マスタード、ラップデビューとアルバム『Faith of a Mustard Seed』の革新
Mustard (マスタード)は、西海岸を代表するプロデューサーとして知られ、数多くのラッパーとコラボレーションを続けてきました。2011年にタイガのシングル『Rack City』をプロデュースし、R&B/Hip Hopチャートで堂々の1位を獲得。この一曲が、彼のキャリアを大きく押し上げ、クラブシーンで「ラチェット・ミュージック」の第一人者として注目を浴びることとなります。
その後、2016年にはリアーナの『Needed Me』を手掛け、さらにはニッキー・ミナージュやマライア・キャリーといったビッグネームのプロデュースも担当。これにより、マスタードは2010年代を象徴するプロデューサーの一人としての地位を確立しました。
2019年には、自身の3枚目のアルバム『Perfect Ten』を発表し、その中のヒット曲『Ballin'』はグラミー賞にもノミネート。この曲に参加したRoddy Ricchのブレイクにも大きく寄与しました。
そして、2024年7月、待望の4枚目のアルバム『Faith of a Mustard Seed』を発表。本記事では、この最新作の魅力に迫り、マスタードの進化を追いかけます。
レーベル : 10 Summers Records & BMG
リリース日 : 2024年7月26日
名前 : Mustard
本名 : Dijon Isaiah McFarlane
年齢 : 34歳
出身地 : カリフォルニア州ロサンゼルス
YGからTYGA、そしてクラブシーンの中心へ
新アルバムに触れる前に、マスタードのこれまでの功績を簡単に振り返ってみましょう。彼の音楽キャリアの始まりは、ラッパーYGのためにビートを作り始めたことがきっかけでした。YGの2作目のミックステープ『The Real 4Fingaz』から始まり、マスタードはその後、YGのすべてのミックステープのプロデュースを担当することになります。
また、タイガのシングル『Rack City』も、元々はYGのために作られたビートでした。しかし、YGから「タイガがこのビートを欲しがっている」と聞き、マスタードはこのビートをタイガに提供。結果、『Rack City』は大ヒットを記録し、マスタードの名が一気に広まりました。彼の独特なサウンドは「ラチェット・ミュージック」と呼ばれ、この名称もマスタード自身が命名したものです。
この成功を契機に、2 Chainz、Trey Songz、T.I.、Jeremih、Big Sean、Travis Scottといった多くのアーティストとのコラボレーションが続き、マスタードのリリース量は驚異的でした。2010年代には、彼が手掛けた15曲以上の楽曲がR&B/Hip Hopチャートでトップ10入りを果たし、クラブシーンではピークタイムを彩るアンセムが次々とヒットを記録しました。
さらに、マスタードは若手アーティストの発掘にも力を入れ、Tinasheの『2 On』やTeeFliiの『24 Hours』といったシングルも手掛けています。2014年には、自身のレーベル10 Summers Recordsを設立し、その一環としてElla Maiが契約。このレーベルで、彼女のシングル『Boo'd Up』が瞬く間にR&Bファンを魅了しました。マスタードは、SoundCloudで音源をリリースしていた彼女の才能をInstagramで発見し、契約に至ったのです。
『Perfect Ten』の成功と『Not Like Us』の快挙
2019年に発表された3作目のアルバム『Perfect Ten』には、Future、Nipsey Hussle、A$AP Rocky、Meek Mill、Playboi Carti、Migos、Young Thug、Gunna、Roddy Ricch、Ty Dolla $ign、Ella Maiといった豪華な面々が参加しています。ラップシーンの精鋭たちが一堂に会したこの作品は、これまで彼が積み上げてきたキャリアの集大成とも言える仕上がりです。
過去に2014年の『10 Summers』、2016年の『Cold Summer』を発表してきたマスタード。しかし、これらはあくまでミックステープに過ぎず、彼自身が「正式なデビューアルバム」と位置付けるのがこの『Perfect Ten』です。
『Perfect Ten』は、マスタードにとって初めて全米アルバムチャートでトップ10入りを果たした記念すべき作品です。その中でも、Migosと共作した『Pure Water』はR&B/Hip Hopチャートで1位を獲得し、Roddy Ricchとの『Ballin'』はグラミー賞にノミネートされ、彼のキャリアに大きな影響を与えました。
2020年代に入り、リリースペースは2010年代ほどのハイペースではないものの、マスタードはPop Smoke、Megan Thee Stallion、Lil Uzi Vert、Kanye Westといったラップシーンの中心的なアーティストのプロデュースを続けています。
さらに、2024年には、ケンドリック・ラマーとドレイクの長年にわたるビーフが再燃し、ケンドリックがドレイクに向けてリリースした5枚目のシングル『Not Like Us』は、マスタードがプロデュースを担当。この楽曲は、Spotifyでヒップホップ曲として史上最高の単日ストリーミング数である1,280万回を記録し、さらに1週間で8,120万回という驚異的なストリーミング数も達成しました。興味深いことに、これらの記録の多くはかつてドレイクが保持していたものでした。
『Not Like Us』は、数日のうちに爆発的な人気を博し、全米シングルチャートで首位を獲得。このシングルはマスタードにとって初の全米No.1ヒットとなり、その成功はケンドリック・ラマーとドレイクのライバル関係を再び世間の注目の的にしました。結果として、多くのファンがケンドリックを強く支持するようになり、彼の影響力がさらに拡大するきっかけとなりました。
収録曲について
5年ぶりに発表された新アルバムでは、これまで所属していたInterscope Recordsを離れ、ベルリンを拠点とするBMGからのリリースとなりました。
全14曲からなる本作には、Travis Scott、Future、Young Thug、Kodak Black、Lil Durkといった豪華なゲストに加え、西海岸を代表するTy Dolla $ign、Blxst、Roddy Ricch、BlueBucksClan、Vince Staples、さらにCharlie Wilson、Ella Mai、Masegoなど、総勢20組ものアーティストが参加しています。
『Up Now』
アルバムの2曲目『Up Now』は、42 Dugg、Lil Yachty、BlueBucksClanによる楽曲で、Basilioの『Tú Eres Libre』(1978)をサンプリングしています。このトラックでは、各アーティストが自らの過去と向き合いながら、今手にしている成功や贅沢な生活を描き出しています。
Lil Yachtyは、幼少期の不安定な生活から抜け出し、今では高級車や裕福な暮らしを手に入れたと強調。一方、42 Duggは、犯罪に直面しながらも厳しい現実を乗り越えてきた経験を語り、その成功の裏に潜む苦悩を吐露しています。
DJ Mustard feat. Lil Yachty, BlueBucksClan & 42 Dugg - Up Now
Basilio - Tú Eres Libre (1978)
『Parking Lot』
アルバムの5曲目『Parking Lot』は、Travis Scottとのコラボレーション曲で、2024年7月にリードシングルとしてリリースされました。この楽曲は、イントロにSweet Spiritの『God Will Make a Way』(1974)をサンプリングしています。リリース前に、プロデューサーのマスタードは「LAの雰囲気を感じられるだけでなく、ヒューストンやどこでも、BBQパーティーの際にぴったりの曲が欲しかった」とコメントしており、この意図が曲全体に反映されています。
歌詞の中で、Travis Scottは成功した現在の贅沢な生活と、過去の貧困から抜け出した自分の歩みを描いています。特に「5 a.m. in the parkin' lot / Four black trucks takin’ parkin' spots」といったフレーズでは、贅沢なライフスタイルとその場を支配する姿勢が強調されています。
また、曲中では性的なテーマや華やかなパーティーライフも描かれており、彼の物質的な成功とともに、周囲の女性たちとの関係や自身の性的魅力に焦点を当てています。こうした豪華なライフスタイルの描写と同時に、Travis Scottは過去の経験や友情、成功の裏にある脆さも歌詞に織り交ぜており、名声と物質主義がもたらすプレッシャーを感じさせる内容となっています
Mustard feat. Travis Scott - Parking Lot
Sweet Spirit - God Will Make a Way (1974)
『One Bad Decision』
アルバムの11曲目『One Bad Decision』は、Ella MaiとRoddy Ricchによる楽曲で、2024年7月にリードシングルとしてリリースされました。この曲は、Wyclef JeanとMary J. Bligeの『911』(2000)をサンプリングし、恋愛における緊張感と葛藤を描いています。特にElla Maiの歌詞「Someone please call 911 / Let them know I'm loading rounds, got his name on my gun」は、は、恋愛の限界に達した感情を強烈に表現しています。
この楽曲では、恋人同士が互いに愛し合っているものの、信頼や誠実さが試される関係の崩壊寸前の状況を描写しています。Ella Maiが感情の高ぶりを歌う一方で、Roddy Ricchは自身の不誠実さを反省し、謝罪の気持ちを表現しています。恋愛における「一度の過ち」が、どれだけ深刻な影響を与えるかがテーマとして描かれ、緊張感と感情の揺れが曲全体にわたって感じられます。
Mustard feat. Ella Mai & Roddy Ricch - One Bad Decision
Wyclef Jean feat. Mary J. Blige - 911 (2000)
『Pray For Me』
アルバムのエンディングトラック『Pray For Me』では、マスタードが初めてマイクを握りラップを披露しています。これまで「自分はラップをしない」と公言してきましたが、今回は自分のストーリーを語る準備が整ったと感じ、ラップを始める決意をしたと語っています。
この曲でマスタードは、自分の人生や成功を振り返り、神や家族、友人への感謝の気持ちを表現しています。困難や後悔を抱えながらも、信仰を通じてそれらを乗り越えてきたことを語り、自分を支えてくれた人々に感謝の祈りを捧げています。さらに、信仰の力が人生の障害を克服するための鍵であると強調し、リスナーにも信仰と努力を持って人生を切り開くようメッセージを送っています。
Mustard - Pray For Me
おわりに
マスタードの最新アルバム『Faith of a Mustard Seed』は、ケンドリック・ラマーとの共作『Not Like Us』が大成功を収めた直後にリリースされました。『Not Like Us』は音楽業界で大きな反響を呼び、マスタードにとっても期待が高まっていました。彼にとって、このアルバムはキャリアの転換点であり、音楽業界に再び存在感を示すための重要なステップでした。
しかし、初週の売上はわずか18,000枚にとどまり、期待を下回る結果に。マスタードはその結果に感謝を示しつつも、SNSでドレイクとGordoに対する苛立ちを露わにしました。特に、ドレイクがGordoのアルバム『Diamante』を同日にリリースさせたことで、自分のアルバムの売上に悪影響を与えたと非難し、ドレイクを「白人のマルコム・X」と揶揄しました。
また、彼は売上結果に対して「アルバム売上は白人至上主義の一形態だ」と皮肉を込めた発言をし、音楽業界内での激しい競争やプレッシャーを反映したコメントを行いました。マスタードのSNSでの発言は、単なる冗談ではなく、業界の中で生き残るための苦悩とプレッシャーを抱える彼の本音が垣間見えます。その後、彼は「感謝の気持ちは変わらない」として、軽く見せようと努めましたが、彼の葛藤は明らかでした。
『Faith of a Mustard Seed』は、それでもなおマスタードにとってキャリアの重要な作品です。アルバムには、ケンドリック・ラマー、トラヴィス・スコット、ロディ・リッチといった豪華ゲストが参加しており、マスタード自身も初めてラップに挑戦するという新たなステップを踏み出しています。彼はこの作品を通じて、プロデューサーとしての枠を超え、アーティストとしての新たな側面を見せています。
アルバム全体を通じて、彼の信仰やこれまでの人生での試練がテーマとなっており、『Faith of a Mustard Seed』というタイトルには、信仰の力がいかに人生の困難を乗り越える原動力になるかというメッセージが込められています。このアルバムは、単なる売上や批評を超え、彼の成長と挑戦の象徴として位置づけられています。
マスタードの新たな挑戦は、音楽業界やリスナーにとってもインパクトを与えており、彼がプロデューサーとしてだけでなく、アーティストとしても今後どのように進化していくのかに大きな期待が寄せられています。この作品は、マスタードの音楽キャリアにおいて重要なターニングポイントとなり、さらなる飛躍を予感させる一枚です。
※ DIGTRACKS.comは、音楽プロモーター、音楽業界に携わるプロフェッショナル(DJなど)専門のデジタル・レコードプールサービスです。
ご利用の際は必ず「ご利用規約」をご確認ください
最新HITチャート Digtracks.com ランキング #hiphop #rnb #dj #新譜
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?