リサーチのトレンド 2024
今年も1月〜12月までに「#リサーチハック」のハッシュタグでXに投稿してきた、デザイン・マーケティング・市場調査のリサーチ界隈で起きていた主なニュース・トレンドを8つのトピックに分類してお届けします。
2024年も新しいリサーチサービスが生まれたり、各社でリサーチのデータを活用する様々な工夫が行われていました。皆さんが経てきたビジネスや通常業務の変化をリサーチの観点から振り返る機会になれば幸いです。
※年明けに(こちらも恒例)株式会社ヴァリューズ主催のマナミナ特別講座でこの記事内容を生解説します。スライドを使って主だった出来事を振り返っていきますので、セミナーの申し込みもぜひお待ちしております。
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※昨年のトレンドはこちらにまとまっています。
1.ユーザーインタビュープロセスの自動化(分析・Ops)
2024年も引き続き定性調査のサービスリリース・新機能開発は活発に行われており、中でも、AIを使ったユーザーインタビュープロセスの自動化は、一気に海外のトレンドに迫るような形でメインストリームになってきました。
象徴的なサービスが、はてなが7月に提供を開始した「toitta/トイッタ」で、インタビュー録画データからの書き起こしだけでなく、発話切片の自動化など定性調査のデータ活用実務に合った形での提供にツールの進化を感じます。
他にも、Centouではレポートアプトプットの機能リリース、TDCソフトではインタビューガイド作成アプリの提供など、これまでのような実査だけでなく、分析や設計をカバーする業務シーンの拡張に対応する動きが見られます。
デザインリサーチ領域から火がついたユーザーインタビュー文化の活況はマーケティングリサーチ領域でも顕在化し、最大手のマクロミルが8月にチケット制のセルフインタビューツール「Interview Zero」をリリースしています。
まとめると他業界のAIツールの発展課題と同様に、機能の搭載による自動化・効率化メリットは普及期にあり、その先のアーリーアダプター以降(+決裁者層理解)に届けるための工夫が焦点(まさにキャズム)になっていそうです。
この点、プロダクトマネジメント領域では個々の実践が進んでおり、特にmikanのPM・伊東さんが書かれている、既存のウェブツールで行われている定期インタビュープロセスの運用Opsは来年の開発焦点になってくるかもしれません。
2.AI型パネルサービスの登場(バーチャル生活者、クローンモニター)
リサーチ×AIの話題ではもう1つ、業界のインサイド的な観点からはAI型パネルサービスもサービス提供者が出てきました。なんなら前年からこの動きはあったのですが、フロントのUIが大幅改善されて対話型の特性理解が進んだ印象です。
博報堂はバーチャル生活者という呼び方で自社の調査データベース「HABIT」を活かしたサービスの社内試験運用を3月に発表しており、実際、ペルソナが現れるモデル画面でのLINEメッセージのような会話型UIには親しみを覚えます。
オルツとビデオリサーチは共同開発しているAI調査モニター「Asclone/アスクロン」を提供しており、早くもリニューアルがかかっています。チャット仕様のインタビュー画面になったほか、FGI形式にも対応というのは面白い展開です。
ほか、デザインリサーチ支援を行うえそらでは、GPTs「対話型AIペルソナ」を提供しており、インタビュー記事によると、質問への返答範囲の確からしさや、やはり対話形式にすることでユーザーが広がる、というねらいのようです。
3.ターゲットパネルサービスの拡張展開(ターゲットパネル、リピートサービス)
マーケティングリサーチの支援会社では自社が保有する大規模なパネル資産の活用にも積極的です。注目は、アドホック調査用に都度対象者のスクリーニングを行う方式に対して、あらかじめ属性条件がプリセットされているタイプのものです。
楽天インサイトは、自社サービスの依頼主企業向けにモニターのプロファイルデータの提供を行っており、サンプル調査で得たデータに対してユーザーの意識・行動・関心を突き合わせたアウトプットページを出力できるようにしています。
いわゆるターゲットパネルサービスは以前から存在していますが、単体で利用するかと言われるとあまりそうでもなく、そこをAIによって補完してきた同サービスは、あらためて根強い需要と真っ向から向き合った結果のように思えます。
このほか、ネオマーケティングでは「リピートインタビューサービス」を提供開始しており、同一対象者に複数回のインタビュー実施を可能にする提案を行なっています。こちらも実務ではよくそのニーズが発生するので納得の展開です。
4.チャットインタビューサービスの活況(定性調査のスケール化)
ニュータイプの調査サービスの本命では、チャットインタビューサービスの活況は本物になってきました。いや、これももともとだいぶ前からあるんですけど笑、AI技術の実装によって認知・浸透機会を得てだいぶメジャーになってきました。
サービスの参入は相次いでおり、楽天超ミニバイト(10月)、ネオマーケティングとヴィアゲート(8月)、そして当該領域の先行サービスである「Sprint」の活用事例が出てきたこともこの流れを後押ししています。
これらのサービスではいずれも定性調査の欠点と言われる、対象者人数が少ない、準備に時間がかかるといった弱点に対して、(100〜300など)ある程度スケール化されたデータを提供するところが強みです。
私自身は、逆に使いどころが難しい、かえって全体設計が大変という印象だったのですが、リサーチャーのまきこさんとスペースで対談させてもらった折に、AIで昔よりもかなり改善されていることをお伺いし、認識を一新したところです。
5.インクルーシブデザインテーマ(ウェブアクセシビリティ、ヒューリスティック調査)
4月に「改正障害者差別解消法」が施行されたことに合わせて、インクルーシブデザインテーマの調査サービスや分析方法は、従事者・関係者を起点にいっそう認知を広めた1年になりました。
CULUMUリサーチは、3000以上のNPO/NGOとの連携による調査パネルを持ち、障がい者/高齢者/支援実践者への定性調査を可能にするサービスとして3月に立ち上がりました。対象者・調査方法とも専門性を高めたサービスとして注目です。
また、同領域を含むサイト診断に強みを持つミツエーリンクスの木達 一仁さんのブログでは、近年の開発品質の向上に伴い、専門家が検品を行うヒューリスティック調査の方式も効率化・簡略化の流れになるかもという記述が見られます。
特定領域でニーズが高まる(以前のソーシャルリスニングのような)ことは現代のリサーチでなかなか起きないものですが、あらためてリサーチのサービスや分析手法が社会活動の変化と共にあることを認識した今年のトレンドでした。
6.リサーチを原動力としたESG経営(経営指標・広報貢献)
事例としては少ないものの、ESG経営にリサーチの方法論で貢献する動きも一部でありました。自社の社会的責任をマテリアリティ(SDGsの達成公約のようなイメージ)として定めていることを背景に、具体的な取り組みが見られます。
マクロミルは1月に発生した能登半島地震に際して自主調査のチャリティアンケートを実施しており、2日間で集めた20万人の回答を防災に対する意識調査として公表するほか、回答謝礼のポイント相当分を日本赤十字社へ寄付しています。
これは同社の社会貢献活動(Goodmill)の1テーマである「災害発生時の多面的な支援活動」の具体的な取り組みであり、平時に経営方針で関わり方を示していることでの強みや早さを感じます(そうでないと取り組みの効果は?となってしまう)
この取り組みは大規模な調査会社に限定された方法論ではなく、調査PRによる社会貢献のあり方も思い起こさせてくれます。近年の事例では、ヒット作となっているポケモンスリープのユーザーアンケート活用を見ていると実感します。
雑誌『Tarzan』4/11号(睡眠特集)によると、ポケモンスリープのユーザーアンケート結果で、日本はプレイ初期7日間の平均睡眠時間は5時間52分で計測対象の世界7か国中で最低だったのが、3か月以上経つと+1時間10分伸びる変化が。
監修者の睡眠学者曰く、ゲームのために睡眠を取る行動変容はゲームの一般通念を覆すものだそう。こうした事業と連動したアウトカム(成果地点)を測るのに、ごく古典的なアンケート調査の手法が貢献していることを再認識できます。
7.UI/UX領域とマーケティング領域の近接(ミックス・メソッド、トライアンギュレーション)
デザインリサーチ従事者が広く集う場として定着した「リサーチカンファレンス」は、企画の進化が毎年見られて楽しみにしているのですが、今年の大きな変化と感じたことの一つが、マーケティング系統の登壇者が増えたことでした。
また、マーケティングリサーチの業界イベントである「JMRAアニュアルカンファレンス」でも、全体テーマ:Beyond “Marketing Research”のもとにUXテーマのセッションが設けられ、連動する分野としての広がりを示す企画になっていました。
同じくセミナーからのトピックとして、メンバーズが運営するセミナーでは、定性・定量を組み合わせたリサーチの方法論を体系的に著している『Mixed Methods』著者サム・ラドナー博士を招聘した特別セッションも行われました。
全体的にはUI/UX領域からマーケティング領域を知る試みが徐々に増えてきている中で、逆にマーケティング領域からUI/UX領域を理解する試みが出てきたことは今年の変化点でしょう(こちらのベクトルの方が理解ハードルが高いため)
8.リサーチの地域コミュニティの活発化(フクオカリサーチクラブ、たこやきUX 、トウカイリサーチ)
リサーチ(周辺領域)を学習対象と定める地域コミュニティの活発化も見逃せない動向です。主だったところでは、フクオカリサーチクラブ(福岡)、たこやきUX (関西)、トウカイリサーチ(東海)が立ち上がり、それぞれ運営回数が重ねられています。
フクオカリサーチクラブは、ワークショップによりリサーチの学びを深めること、部活動の練習試合のような感じでトライすることをモットーとしており、毎回多様なお題に対してまず取り組んでみるというスタイルが地元の集まりならではだと感じました。
たこやきUXはLT+交流会のスタイルで運営されており、ザ・勉強会というよりは交流のためにナレッジシェアがあり、学びと交流のどちらも楽しめるように工夫されていることが印象的です。会場やゲストの選定も関西ならではの設定になっていています。
トウカイリサーチはメーカーが多い地域柄、ものづくりに役立つリサーチの学習に力を入れており、時間も土日の半日をかけて講義とワークで運営する設定だったり、講師も本格的に調査手法・分析手法を教えられる方が担当する本格派のスタイルです。
実際に私もいくつかゲスト参加してみて感じたのは、企画や運営をメディアや業界団体に頼ることなく地元の有志でコミュニティマネジメントを行う主催者の熱意だったり、必ずしもリサーチ従事者でない人が参加者の中にいたり、特異性を感じました。
⚫︎あとがき
本記事で2024年のnoteも書き納めとなります。個人としては、今年は何といっても著書『ユーザーリサーチのすべて』の出版もあって、これまでリサーチを広めるための活動を応援いただいてきた方々との絆を再認識する機会を多くいただきました。
出版記念セミナーでゲストの方から著書に様々なコメントをいただき、その中でも最も多かったのが、「網羅性がありつつトレンド性もある」という評価でした。それはまさにこの毎年続けている「リサーチのトレンド」記事によるものなのでしょう。
年末と年明けには「リサーチのトレンド」と連動したニュースレター特別企画も配信予定です。イベントで「メルマガ見てます」と声かけいただけることも増えたので、今後も購読してもらえるよう頑張ります。来年またお目にかかります。よいお年を!
⚫︎お知らせ
記事冒頭でお知らせしている通り、年明けに株式会社ヴァリューズ主催のマナミナ特別講座でこの記事内容を生解説します。スライドを使って主だった出来事を振り返っていきますので、セミナーの申し込みもぜひお待ちしています!