【漫画感想】 多様性のあとに続くことば 『春あかね高校 定時制夜間部』
「多様性」ということばを、現代で生きていて聞いたことがない人はいないだろう。自分はこのことばがあまり好きではない。いや、正確にはその後に来ることばが好きではない。
だいたい、このことばとセットで使われるのは「尊重する」とか「受け入れる」とか、そんなワードがあとに続く。この表現がすごく鼻につくのだ。
多様性について考えないといけないのは間違いない。でも、この表現はさも「普通」の側の人間が配慮してあげてますよ、という感じが出て好きになれないことばなのだ。
どうしてこんなことを書いているかと言うと、『春あかね高校 定時制夜間部』という漫画を読んだから。
この漫画は夜間定時制の学校に通う人たちの物語。夜間学校ということで、様々な境遇のキャラが登場する。
1対1でしか会話ができない子。変Tシャツ集めが趣味の不登校だった子。地元じゃ超有名な元ヤンの子。精神病を患っていた40歳。そして女装男子。
すごく個性的なクラスメイトたちだ。あえて嫌いなことばで表現すると、冒頭で書いた「多様性」の塊みたいなキャラたちが登場する漫画となっている。
でも、「多様性について考えよう」みたいな、そんな説教臭い漫画ではない。あくまで、夜間学校の生徒たちの日常を少しギャグテイストに描いた作品だ。
描かれる日常
先述したような個性の強いキャラたち。彼らには、その個性の強さゆえの、苦労や辛い過去がきっとある。しかし、それはほとんど描かれない。
精神病院に入院していたことや、親が会社経営に失敗してギャンブル漬けになっていること。普通なら、1つのエピソードとして重苦しく長尺で描くようなストーリーは、ほとんど描かれない。淡々と描写される。
あくまで、学生たちが面白おかしく日常を送っている様子が描かれているだけだ。彼らは、ごく普通に友達になり、ごく普通に学校生活を送っている。
でも、だからこそこの漫画は素晴らしいのだと思う。この漫画に出てくる人は、普通の人ではないのかもしれない。でも、そんな彼らも、友達がいて、くだらないバカを言い合って、笑っている。登下校で友達と待ち合わせをして、おしゃべりをするのだ。
何かしら、普通じゃない道を歩んでしまった人。でも、そんな彼らも楽しく、まっすぐに生きている。みんながみんな、苦しみつづけているわけではない。
友達という距離感
この漫画で1番好きなところは、各登場人物たちの距離感だ。
冒頭で記載したとおり、外から見ると、「コンプレックス」とも捉えられるような特徴を持ったキャラばかりだ。しかし、彼らはそれに対して特に触れない。ごく自然に振る舞う。コンプレックスを解決しようと物語が動くことはない。
単なる個性として受け入れて、普通に振る舞う。自分には絶対にできないことだ。何か力を貸してあげたくなったり、「普通な人間」に戻そうとしたりするかもしれない。
でも、「友達」ってそういう存在では決してない。それは就労支援なんかの、「福祉」の役割だ。ただ、そこにいるだけ。一緒に行動するだけ。それだけで、なにも変わらないかもしれないし、変わるかもしれない。
この漫画の登場人物たちの中でも、そうしたコンプレックスが解消される話もある。でも、その内容も、そうした悩みを解消しようとして動いたから起きた物語ではない。
漫才をやりたい友達に誘われ無理やり文化祭で漫才をしただけ。学園生活にありがちな1コマだ。でも、そこであるキャラは救われた。
「普通じゃない人たち」に出会ったとき。悩みを持った人と接する時。どうすれば良いのか分からなかったけども、ほんの少し、ヒントのようなものをもらえた気がした。なにも気負う必要はない。
我々は、勝手に普通じゃない人たちを「救わなきゃいけない」側だと思ってしまって、何か行動しなきゃいけないと思ってしまう。だから、「尊重します」とか「受け入れます」とか、そんな表現になるのだ。
冒頭、自分はそうした表現を好きじゃないと書いていたが、結局頭の片隅でそうした思考が残ってしまっているということに気付かされた。
気軽に楽しめる良い漫画
何だか説教くさい記事になってしまった。こんな小難しいことを考えず、気軽に楽しめる漫画である。
読み始めは、癖の強いキャラだなぁと思って、ちょっと引き気味に眺めていたのが、いつの間にか好きなキャラになっていく。最後には1巻で終わるのがもったいないと思うくらい、キャラや世界観を愛着を持てれた。
クスッと笑える展開や、良いエピソードも多く、短くまとめっていることから、オススメしやすい漫画だ。
最後に、コミックスの帯に書いてあることばを紹介して終わりたい。
「多様性を受け入れる」とかじゃなくてこういうことばが流行ってほしいなぁ。