もつかな」と言ったそうです。すでにマラリアにも罹っていたので、助かるとは思えません。しかし驚異的な回復力で生き延び、復員したのでした。
 なぜ水木しげるが生き延びられたのでしょうか。マラリアについては分かりませんが、傷に対しては、実はウジ虫が良かったのではないかと思われます。
 化膿した傷口を放っておくと、敗血症から死に至る確率が跳ね上がります。しかしウジがわくと、むしろ治りが早く、しかも皮膚がきれいに再生されることが、古代から知られていました。第一次世界大戦後、これを医療に利用しようという気運がアメリカを中心に高まり、とりわけ1930年代から40年代半ばまで、欧米で「ウジ虫療法(マゴットセラピー)」が最盛期を迎えます。マゴット(maggot)は英語でウジのことです。しかし抗生物質の登場によって急速に衰退し、忘れ去られていきました。
 それが再び脚光を浴びるようになったのは、1980年代に入ってから。抗生物質の使いすぎによる薬剤耐性菌の出現に加え、糖尿病患者の増加から、いわゆる「糖尿病足」が急増したことによります。
 糖尿病が進行すると、神経が鈍くなって痛みを感じにくくなります。それに加えて、足の血流が悪くなります。その状態で足指や足裏に小さな傷やマメができると、本人が気づかないまま悪化して化膿し、その範囲が拡がっていきます。それが糖尿病足です。ネットで画像検索すると、ショッキングな写真が多数見られるはずです。
 糖尿病足を放っておくと、敗血症になって命に関わってきます。しかし化膿の範囲が大きいと、抗生物質だけでは無理ですし、使いすぎれば耐性菌が出てくるので、結局は足を切断することになります。足首から下(踵や甲や指)を切るのを「小切断」、それより上を切るのを「大切断」と呼びますが、日本国内では毎年合わせて約1万人が、大小の切断を受けているのです。
 しかし化膿をうまく治療できれば、切断を回避したり、範囲を小さくしたりできるかもしれません。そこで登場するのがウジ虫というわけです。傷口を専用のカバーで覆って、そのなかにウジ虫を数十匹放します。無菌状態で育てているので、感染症などの心配はありません。虫たちは化膿した組織だけをせっせと食べて、傷口をきれいにしてくれます。また彼らの分泌物には、傷を早く治す作用があることが分かっています。しかも副反応も後遺症もありません。
 1995年にイギリスで保険適用になり、2004年にはアメリカで医療機器として承認されました。すでに欧米を中心に世界数十か国で使われています。日本ではまだ保険適用になっていませんが、自由診療でやってくれる病院・クリニックが増えてきています。


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