【連載小説】新説 桃太郎物語〜第三章
【第三章 “生きて行く意味”の巻】
むかしむかしあるところに、身寄りもなく天涯孤独な半人半犬(半分人間半分犬)がいました。
冷静沈着で身のこなしが速く、鼻と耳がきき、遠くの気配も瞬時に把握する己の特性を生かして、日々生きていく為に、誰とも群れない“盗賊”として生活をしていました。感情というものがないともとれる、目的の為なら多少の犠牲も厭わないやり口ゆえ、周りのものからは“犬”と言う名で恐れられていたのでした。
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ある満月の夜…
今夜も犬は、町で一仕事終えた後、川沿いにある自分の栖に帰っていました。その途中、犬の耳に、遠くの沢から何やら苦しそうな、か細い声が聞こえてきました。普段なら気にも留めない犬ですが、今夜はなぜかその声が気になり、様子を見にいくことにしました。
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声のする方へ行ってみると、そこには人間が仕掛けた罠にかかった、半人半犬の子イヌがいました。足にくくり罠がしっかりとかかり、身動きが取れずにとても苦しそうです。犬が近づいていくと、子イヌは犬の存在に気づき、懇願するのです。
「…下手を打っちまって…。そこのお方…、どうか助けてくれねぇか…。。。」
犬は心の中で思いました。
『…俺の知った事じゃあ無い…。…面倒ごとはごめんだ…。』
子イヌを一瞥すると、背を向けてそこから立ち去ろうとしました。が、なぜか子イヌが気になります。
『…、……。』
ジャキーーン
犬は、自らの研磨されたその爪で、子イヌの罠を切り裂きました。
「あっ…、ありがとうっ!!!」
子イヌは犬に助けてもらって、心の底から喜びました。
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次の日。
犬が一仕事終えて、栖に戻ってくると、その前でたたずむ者を見つけます。よく見ると、それは昨日罠から助けた子イヌではありませんか。子イヌは犬に気がつくと、大きな声でこう言うのでした。
「兄貴っ!お帰りなさいっ!!おいらを兄貴の弟子にしてくださいっ!!!」
そして、手土産のつもりなのでしょうか、芋虫やこおろぎなどを持ってきています。
『…、………。』
犬は何事もなかったように、自分の栖に入っていくのでした。
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それからというもの、犬の栖の前には、四六時中、子イヌの姿がありました。朝も夜も、雨の日も風の日も、炎天下の日も。初めは無視を決め込んでいた犬ですが、くる日もくる日も現れる子イヌが少しずつ気になり出していました。
そして…。
どんなに無視しても、必ず笑顔で迎える子イヌに、流石の犬も根負けしました。ある日、今日も変わらず仕事から帰る犬を待っていた子イヌに初めて声をかけたのです。
『…、…水を汲んでこい…。』
「……えっ!?…あっ兄貴…。……がってんっ!!!!!!」
子イヌを罠から助けてちょうど百日後のことでした。
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犬は子イヌと生活を共にし、盗賊としての知識や技術を、少しずつ教えていきました。初めは失敗もありましたが、基本的には飲み込みも早く、実践になると、犬も驚くほどの度胸と機転で、どんどんと才能を伸ばしていきます。また生活においても、料理や掃除、洗濯なども子イヌは器用にこなします。今までは、天涯孤独で
“ただ生きて行くために生きていた”
犬の生活は、子イヌの出現により、少しずつ変化して行くのでした。
『…心の奥の方が、なんだか…、…温かい?……。…こんなの初めてだ…。』
犬は気づかないうちに、“温もり”や“優しさ”という、今まで感じたことのない感情に戸惑う毎日を送って行くのでした。
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そんな生活を半年ほど過ごしたある日のこと。今日の仕事を終えた犬と子イヌは、栖に戻っていました。その途中、子イヌは思い出した様にこう言いました。
「…っ?!いっけねっ!水を汲みに行くのをすっかり忘れてたっ!!兄貴、今日は満月で視界も良好、ちょっくら水を汲みに行ってくらぁ!兄貴は先に戻っていてくれっ!!」
『…夜の森は…気を付けろ…。』
「心配すんなってっ!!すぐ戻るっ!!!」
そう言うと、子イヌは川のほうに向かって走っていきました。
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子イヌが水を汲みに行ってから一刻(2時間)ほどが経過していました。
『…さすがに遅すぎる……。』
水汲み場までは、子イヌの足でも四半刻(30分)あれば帰ってこれる距離にあります。
『…、………。』
犬は子イヌを探しに行くことに決めました。
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水汲み場に着くと、そこには子イヌの姿がありません。
周りを窺うと、子イヌが持っていた水桶が無造作に転がっていました。犬は全神経を鼻に集中すると、北の方角から、微かに子イヌの匂いと、大量の血の匂いを感じ取りました。
『…、………っ!?!』
犬は脱兎の如く駆け出したのでした。
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匂いを頼りに、北の森の中に来た犬はその先に、蹲り倒れている子イヌを発見します。
…近づき様子を伺う犬は…、
…我が目を疑う光景を目の当たりにします…。
…それは……。
全身、数十箇所が鋭利な刃物で傷つき、喉を掻っ切られた、虫の息の子イヌの姿でした。
『…、………っ!?!おいっ!?!…大丈夫かっ…?!?』
駆け寄り、声をかけますが、喉を潰されている子イヌは、うまく喋れません。犬は必死に喉に手をあて、止血を試みますが、出血は止まりません。そんな中、犬に気が付いた子イヌは、必死に何かを伝えようとします。
「……あっ…にっ…き…ぃ、、、」
『もうしゃべるなっ!!』
犬の静止も聞かず、子イヌは声を絞り出すように続けます。
「……おっ…おっ、にっ……。。。……びっ、…びわっ…、、、…くっ、くろ…。……。。。……」
『…おいっ?!……おいっっ!?!おぉーーーいっっっ!?!??!!』
…犬の悲痛な叫びも虚しく、子イヌはそのまま息を引き取りました…。
『…、………っ!?!』
その時!?!
犬は後ろの木陰に僅かながらの気配を感じます。犬は急いで振り返るとすぐに身構えるのでした。
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戦闘態勢に入り身構える犬…。
…究極の緊張感が支配する中、木陰から現れたのは、人間の侍と、半人半猿の若者でした。人間の侍は心配そうな様子でこう言うのでした。
『我が名は桃太郎。怪しいものではありません。…何があったのですか?』
『オイラの名前は猿。この先の寺で休んでいたら、大きな声が聞こえてきたんで様子を見にきたんだが…。…うっ、…こりゃひでえっ…。』
半人半猿も心配そうです。犬は注意深く二人の様子や匂いを観察しましたが、殺気や悪意、血の匂いは感じ取れません。
『…連れが襲われた…。』
『…っ?!?何だって?!誰にやられたんだっ?!??』
猿は聞きました。
『…俺が来た時には…もう…。…ただ…、死ぬ間際に…、“おに”…と…。』
『っ!?!??』
顔を見合わせる二人。
『他には何か言っていなかった?』
桃太郎は聞きました。
『…よくは聞き取れなかったが…、俺の耳には、“びわ”…、“くろ”…と…。』
それを聞いて猿が言います。
『…。“おに”“びわ”“くろ”…。そりゃまさか…。“琵琶を使う黒い鬼”…ってことじゃねえのかっ??』
『…、………っ!?!』
それを聞いた犬は、怒りの表情を見せ、その場から駆け出そうとしました。
『おいおいっ、ちょっと待てっ!?!落ち着けってっ??!!』
猿は犬の前に立ちはだかり、必死で止めました。
『どけっ!!!』
犬は猿を睨みつけて威嚇するのでした。
『…桃太郎っ…。』
困った猿は桃太郎の方を伺いました。桃太郎は猿を見遣り頷くと、優しい眼差しで諭すように犬に話しかけました。
『僕達は今、世界を襲う鬼を退治するために旅をしている。今まで何度か鬼と戦ったけど、鬼の力は強大で、とても一人でどうにかできる相手じゃない。僕も猿も君と同じで、鬼を退治する“理由”があるっ。よかったら一緒に行かないかっ??』
猿がさらに続けます。
『…オイラも親父を鬼に殺されて…。だからお前の気持ちは痛いほどよくわかるよ…。でも玉砕覚悟で突っ込んで行っても、悔しいけど鬼にはかなわない…。ましてやどの鬼かもわからない状態じゃあなおさらだっ。お前にとっても、オイラ達と旅をすれば、その鬼の情報も入ってきやすい。オイラ達も仲間が増えるのはありがたい。一石二鳥ってやつだぜっ!!』
犬は今まで、一人で生活することが、“良いとか悪い”とか以前に、当たり前のものとして生活してきました。冷静に考えれば、猿の言っていることは一理あるし、何よりも子イヌとの生活で、自分自身が少しずつ変わってきていることも自覚していました。そして、今目の前にいる二人からは、子イヌと同じ匂いを感じているのでした。
『…分かった…。』
『よっしゃー!!やったなっ!?桃太郎っ!!!』
猿は小躍りしながら喜びました。
『うんっ!!もちろん大歓迎さっ!!そう言えばまだ名前を聞いてなかったなっ!?君、名前はっ??』
『…犬だっ…。』
『犬か…。犬っ!!これからもよろしくっ!!!』
桃太郎は、真っ直ぐな瞳で犬を見つめてそう言ったのでした。
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その後三人は、子イヌを丁寧に埋葬しました。桃太郎はおもむろにその墓前に、きびだんごをお供えしました。
『…それは…?』
犬は桃太郎に尋ねました。
『これは僕のおじいさんとおばあさんが作ってくれた、きびだんごだっ!子イヌもお腹が空いているだろうから…。そうだっ、犬も一つどうっ??ほっぺたが落ちる程美味いし、これを食べれば元気百倍だぞっ!!』
『……。』
戸惑いながらも犬はきびだんごを一口食べました。なんだか心が落ち着き、優しい気持ちになります。
犬は、空を見上げて心の中で誓うのでした。
『…子イヌ…。俺は今初めて“生きて行く意味”を見つけられた気がする…。こんな感情も初めてなんだ…。』
空には綺麗な満月が輝いておりました…
子イヌと初めて会った…
あの晩の様に綺麗な満月が…。
かくして犬は、子イヌの仇の“まだ見ぬ鬼”を探して、桃太郎と猿と共に、長く険しい鬼退治の旅に向かうのでした。