ドレイクとの対立を超えて - ケンドリック・ラマー『GNX』が示す音楽の未来
2024年、ケンドリック・ラマーの新たな動きが、ヒップホップシーンを揺るがしました。5月4日、ドレイクへの痛烈なディス曲『Not Like Us』をリリース。文化的アイデンティティから個人的疑惑まで、鋭い批判の矢を放ち、音楽界に衝撃が走りました。
楽曲は瞬く間に記録を更新。Spotifyでの再生回数は史上最速で10億回を突破し、全米シングルチャートも制覇。その波紋は音楽の枠を超え、ファッション界での影響力を高め、政治的スローガンとしても引用されるほどの社会現象となりました。
そして11月、サプライズアルバム『GNX』が投下されます。キャリア通算6作目となる本作で、ケンドリックは更なる進化を遂げました。実験的なサウンドスケープと詩的な歌詞で、現代社会への鋭い洞察を展開。批評家からは「2024年を代表する傑作」との声が相次いでいます。
本稿では、『GNX』に込められた深層と、常に前進を続けるケンドリック・ラマーの音楽的挑戦の本質に迫ります。
レーベル : Interscope Records, pgLang
リリース日 : 2024年11月22日
名前 : Kendrick Lamar
本名 : Kendrick Lamar Duckworth
年齢 : 37歳
出身地 : カリフォルニア州コンプトン
ケンドリック・ラマーの人生とリンクするビュイックGNXの深い絆
ケンドリック・ラマーの6枚目のアルバム『GNX』のタイトルは、アルバムカバーに描かれたビュイックの「Grand National Experimental」に由来しています。この車は、1987年にビュイックが547台限定で製造した高性能モデルで、デザインと性能が極限まで高められた伝説的な存在です。ミシガン州のマクラーレン・エンジニアリングで改良され、アメリカ車の象徴的な存在となりました。その希少性と卓越した性能から、現在ではコレクターズアイテムとして高い価値を誇っています。
1987年製GNXは、ケンドリック・ラマーの人生と不思議な縁で結ばれています。彼の誕生と同じ年に世に出たこの車は、幼いケンドリックを最初の帰り道で包み込んだ特別な存在でした。
そして2024年、ついに夢が実現。Instagramの裏アカウントには、大切に保管された美しいGNXの姿が投稿されました。そこには、亡き従兄弟パット・ドッグとの懐かしい思い出も。幼い頃、二人でGNXのリモコンカーに夢中になった日々が、写真を通して蘇ります。
この投稿には、成功を手にした今も、初心を忘れないケンドリックの姿が映し出されています。彼にとってGNXは、車という存在を超えた、人生の証となったのです。
『GNX』に込められたロサンゼルス愛と文化的コラボレーション
44分、全12曲。ケンドリック・ラマー最新作『GNX』は、キャリア最短の収録時間ながら、最も地に足のついた作品となりました。
故郷ロサンゼルスの血脈を受け継ぐ面々が結集。若きラッパーRoddy Ricch、旧友SZAを筆頭に、新世代の旗手たち— AzChike、Hitta J3、Lefty Gunplay、YoungThreat、Wallie the Senseiが、その才能を解き放ちます。
さらにドジャースの試合で出会った歌姫Deyra Barrera。彼女の透明なスペイン語の歌声が3曲を彩り、コンプトンとメキシコの文化的な絆を優美に紡ぎ出します。
この布陣が物語るのは、ケンドリックの深い郷愁。『GNX』は、彼が生まれ育った街への、ラブレターなのかもしれません。
収録曲について
『wacced out murals』
『wacced out murals』は、ケンドリックの新たな決意表明とも言える衝撃的なオープニング・トラック。2025年のスーパーボウルヘッドライナー就任を題材に、音楽業界の複雑な人間関係を鋭く描き出します。
1バース目は業界の反響を赤裸々に描写。一部アーティストからの冷ややかな視線と、Nasからの温かい祝福。相反する評価の中で揺れる心情が、生々しく伝わってきます。
2バース目では、地元ニューオーリンズでのスーパーボウルから外れたリル・ウェインとの溝を語ります。さらにドレイクとの対立において、ウェインが反対側に立ったことへの複雑な思いも。
そして、スヌープ・ドッグへの言及も印象的です。ドレイクのディス曲『Taylor Made』のシェアに触れ、 「投稿を見たときは信じられなかった。ただのエディブルのせいだと祈るよ」と、かつての盟友への戸惑いを吐露します。
楽曲全体を貫くのは「自分は神である」という揺るぎない自負。ケンドリックは業界の表面的な関係性を批判しながらも、自身のアイデンティティを強く主張。影響を受けた先人たちへの敬意と、現代の音楽シーンへの痛烈な批判が交錯する中で、揺るぎない芸術家としての覚悟を示すのです。
Kendrick Lamar - wacced out murals
squabble up
2曲目『squabble up』は、ケンドリックの勝利宣言とも言える力強い一曲。7月のドレイクへのディス曲『Not Like Us』のMVで初披露され、F1やNBAでの使用、TikTokでのバイラルヒットと、その影響力は瞬く間に拡大しました。
1983年の名曲、Debbie Debの『When I Hear Music』からのサンプリングが印象的で、そのグルーヴィーなビートに乗せて、ケンドリックはストリートでの経験と成功への軌跡を描き出します。
カールマティック監督が手がけたMVには、西海岸ヒップホップ文化への深い敬意が込められています。Gファンクやチカーノラップのエッセンス、アイザック・ヘイズやネイト・ドッグといったレジェンドへのオマージュ。さらにはザ・ルーツの『The Next Movement』を彷彿とさせる演出まで、細部へのこだわりが光ります。
タイトルの「Squabble up」は、対立を恐れない強さの表明。音楽シーンでの地位を確立したケンドリックが、過去の苦闘を乗り越えた証として、威風堂々と歌い上げる勝利の凱歌となっています。
The Roots - The Next Movement (1999)
Debbie Deb - When I Hear Music (1983)
『luther』
アルバム3曲目『luther』は、ケンドリックとSZAが紡ぐ、優美なR&Bバラード。1982年の名曲、Cheryl LynnとLuther Vandrossによる『If This World Were Mine』のサンプリングが、深い感情を呼び起こします。
二人の歌声が織りなすのは、理想と現実の狭間で揺れる、切実な愛の物語。もし世界を変えられるなら、全ての痛みや苦しみを消し去りたい— そんな願いを、スロウなメロディに乗せて歌い上げます。
ケンドリックとSZAの絶妙なハーモニーは、ロマンティックな憧れと現実の葛藤を表現。愛する者とのつながりや、成功への道のりを描きながら、より良い未来への強い意志を感じさせます。
感傷的でありながら力強い『luther』は、ハードなビートが続くアルバムの中で、しっとりとした情感溢れる一曲として、重要な役割を果たしています。
Kendrick Lamar & SZA - luther
Cheryl Lynn & Luther Vandross - If This World Were Mine (1982)
『reincarnated』
アルバム6曲目『reincarnated』は、過去との対話から生まれた、ケンドリックの内面を映し出す深遠な一曲です。イントロには2パックの『Made Niggas』(1996年)がサンプリングされ、偉大な先人への敬意と自身の成長を象徴的に表現しています。
音楽業界での成功、薬物との戦い、家族との葛藤— 人生の転換点となった経験が、現在の自分をどう形作ってきたのかを赤裸々に語ります。過去の過ちを認め、許しを求める姿勢には、アーティストとしての確かな成熟が感じられます。
「転生」というテーマを軸に、苦悩や後悔を昇華させ、「才能を人々のために使う」という新たな決意へと至る精神的な旅路。ケンドリックは過去の出来事を単なる経験として消化するのではなく、より良い未来への糧として昇華させているのです。
また、この曲はドレイクのディス曲『Taylor Made Freestyle』とも呼応しています。AIで再現した2パックとスヌープ・ドッグのボーカルが肖像権問題を引き起こし、削除されたドレイクの曲。この出来事は、ケンドリックの自己浄化のプロセスと重なり、音楽業界における自身の立ち位置を問い直すきっかけとなっています。そして、それは彼自身の音楽表現の真摯さを際立たせる要素となっています。
Kendrick Lamar - reincarnated
2Pac feat. Outlawz - Made Niggas (1996)
Drake - Taylor Made Freestyle
『heart pt. 6』
アルバム10曲目『heart pt. 6』は、ケンドリックのキャリアを貫く『The Heart』シリーズの新たな一章です。アルバム発表前に自身の経験や想いを詩的に語るこのシリーズは、今回特別な意味を帯びています。
2024年初頭、ドレイクとの対立の中で、ドレイクが『THE HEART PART SIX』をリリース。これを受けてケンドリックは、シリーズ恒例の「The Heart Pt.」という表記から「The」を省き、小文字での表記を選択。この変更には、直接的な対立を避けつつ、自身の立場を表明する慎重な姿勢が見て取れます。
楽曲では、キャリア初期の日々を振り返ります。Jay Rockとの音楽活動、TDEレーベルでの試練、そして独立への決意まで。ケンドリックは音楽とビジネス、両面での成長を赤裸々に語ります。
特に心を打つのは、亡き友D-Manへの追悼の言葉。その喪失から得た教訓と、深まる仲間との絆が、生々しく描かれています。
最後に、若いアーティストたちへのメッセージが込められます。感情的な対立を超え、建設的な対話を—音楽業界で学んだ貴重な教訓を、次世代へと伝えるケンドリックの真摯な姿勢が、静かに、しかし力強く響くのです。
Kendrick Lamar - heart pt. 6
SWV - Use Your Heart (1996)
おわりに
2024年、ヒップホップ界の巨匠ケンドリック・ラマーが約2年半ぶりとなる新作『GNX』を発表しました。本作は音楽作品としての価値を超え、アーティストが自身の作品と活動を自由にコントロールできる新しい形のモデルケースとして業界の注目を集めています。
最も注目すべき点は、アルバムの著作権表記の変更です。これまでインタースコープ・レコードとの独占ライセンス契約下にあったケンドリックですが、『GNX』では彼が設立したマネジメント会社pgLangが著作権の主体となりました。この変更は、シングル『Not Like Us』以降のすべての作品において、pgLangとインタースコープ・レコードによる新たなパートナーシップの確立を意味しています。
こうした変更は、単なる契約上の形式変更にとどまりません。メジャーレーベルとの関係を維持しながら、アーティストとしての創造的自由と商業的権利を確保するという、新しいビジネスモデルの先駆けとなる可能性を持つものです。
『GNX』の収録曲群からは、ケンドリックの芸術家としての進化が顕著に読み取れます。従来のヒップホップの文法を踏まえつつ、ジャンルの境界を押し広げる実験的な音楽性と、鋭い社会批評を織り込んだ歌詞は、現代社会が抱える複雑な課題への深い洞察を提供しています。
中でも『Not Like Us』に代表されるディス曲では、業界の既存の権力構造や社会的不平等に対する彼の問題意識が鮮明に表現されています。これらの楽曲は対立や批判を超え、建設的な対話と変革への展望を示唆するものとなっています。
このアルバムが、音楽業界に大きな影響を与えることは間違いありません。特に、アーティストが自分の音楽とキャリアをどう形作っていくのか、その新しい可能性を示してくれています。若手アーティストたちにとっても、きっと大きなヒントとなるはずです。
ケンドリックはこの作品で、これまで追い求めてきた音楽の素晴らしさと、社会への想いを見事に表現しています。彼の音楽キャリアの新章を開くこのアルバムは、音楽業界全体をより良い未来へと導く道標となっています。
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