「UTOPIA」の背後に潜む「DONDA」の秘密: トラヴィス・スコットとカニエの交差点
2018年、テキサス州ヒューストン出身のラッパー、Travis Scott(トラヴィス・スコット)は、待望の3枚目のアルバム「Astroworld」をリリースし、15組以上のゲストアーティストとのコラボレーションを果たしました。この作品は、同年のドレイクの「Scorpion」に次ぐ初週売上枚数53万7000枚を記録し、アルバムからのセカンドシングル「Sicko Mode」で彼は初めての全米シングルチャート1位を獲得。さらに、同シングルはグラミー賞で2部門にノミネートされ、アルバムはBETヒップホップ・アワードの「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。その実績を背景に、2023年7月、彼は4枚目のアルバム「UTOPIA」を発表。ここでは、その新作と、リリースまでの背景を詳しく紐解きます。
レーベル : Cactus Jack Records, Epic Records
リリース日 : 2023年7月28日
名前 : Travis Scott
本名 : Jacques Bermon Webster II
年齢 : 32歳
出身地 : テキサス州ヒューストン
「Astroworld」以降の動き
「Astroworld」のアルバムリリース以降、トラヴィス・スコットは継続的に楽曲を発表し、その中でもシングル「Highest in the Room」を筆頭に3曲が全米シングルチャート1位を獲得しました。
ビルボードチャートで1年以内に3曲が1位になる快挙は、彼が初めて達成しました。
さらに、彼は自身のレーベルCactus Jackからのレーベルコンピレーションアルバム「JackBoys」(2019)をリリースし、このアルバムも全米チャート1位を獲得しました。また、2019年には自身のドキュメンタリー映画「Look Mom I Can Fly」が公開され、彼のアーティストとしての成長とその日常を垣間見ることができました。
2020年には、Epic Gamesの人気ゲーム「フォートナイト」とコラボレーションし、自身の「アストロワールド・ツアー」を基にしたバーチャルライブを5回行いました。これらのライブは、2700万人以上の視聴者を魅了し、ゲーム界と音楽界の融合の可能性を提示するものとなりました。
2020年7月、スコットはインスタグラムにアルバム名「UTOPIA」が入った写真を投稿し、後にそれがアルバムのタイトルであることが判明しました。 2020年8月、彼は3枚目のスタジオアルバム「Astroworld」の2周年を記念してファンに宛てた感謝の手紙の中でアルバムのタイトルをさらに予告し、 10月にも一連のツイートでアルバムを予告し続けました。
翌年の2021年にはトラヴィスが映画会社A24との制作契約を締結したことが報じられました。トラヴィスはその後、自身が手がける映画の脚本初稿をInstagramに投稿し、彼のアルバム「UTOPIA」が映画化されることが明らかになりました。
2021年後半にアルバムがリリースされるとの噂が広まっていた中、同年11月に彼の故郷ヒューストンで開催された「Astroworld Festival」は悲劇的な結末を迎えました。トラヴィス・スコットのライブ中、ファンがステージ前に押し寄せ、10人以上が亡くなり、数百人が負傷するという悲しい事件が発生しました。この事態を受けて、彼と主催者、プロモーターなど関係者に対する訴訟が起こされ、この年の予定はすべてキャンセルされました。以降、「Astroworld Festival」は開催されておらず、2023年6月29日、テキサス州の大陪審は関係者の刑事告発を不起訴と判決しました。
そして、2023年7月、フロリダ州マイアミでのRolling Loudフェスティバルのヘッドライナー公演で、トラヴィスはこれで最後となる「Astroworld」のセットリストを披露し、そして、「UTOPIA」が6日後に映画「Circus Maximus」と同時にリリースされることを報告しました。
その同じ月に、アルバムからの先行シングルとして「K-POP」が公開されました。この曲は、多くのヒット曲を手がけてきたBoi-1daとの共同プロデュースによるもので、初週だけで全世界で5,320万回のストリーミング再生を達成。さらに、MVにはファレル・ウィリアムスとSZAといった著名なアーティストがカメオ出演し、話題となりました。
Travis Scott, Bad Bunny, The Weeknd - K-POP
アルバムについて
約5年振りのアルバムのリリースとなった彼の新作は、Drake、21 Savage、Future、Kid Cudiなどのシーンに欠かせないラップスターから、Beyoncé、SZA、The Weekndなどのシンガーたちもゲストとして登場し、全19曲が収録されています。
トラヴィス・スコットは、この作品のタイトルである「UTOPIA」について、「ユートピアは遠い理想ではなく、日常の中で自ら創り出し体験するものである」と説明しています。
HYAENA
アルバムの幕を開ける「HYAENA」は、前作「Astroworld」でのマスタリングやミキシングを担当したMIKE DEANが共同プロデュースしています。
この曲は、90年代のヒップホップを思わせるブーンバップなビートが印象的であり、これはChronicle Grimeの「Career Cats Get Tiger Suits」(2009)という楽曲のサンプリングによって生まれています。
Travis Scott - HYAENA
Chronicle Grime - Career Cats Get Tiger Suits (2009)
「THANK GOD」
2曲目の「THANK GOD」は、アルバム内の他の楽曲と同じように、もともとはカニエ・ウェストによって制作され、カニエのアルバム「DONDA」への収録が計画されていました。しかしながら、この曲は後にトラヴィス・スコットに引き継がれ、その元のタイトルは2020年の「DONDA」トラックリストに記載されていました。
また、アルバム「UTOPIA」は最初のリリース時点では、全曲のゲストアーティストに関するクレジットが明示されていませんでした。しかし、現在では、この楽曲に参加したKayCyy以外のアーティスト全員がクレジットされています。
KayCyyはこの曲においてリファレンス・トラックの制作や曲作りにも関与しており、彼はTwitter上で「I’m not no background singer(俺はバック・シンガーではない)」と発言してクレジットについての不満を表明しました。
さらに、KayCyyは「My Jeans」というシングルを最近リリースし、そのアートワークに同じフレーズを使用することで、トラヴィス・スコットとの間に亀裂が生じていることを示唆しています。
Travis Scott - THANK GOD (feat. KayCyy)
KayCyy - My Jeans
「FE!N」
8曲目の「FE!N」は、このアルバムで8曲に携わったJahaan Sweetとトラヴィス・スコットによる共同プロデュースの曲です。この曲では、Playboi Cartiのゲスト参加が際立つよう、エネルギッシュなレイジビートが用いられています。また、トラヴィス・スコットの映画「Circus Maximus」のサウンドトラックには、Cactus JackメンバーであるSheck Wesが参加したバージョンも収録されています。
Travis Scott feat. Playboi Carti - FE!N
「CIRCUS MAXIMUS」
12曲目の「CIRCUS MAXIMUS」は、The WeekndとSwae Leeがゲスト参加した曲です。この曲は、トラヴィス・スコットの映画と同じ名前を冠し、「Circus Maximus」という古代ローマの競技場に触発されて制作されました。この競技場は、戦車競走を行う場所として使用されており、イタリアのローマにある大衆娯楽施設です。
さらに興味深いことに、この曲はカニエ・ウェストのアルバム「Yeezus」(2013)に収録されている「Black Skinhead」と非常に類似しており、トラヴィス・スコットの制作においてカニエの影響が色濃く反映されていることが分かります。
Travis Scott feat. The Weeknd, Swae Lee - CIRCUS MAXIMUS
Kanye West - Black Skinhead (2013)
「TELEKINESIS」
18曲目の「TELEKINESIS」は、FutureとSZAが参加しており、この曲も元々はカニエ・ウェストの曲でした。
最初はゴスペルの要素を含む楽曲として、仮題「Future Sounds」としてアルバム「DONDA」の制作中にレコーディングされました。しかし、その後、この曲はさまざまなアーティストに提供され、最終的にトラヴィス・スコットの元で完成されたようです。
この楽曲では、イントロからWallis Laneの「Arena 83bpm」(2018)がサンプリングされ、浮遊感のあるビートと3人の歌声が見事に結びついて、素晴らしい調和を見せています。
Travis Scott feat. SZA, Future - TELEKINESIS
Wallis Lane - Arena 83bpm (2018)
カニエがサプライズ登場!
2023年7月9日、トラヴィス・スコットは「UTOPIA」のリリースイベントを発表し、7月28日にはギザのピラミッドからのライブストリーミングが行われる予定であることをファンに伝えました。しかし、ギザのピラミッドでのイベントは、砂漠での建設に伴う問題が生じたために中止せざるを得なくなり、8月7日にはイタリアの美しい都市ローマでの代替ショーが開催されることが決まりました。
このライブでトラヴィス・スコットは熱心に語りました。「カニエ・ウェストなしにはUTOPIAはない。カニエ・ウェストなしにはトラヴィス・スコットもない。カニエ・ウェストなしにはローマもない。イェのために騒いでくれ!」との言葉に続いて、カニエ・ウェストがステージに登場。彼は「Praise God」と「Can't Tell Me Nothing」の2曲を披露し、会場を盛り上げました。
2人の関係は、トラヴィスの初期キャリアまで遡ります。2012年、トラヴィスは自身初のメジャー契約をEpic Recordsと締結し、さらにカニエ・ウェストのレーベルであるGOOD Musicとの出版契約も結びました。
また、トラヴィスのデビューミックステープ「Owl Pharaoh」(2013)には、カニエが制作に参加。同年、トラヴィスはXXL誌の「Freshman Class」にも選出され、若きラッパーの成長の一翼を担いました。
「UTOPIA」には前述したようにカニエのアルバム「DONDA」からの未収録曲がいくつか含まれています。さらに、カニエの「Yeezus」(2013)の制作で中心的な役割を担ったMIKE DEANもこのアルバムに協力している点から、トラヴィスがカニエからの影響を相当強く受けていることがわかります。
そして、「UTOPIA」は発売初週に49万6,000枚を売り上げ、全米アルバムチャートで初の1位を獲得。トラヴィスにとって初となるUKアルバムチャートでも首位を獲得しました。
おわりに
今作の「UTOPIA」は、トラヴィス・スコットの音楽的探求と、カニエ・ウェストとの深いつながりが交錯する傑作となっています。二人のシナジーがこのアルバムを彩り、それはチャートでの成果にも反映されています。このアルバムは過去と未来をつなぐキーポイントで、トラヴィスの新たな可能性と創造性が輝きを放っています。カニエの手が触れた「UTOPIA」が、音楽愛好者に新しい世界を開いています。
このアルバムは、音楽の歴史に名を刻むこと間違いなしの一作となり、世代を超えて愛されるでしょう。トラヴィスとカニエのコラボレーションは、音楽界に新たな風をもたらし、ファンはその魔法に魅了され続けることでしょう。
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