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ブロードウェイとR&Bの交差点 - レオン・トーマス『MUTT』が織りなす世界 (後編)

前編はこちら

舞台の煌めきから音楽の世界へ—。ニューヨークブルックリンで生を受けたレオン・トーマスは、わずか10歳でブロードウェイの舞台に立ち、その才能の片鱗を見せ始めました。運命の出会いは、人気ドラマ『ビクトリアス』での共演者、アリアナ・グランデとの出会いでした。この縁が、彼を音楽プロデューサーとしての新たな道へと導いていきます。

その後の彼の歩みは、まさに快進撃と呼ぶにふさわしいものでした。ドレイクエラ・メイといった錚々たるアーティストたちのプロデュースを手がけ、プロデューサーデュオ「The Rascals」としての活動でグラミー賞にノミネートされるなど、音楽界での評価は着実に高まっていきました。特筆すべきはSZAの楽曲『Snooze』のプロデュース。この仕事が、彼の音楽的才能を広く知らしめる大きな転機となったのです。

そして2024年9月、待望のセカンドアルバム『MUTT』が満を持して発表されました。洗練されたR&Bサウンドとモダンなプロダクションが融合した本作には、トッププロデューサーとしての手腕と、シンガーとしての表現力が見事に調和するレオン・トーマスの新たな音楽的境地が刻まれています。


レーベル  : EZMNY Records, Motown Records
リリース日 : 2024年9月27日
名前    : Leon Thomas
本名    :    Leon George Thomas III
年齢    :   31歳
出身地   :   ニューヨーク、ブルックリン



レオン・トーマスの音楽革命: タイ・ダラー・サインとの共演が与えた影響

現代R&Bシーンの革新者として頭角を現すレオン・トーマス。数々のトップアーティストとの仕事で磨き上げた彼の才能は、業界内外で高い評価を得ています。しかし彼の真骨頂は、既存の枠組みに安住することなく、R&Bという音楽形式そのものを進化させようとする果敢な挑戦精神にあります。

俺の音楽は、まるで浸透圧のように様々な影響を受け止めているんだ。でも、それは単なる模倣じゃない。あえて誰も踏み込まない領域に足を踏み入れ、新しい可能性を探っている。基本に忠実であることよりも、むしろR&Bという音楽の新境地を切り開くことに情熱を注いでいるんだ。なぜなら、このジャンルへの深い愛着があるからこそ、その進化の過程に自分も貢献したいという思いが強いんだよね。

2年の歳月をかけて練り上げられたレオン・トーマスの渾身のセカンドアルバム『MUTT』。この制作期間中、彼が所属するEZMNY Recordsでは、タイ・ダラー・サインカニエ・ウェストによる話題作『Vultures 1』が世に送り出されました。この制作現場を間近で見守った経験は、レオンにとって貴重な学びとなったようです。

「自分の経験だけでなく、タイ・ダラー・サインとの時間から得た学びは計り知れまないよ」とレオンは振り返ります。

「Vultures 1の制作過程で、当初はハウスミュージックとして構想されていた楽曲が、試行錯誤を重ねて全く異なる形に進化していく様子を目の当たりにしたんだ。音楽は常に進化の可能性を秘めており、探求と編集を重ねることで、より良い形に昇華できる——
この気づきは、俺自身の制作姿勢も大きく変えてくれたよ。まさに、ビッグブラザーから受け継いだ大切な教訓だ」

「失恋と再生 - レオン・トーマスが見出した新たな音楽表現」

レオン・トーマスは、Motown Recordsとの契約時点で2枚のアルバム制作が求められていました。そのため、1枚目の『Electric Dusk』をリリースする前から、音のパレットや作品の進化について真剣な模索を始めていたといいます。ツアーでの観客の反応に触れることで、このクリエイティブなプロセスは更なる深みを帯びていきました。人生における別れや波乱を経験しながらも、その過程で素晴らしい楽曲が次々と生まれていったのです。新たなプロジェクトを通じて、人生の経験を音楽で表現できることの喜びを、彼は強く感じていました。

アルバム『MUTT』は、大きな破局を経て制作された意欲作です。元恋人から譲り受けた犬との生活の中で、トーマスは興味深い発見をします。正式な訓練を受けていない愛犬の行動パターンが、まるで自分自身を映し出しているかのように感じられたのです。これは人間関係におけるギブ・アンド・テイクと従順さの葛藤を考えるきっかけとなり、雑種である愛犬の姿は、完璧ではなくとも善意を持って行動する存在の象徴として、アルバム全体のテーマとなっていきました。

長年の交際終了後、トーマスThe AlchemistMadlibLo-fiな音楽世界に深く魅了されていきます。特に、R&Bアーティストの中でこのようなサウンドアプローチを取る者が少ないことに気づいた瞬間、創作の新たな可能性が開かれたのです。A Tribe Called QuestからPharrellに至るヒップホップへの深い愛着、そしてKanye Westからの影響を背景に、J Dillaを思わせるConductorのサウンドと自身のボーカルを融合させることで、独自の音楽表現を確立することに成功しました。

収録曲について

新作『MUTT』は全14曲を収録した意欲的な作品です。豪華なゲストアーティストとして、タイ・ダラー・サインWaleFreddie GibbsMasegoといった、40代を迎えて円熟味を増したアーティストたちが参加しています。この選出からは、確かな音楽性を追求するトーマスの姿勢が伝わってきます。

『SAFE PLACE』

収録曲の中で、特に印象的な存在感を放っているのが2曲目の『SAFE PLACE』です。ビートにはDonny Hathawayの名曲『I Love You More Than You'll Ever Know』(1972年)がサンプリングされており、トーマスが追求するLo-fiなサウンドの真髄が見事に表現されています。

歌詞の世界では、かつての自分とは異なる場所に立つ語り手が、複雑な感情を抱える相手に向けて「ここは安全な場所ではない」と語りかけています。それは、一時的な共存は受け入れながらも、これ以上の関係の深まりは望まないという、繊細なバランスの上に成り立つメッセージとなっています。

危うさを秘めた過去の自分との向き合い。しかし、その影に囚われることなく、未来へと進もうとする強い意志。『SAFE PLACE』には、そんなレオン・トーマスの覚悟が、鮮やかに描き出されています。

Leon Thomas - SAFE PLACE

Donny Hathaway - I Love You More Than You'll Ever Know (1972)

『DANCING WITH DEMONS』

3曲目の『DANCING WITH DEMONS』は、心の闇と向き合う魂の記録とも言える一曲です。レオン・トーマスは、夜を徹して何かを探し求める中で、自己破壊的な衝動や悪魔的な誘惑に引き寄せられていく自分を赤裸々に描き出しています。自らを救うことができず、誰かに助けを求めることさえ学ばなかった―そんな後悔の念が、切実な歌声を通して響いてきます。

興味深いことに、この曲のイントロには宮崎駿監督の名作『ハウルの動く城』からの引用が織り込まれています。この選択について、トーマスは以下のように語っています。

俺が自宅でセッションやったのは3週間くらいなんだけど、そのときはもう完全に引きこもりモードでさ。部屋中にライト設置して、パジャマ姿でUber Eatsばっかり頼んで、気の向くままに過ごしてたんだ。
実はその時、幻覚剤を少し摂取していて、生身の人間が出てくる映画がちょっときつかったから、もっぱらアニメを観てたんだよね。そんな中で『ハウルの動く城』を流してたら、自分が作ってた曲の世界観と妙にシンクロしてさ。久石譲さんの音楽の素晴らしさはもちろんだけど、それが映画全体とどう組み合わさってるかっていうのにもすごく惹かれたんだ。

マジで不思議な体験だったよ。全部が全部、うまく噛み合ってる感じがして。今みんながこの話を取り上げてくれるのも嬉しいんだ。だって、あの作品は俺の人生で特別な一本だからさ。

Leon Thomas - DANCING WITH DEMONS

『FAR FETCHED』

深い共鳴を呼ぶ楽曲として注目を集める『FAR FETCHED』。2024年9月のアルバムから放たれたこの珠玉のリードシングルは、タイ・ダラー・サインとの待望のコラボレーションが実を結んだ作品です。

愛と裏切り、理想と現実の狭間で揺れ動く心情を鮮やかに描き出す歌詞には、レオン・トーマスの繊細な感性が息づいています。惜しみなく愛を注いできた相手の冷淡な仕打ち、結婚への夢と物質への執着が絡み合う複雑な感情の機微。そして、関係が破綻した際の現実的な決着──慰謝料という形で具現化される愛の終焉まで、赤裸々に綴られています。

興味深いことに、この楽曲には知られざるストーリーが秘められています。当初はドレイクへの楽曲提供が構想されていましたが、レオン・トーマス自身が楽曲の持つ可能性に強く心惹かれていたといいます。その後、敬愛する盟友であり卓越したプロデューサーのBoi-1daとのスタジオセッション中、偶然にもタイ・ダラー・サインの耳に触れることになります。彼の「この曲は凄い」という一言から、新たなクリエイティブの扉が開かれました。

楽曲への深い愛着が、思いがけない展開を生み出したのです。タイ・ダラー・サインによる印象的なバースの追加、そしてレオン・トーマス自身によるアウトロの緻密なアレンジと音響効果の重層的な織り込みにより、作品は一層の深みを増していきました。

Leon Thomas, Ty Dolla $ign - FAR FETCHED

『MUTT』

2024年8月、アルバムの顔として躍動感溢れる『MUTT』が世に放たれました。この野心的なリードシングルは、作品全体を象徴する重要な一曲として選ばれています。レオン・トーマスは、タイトル曲に込めた思いを「アッパーなテンポと刺激的なファンキーネスが詰まった作品」と語り、アルバムの本質を伝えるメッセンジャーとしての役割を果たすことへの自負を見せています。さらに注目すべきは、インターネット上の一過性の話題に惑わされることなく、純粋に音楽性を追求する姿勢を貫いている点です。

楽曲の核心には、エンチャントメントによる1977年の名曲『Silly Love Song』からのサンプリングが息づいています。この選択が、楽曲に深い情感の層を加えています。歌詞は、自身を「野良犬」に喩えたレオン・トーマスの率直な心情を映し出します。警戒心を抱きながらも愛に身を委ねようとする葛藤、過去の傷跡を抱えながらも新たな関係に踏み出す勇気、そして二度と取り戻せない初恋の感覚への郷愁──これらが絶妙なバランスで織り込まれています。

また、アルバムのフィナーレにはフレディ・ギブスを迎えたリミックスバージョンが収録されています。彼特有の奔放なライフスタイル、率直な性的表現、贅を尽くした生活の描写が、オリジナルとは異なる魅力を放っています。

Leon Thomas - MUTT

Enchantment - Silly Love Song (1977)

Leon Thomas, Freddie Gibbs - MUTT (REMIX)

おわりに

音楽という広大な宇宙で、独自の軌道を描き続けるレオン・トーマス。彼の最新作『MUTT』は、その創造的な航海の新たな到達点を示しています。

「より多くの人に、自分の音楽の本質を理解してほしい」──そう語る彼の言葉には、アーティストとしての誠実な覚悟が響きます。単なるR&Bの枠組みを超えて、ヒップホップやロックの要素を大胆に取り入れる試みは、まさしくその表れでしょう。様々なアーティストとのコラボレーションもまた、彼の創造的な自由への飽くなき探求から生まれています。

「俺はメルティングポットのような存在なんだ」というレオン・トーマスの言葉は、彼の芸術観を端的に表現しています。既存のジャンルの境界線を溶かし、新たな音楽的可能性を追求する姿勢は、まさに現代のクリエイターの理想型と言えるでしょう。

音楽と演技の両面で多大な影響力を持つレオン・トーマスは、今や業界に新風を吹き込む革新者として確固たる地位を築きつつあります。彼の情熱的な探求心と挑戦的精神は、間違いなく次世代のアーティストたちにインスピレーションを与え続けることでしょう。R&Bの新たな地平を切り拓く彼の姿に、音楽の未来図を見る思いがします。


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