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「死なない人間」がもしいたら マンガ『亜人』感想
もしも「不死身の人間」が実在したら。誰でも一度は妄想する。彼らは何を考え、どういう人間になるのか。その存在に対して、社会はどう反応するのか。自分はその存在に憧れるのだろうか。
そうした妄想に真摯に向き合い、1つの素晴らしいストーリーにまとめあげたマンガがある。それが『亜人』というマンガ。
今日はこのマンガの感想を書きたい。
死なない人間
この作品に登場する「亜人」は、世間一般の「不老不死」や「不死身の人間」とは少し違う。まず、老いは普通に進行していく。ずっと若いままの身体、というわけではない。
それに、特別に身体が頑丈というわけではない。ふつうに銃に打たれれば出血し、当たりどころが悪ければ即死する。しかし、その後に健康な状態で「復活する」。それ以外は見た目上はふつうの人間と変わらない。
だから、多くの亜人はごく普通の人間として生きていて、死んで初めて亜人であることを自覚することが多い。一度、事故死などで復活を体験しない限り、自分も周りの人間も亜人として気づけないのだ。
そして、もう1つ亜人の持つ特性としては、同じ亜人にしか見えない「IBM」という人形の影のような存在を出せること。コミックスの表紙に書かれる不気味な黒い存在がこれ。透明だけども物体に触ることはできる。
物語が後半になってくると、ジョジョのスタンドばりにIBM同士の戦いが描かれたりもする。亜人の設定の中で1つ重要なポジションを占める存在だ。
この亜人が登場する以外、作中の世界は現実世界と一緒だ。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者なんかは出てこない。
この作品は、シンプルに「亜人という不死身の人間がいた世界の物語」を描かれている。「死なない」ということを利用したアクション。死なないからこそ募るキャラの感情。人々の亜人への反応。すべてが「死なない」ことをベースに書き上げられている。
このシンプルさが自分は好きだ。最初から最後まで、タイトル通りの「亜人」が作品の中心だった。「死なない人間がいる」ということだけでここまで見事な話を展開できるとは。
合理的だけど熱い登場人物たち
まず最初に色々と設定について書き出してしまったが、この作品の一番の魅力はそこではない。この亜人という存在がいる世界に暮らすキャラたち。彼らこそ、この作品の最大の魅力だと思う。
亜人も、そうでないキャラたちも、みんなブッ飛んでいる。
作中通して、ずっと最強のボスとして君臨し続ける佐藤。不死身でスリルがない人生に嫌気をさして、ゲーム感覚で国家転覆を狙うクレイジーサイコキャラだ。
これに対する主人公もなかなか癖が強い。超優等生で、頭がキレる永井。合理的に考え、あっさりと人を見捨てる判断もする。
政府側の組織の実質的トップとして立つ戸崎も、目的を実行するためなら手段を選ばない。拉致・監禁なんてのは常套手段だ。
全員、目的のためなら恐れず最適解を実行する。そんなスゴ味を感じるキャラばかりだった。
しかし、ただのサイコパスキャラではない。彼らはみな、人間的な感情を持ち、共感できる動機がある。自分の目的のための最善を尽くしているだけなのだ。
目標に向かって、感情を押し殺し、自分にできる最善を尽くす。その動機は極めて人間らしい、「勝ちたい」だったり、「愛する人を救いたい」だったり。敵である佐藤の「スリルを味わいたい」という理由にすら、少しだけ共感できる。
そう、このマンガは化け物たちのエピソードではなく、ただ「死なない」だけのごく普通の人間たちのドラマ。そんな人間たちが、もがき苦しみながら、必死に生きる熱い展開は、かなり好みだった。
ある種、非情さを感じるキャラたちの行動に共感できない人もいるかもしれない。しかし、自分は強い意志のもとに合理的な行動を取るキャラが大好き。たとえ、他者からみた時に理解されないとしても、自分なりの信念を貫き通し、その中で最善手をとる。そんなキャラたちばかりで、読んでいて非常に魅力的だった。
ちなみに、これはエンタメとしても非常におもしろい方向に作用している。登場人物たちの発想は我々の常識を遥かに超えている。敵の行動も、それを打ち砕こうとする味方たちの作戦も。
常識外れの展開をぶちかまし続ける展開に、読む手は止まらなかった。それを阻害する邪魔な要因は、敵も味方もことごとく合理的に排除していく。その爽快感もたまらない。
エヴァのヤシマ作戦やシン・ゴジラなど、ぶっ飛んだオペレーションを合理的にやり遂げるシーンが好きな人には非常に刺さるマンガだと思う。
マンガとしての演出力
この作品は映像化もされているが、個人的にはマンガで読むべき作品かなと思う。それほどまでに作者のマンガを書く能力が高い。
マンガは一番緩急が作れる媒体だと思っている。そしてそれによる「魅せたいシーンの強調」が強くできる媒体であると。
アニメだと映像として、前後一連の動作を違和感なく描かなくてはいけないし、小説は誰かの視点を通した情景描写として文章で細かく説明しなくてはいけない。一方でマンガではまさに「コマ切れ」の止め絵で魅せることが基本となる。そしてそのコマのサイズも作者の意のままだ。場面の切り替えも、強調して1ページ丸々使う場面も、すべて作者が決めることができるのである。
読者は、ありとあらゆるアクションの結果だけを見ることになる。次のページを開けると、主人公が打たれていた。葛藤していたキャラが屋上から飛び移っていた。どんな衝撃的な展開の過程をふっ飛ばしても、マンガならある程度は違和感なく読者は受け入れることができる。そしてそれがページ1面に描かれたりしているとすさまじい衝撃を読書にもたらす。
これを最大限に利用したシーンがこの作品はすごく多い。「マンガの魅せ方」をすごく感じた作品だった。前述したぶっ飛んだキャラたちの、衝撃的な行動を、勢いを殺すことなくダイレクトに感じることができる。
これは最近の自分の価値観なのだが、作品というのは総合的な完成度よりも、「どれだけ印象に残るシーンがあるか」が大事だと考えている。
設定が粗くてもいい。多少の矛盾があってもいい。見終わったあと、「あのシーンだけは忘れない」と思えるシーンがある作品が自分は大好きだ。極論いえば、全体的に退屈なところがない秀作な作品よりも、他シーンは全部つまらなかったけど、あるワンシーンだけは最高だった、みたいな尖った作品のほうが、自分は好きになるのだなということがわかってきた。
そういった意味では、『亜人』はまさにそうしたシーンのオンパレードだった。ページごと脳に焼き付けられるようなシーンが数多く存在した。
例として序盤のあるシーンを紹介したい。敵である佐藤が、亜人を悪用して生体実験を繰り返し、巨益を得た製薬会社に対して、テロを行うと宣言する。当然、会社は最高水準のセキュリティで防備を固める。亜人対策を施しまくった、まさに要塞。たった数人の「死なないだけ」の人間がそこにどう挑むのか。
不死の人間である佐藤が出した回答はこうだ。旅客機をハイジャックし、飛行機ごと突っ込む。
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まさに、「不死身」を利用した最高にぶっ飛んだシーンだった。序盤の最大の見せ場だと思う。
もっといいシーンは多くある。が、書いてもきりがないし、読み終わった人にしか分からないだろうから、これくらいにしておこう。とにかく、心にグッと来るシーンの連続だったし、これはマンガで読んだからこそ、ここまで印象に残っているのだろうと思う。
『寄生獣』とか好きな人には特にオススメ
あまり他作品で例えるのは好きではないのだが、読後感として近いのは『寄生獣』があげられるだろう。人間の中に存在する異常な存在。それに対して対抗する主人公たち。そうした構図は似ているし、メッセージ性も少し似ているところを感じる。
しかし、あれ以上に尖ったキャラたちで構成された作品とも言える。新一とは友達になれるかもしれないが、永井圭とは友達になれる自信がない。大好きなキャラだけども。
久しぶりに時間を忘れて読むことができたマンガだった。オススメである。これから読む人がいたら、原作者が入っていた1巻は、ほんの少しだけ読みづらさがあるというか、雰囲気が2巻以降と違う。まずは、2巻まで読んで、続きを買うか判断してほしい。