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医学コラム(3)蜂刺傷

 近所のホームセンターのいちばん目立つ棚に「蜂コロリ」「蜂スプレー」など、蜂対策商品が山と積まれていました。ついこの前までは、同じ棚をムカデ対策商品が占めていましたから、お盆を境に、季節が一歩進んだということでしょう。
 刺す蜂の代表はスズメバチ、次いでミツバチ、アシナガバチです。なかでも最大最強なのがオオスズメバチ。しかし山野を好むため、都市近郊で見かけることは滅多にありません。
 身近にいるのはキイロスズメバチやモンスズメバチです。捨てられた残飯、道端に落ちている菓子やパンのかけら、空缶の底に残ったジュースなど、何でも食べます。しかも住宅街には空き家が多く、屋根裏や庭木など、巣作りに適した環境に事欠きません。都会は彼らにとってパラダイスなのです。
 蜂に刺されることを「蜂刺傷」と言います。蜂刺傷で心配なのが「アナフィラキシー」、つまり激しいアレルギー反応です。1回刺されると、1~2割のひとで、蜂毒に対する抗体(IgE抗体)が作られます。もう一度刺されると、毒と抗体が激しく反応し、頭痛や吐き気に襲われたり、蕁麻疹が出たりします。それがアナフィラキシーです。
 重症化すると「アナフィラキシーショック」と呼ばれるショック状態に陥ります。全身に震えが出たり、くちびるが紫色になったり、呼吸が苦しくなったり、なかには血圧が急激に低下して失神するひともいます。早く治療しないと、命を落とすことにもなりかねません。過去10年間のデータを見ると、毎年10~20人が蜂に刺されて亡くなっており、そのほとんどがアナフィラキシーショックと言われています。
 応急処置としては、アドレナリン(エピネフリン)の注射が有効です。刺されたひとが自分で注射できる「エピペン」と呼ばれるデバイスもあり、医師の処方で入手できます。林業や電力・土木関係、養蜂業などでは、蜂に刺されるリスクが高いため、エピペンを携行することが推奨されています。そのためか、現役世代で蜂に刺されて亡くなるひとはほとんどおらず、死亡例の大半が65歳以上の高齢者で占められています。
 毒そのものは、医学的にはあまり危険視されていません。もちろん蜂に刺されると痛いですし、とくにスズメバチに刺された痛みは猛烈です。しかし蜂1匹分の毒では、到底人間を殺せません。
 ただし束になって襲ってくると、話は違ってきます。
 10数年前、九州のある県で、80代の男性が畑仕事をしている最中に、スズメバチの群れに襲われ、全身を78箇所も刺されて病院に担ぎ込まれるという事故がありました。このひとは、過去に蜂に刺されたことがなかったので、アナフィラキシーの心配はなかったのですが、大量の毒を打ち込まれたため、3日後に多臓器不全で亡くなりました。その翌年には、北陸のある県で、山芋堀りに行った70代の女性が、山中でオオスズメバチの群れに襲われ、全身60カ所を刺されました。このひとは、毒で心臓がやられてしまい、4日後に亡くなっています。

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