【連載小説】新説 桃太郎物語〜第二十二章 (毎週月曜日更新)
【第二十二章 “真相”の巻】
青鬼の攻撃に吹き飛ばされた桃太郎がゆっくりと起き上がると、青鬼は言いました。
「…ほう。やはりお前は他の三人とは訳が違う様だな…。」
立ち上がった桃太郎ですが、足に力が入りません。赤鬼との激闘で力を使ってしまったこともありますが、青鬼の力はそれを差し引いたとしても、今の桃太郎では太刀打ちできない程の強さだと心の中で感じていました。
「…立っているのがやっとの様だな。…それにしてもなんという“力”だっ!!これまでがまるでお遊びだった様な圧倒的なこの“力”っ!!!この“力”を試すのには、これ以上うってつけの相手はいない…。…お前には色々と世話になったからな。ここはそのお礼をしようではないか。」
青鬼はそう言うと、桃太郎に再度攻撃を仕掛けました。
「…ほらほらどうしたぁーーっ!!」
『…うぐっ…。』
「…まだまだぁーーーっ!!!」
『…ぐっ…。』
「…いつまでもつかなぁーーーーっ!?!?」
『…くっ…。』
「…もぉもぉたぁろぉぉぉーーーーーーっ!?!?!?!?!?!」
『……っ…。』
「…なんて酷い事をしよる…。」
「…桃太郎…。」
服部半蔵と半人半鳥の女王も心配そうに見つめています。
その後も青鬼による容赦のない攻撃は続きました。そしてついに、桃太郎も膝をつき、その場に倒れ込んでしまいました。
それを見た青鬼は、倒れた桃太郎の側に行き、見下ろしながら言うのでした。
「…桃太郎…お前は私にこう言ったのだぞ、“この世の平和を冒す鬼を退治する為ここに来たっ!!”と…。…哀れなものよ…。これでは鬼退治どこではないな。」
『…ぐっ…。』
「…桃太郎。お前には本当に世話になった。お前がいなければ、私のこの計画は達成できていなかっただろう。そんなお前を殺す前に、一つ面白い事を教えてやろう。…赤鬼は先ほど、赤鬼が人間を恨むきっかけになった話をお前にしていたが、一つだけ隠している真実がある…。」
青鬼は笑みを浮かべると、片手で桃太郎の髪の毛を掴み、そのまま引き起こし宙吊りの状態にしました。
「…赤鬼がひた隠した真実…、それは…。」
青鬼はその状態のままゆっくりと語り始めるのでした。
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むかしむかしあるところに、人間だけではなく、オニや、半人半動が暮らしている世界がありました。
皆が平和に暮らすために、それぞれの領域を犯さないよう、人間は人間の、オニはオニの、半人半動は半人半動の村を作って生活していました。
そんなある時、心優しきオニの青年が狩に出かけている時に、足を滑らせて崖から落ちてしまいます。
一命は取り留めましたが、気がつくとそこは遥か下流にある人間たちが住む村でした。
早くここから立ち去らなければいけないと思いましたが、怪我がひどく思うように動けません。そんな中、冷静に自分の体を見てみると、なんと怪我が手当てされているではありませんか。
不思議に思い考えを巡らせているところに、気配を感じます。気配のする方を見るとそこにはそれはそれは素晴らしい“藤色の着物を着た”美しい人間の娘が立っていました。
娘は怖がるそぶりも見せずオニに近づき、こう言います。
「私の名前は“藤”と申します。お怪我は大丈夫ですか?」
これがオニと“藤”との出会いでした。
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「ここではしっかりとした治療ができませんしお腹も空いているでしょう?近くに私の村がありますのでそちらにいきましょう。」
オニは子供の頃から、村の掟で人間とは関わりを持ってはいけないと教え込まれてきました。また、人間は残酷で凶暴で容赦がないと教えられてきました。しかし、目の前の人間は無償で自分を介抱し、オニの目には残虐で凶暴には決して見えません。むしろ今まで感じたことのない、温かい優しさで包み込まれている様な気分になります。
それに加え、怪我がひどく思うように動けないこと、オニの村に帰る方法がわからなかったことも、掟を破るには十分な理由になりました。
考え抜いた末にオニは娘に連れられて、生まれて初めて掟を破り人間の村に足を踏み入れる決心をしました。
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それから一年の月日が流れ、オニは傷も癒え、人間たちと幸せに暮らしていました。
オニが藤に連れられてこの村にやってきた日、人間の村は大騒動になりました。しかし、娘の必死の説得と、オニの心の清らかさに触れた人間たちは、徐々にオニを理解し、受け入れていきました。中には未だに快く思っていない村人もいましたが、さした問題もなく穏やかな日々が続いていくのでした。
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さらに一年が経過した頃
完全に人間との生活に慣れて幸せに暮らしていたオニは、藤との距離がどんどん縮まり、人目を憚り愛を育んでいました。
そんなある日、藤のお腹に新しい命が宿ったことを知ります。二人はたいそう喜びましたが、そこは“人間”と“オニ”…。
種族の違いはこの世界では超えてはいけない領域です。
二人は考え抜いた結果、密かにこの子供を育てることに決め、娘のお腹が大きくなると村の皆にばれてしまうので、娘の代わりに、オニの術で森の奥深くにある“伝説の桃の木の果実”で十月十日、胎児を育てることにしました。
「あらっ?あの子の首筋に小さな“痣”があるけど、あれは何かしらっ?」
オニの一族は皆、代々首筋に“痣”の様なものがあると説明しました。
「そういえばあなたの首筋にもあるものね。なんか星型でかわいいっ!…伝説の桃の木さん、この子を何卒よろしくお願いいたします。」
これは私達だけの秘密…
二人はそう誓いあうのでした。
そして、子供が生まれたら村を出て家族三人で幸せに暮らしていく…。
そんな幸せを信じて疑わなかった…。
……、
そう…。
あの出来事が起こるまでは…。
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それから半年後
今まで何の問題もなく、平和に暮らしていた村にある出来事が起こりはじめます。
それは、村に備蓄している米や家畜が度々無くなっているというのです。
初めは気のせいかと思っていたのですが、それは次第に頻度が増し、事実だということが判明します。
そんな中とうとう恐ろしい事件が起こります…。
遊びに出かけた子供が帰って来ず、そのまま行方が分からなくなってしまったのです。
“子供の神隠し”
三日三晩、村人総出で探し回りましたがどこにも見つかりません。その後も神隠しは頻繁に起こるのでした。
何の問題もなく静かに暮らしていた村の中に、徐々に周りに対しての“不信感”という名の暗い影が落ちはじめていくのでした。
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時を同じくして、村ではもう一つの出来事が起こります。
ある日の昼下がり、いつものように村ではゆったりとした時間が流れていました。
そんな微睡の中、耳をつんざくような悲鳴が村中にこだまします。
オニが悲鳴のした方に行ってみると、そこには普段は大人しいはずの、全長三メートルを超える大きな熊が三匹、村人たちを襲っているではありませんか。
オニはその熊に戦いを挑みます。そして苦戦の末、その熊の首を掻っ切り勝利を収めました。
『…よかった…。村のみんなを守れた…。』
そう思い後ろを振り返ったオニは、人間たちが喜ぶ姿を想像していました。
…しかし
人間たちは恐怖に慄き、まるで怪物を見るような目でオニを見ていました。そして皆、礼を言うなりそそくさと逃げる様に家の中に入っていくのでした。
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熊の襲撃から数ヶ月後
オニはいつもの様に村はずれまで力仕事に出ていました。
仕事を終え村に帰ってくると、村の様子がいつもと違うことに気がつきました。
村に人が誰もいないのです。
色々な場所をくまなく探しましたが、やはりどこにもいません。
そして、村の奥の井戸の前に差し掛かった時、女の子が一人で泣いているのを発見します。
急いで女の子に声をかけようと近づこうとしたその時、周囲から並々ならぬ殺気を感じとります。
気がつくとオニは四方八方を火縄銃を構えた村人精鋭十人に囲まれていました。
その周りで村人全員が固唾を飲んで見つめている中、村の代表格の男はオニに向かってこう言うのでした。
『お前は普段気のよさそうな顔をしているけど、実はこの村の全員を殺す気でいるんだろうっ!!』
驚き、声のでないオニに向かってさらにこう続けます。
「熊を殺した時のあの目…、あれを見て全てに合点がいったよ…。米を盗んだのも、子供をさらって食ったのも…、全部お前の仕業なんだっ!!!」
そして有無も言わさず、鬼に向かって一斉に発砲しました。
流石のオニもこの数、この距離では避けきれず、まともに銃弾を受けてしまいました。
「ここ最近…お前の後をつけさせてもらった…。仕事帰りにたまにいくあの森の中の木も見させてもらったよ…。…あの金色に輝く桃はなんだっ?!よく見るとあの中には胎児がいるっ!差し詰め仲間を増やして村を襲うつもりなんだろう…。…そうはさせないっ!あの桃は川に捨てさせてもらったぞ!!」
『…なっ、なんてことを…。。。』
怒りが込み上げてきましたが、瀕死のオニはもう立ち上がることができません。
「死ねぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!!!!!!」
村中にこだまする銃声…。
…。
……。
………。
死を覚悟したオニでしたが、どうやら生きている様です。
一瞬の静寂の後、沸き起こる村人たちの悲鳴。怒号。
恐る恐る目を開けたオニが目にしたものは…。
『!!!!っ?!!』
そこにはオニをかばい、無数の銃弾を受けた藤が倒れていました。
体を引きずりながらも娘に駆け寄るオニ。
血塗れの中、顔に笑顔を浮かべ、消え入りそうな声で藤は言いました。
「ごっ…、ごめんね…。私がもっと…、もっとしっかりしていたらこんなことにはならなかったのに…。あなたはそんな事するオニじゃない…。私はそう信じているよ…。村の人たちは悪くない…。どうか許してあげてね…。あの時あなたを助けて本当によかった…。今まで楽しかった…。もう…三人では暮らせないけど…。私の分まであの子と幸せになってね…。今まで本当にありが……。と……。………。。。」
藤はそのまま息を引き取りました。笑顔のまま、目にいっぱいの涙を溜めながら…。
「こいつがもともと悪いんだっ!オニなんか村に連れ込むからっ!!こいつも同罪っ!死んで当然なんだぁーっ!!」
村人のその言葉を聞いた瞬間…。
オニは心の中で…
今まで張り詰めていた糸が…
切れる音を聞きました…。
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……、
……………。
…気がつくとオニは、無数の死骸が転がる、火の海と化した村の中に一人たたずんでいました。
左手に藤の亡骸を抱きかかえたまま。
そんな中、オニはこう思いました。
『…オニの…、オニのみんなが言っていた…。“人間は残酷で凶暴で容赦がない”…。…なるほど…。…こういうことか…。』
そして、
心の中を支配していたのは唯一、一つの感情でした。
『…人間…。…絶対に許さない…。。。』
そう…。
この瞬間…。
“オニ”は“鬼”になったのです…。
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青鬼は語り終えると桃太郎に語り掛けました。
「…もうわかるな桃太郎。その桃がどこに流れ着き、何が起こったかを…。…信じられぬと言う顔をしているな…、それでは証拠を見せてやろう…。…これだっ!!」
そう言うと青鬼は自らの首筋を見せました。そこにははっきりと星形の痣が刻まれていました。
「…そうだ、この星形の痣は、代々鬼の種族の誰もが持っている特徴だ。もちろん赤鬼にもあった…。この星形の痣があるという事は、お前が鬼の血を引いているという証拠に他ならない…。…お前は赤鬼と人間の娘の子供…、“鬼の子”なのだっ?!?!?!?!?」
『…。……。』
「…流石に驚きで声も出せぬか…。まぁこの事実を知ったところで、お前はもうすぐ死んでしまうのだがな。…おっとそうだ…、…では驚きついでにも一つ面白い事を教えてやろう…。」
青鬼はさらに続けます。
「…私とお前が初めて会ったのはどこだったか…。…そしてなぜお前は私を探していたのか…。」
『…峠の村で…、…子供が鬼によって神隠しに……。…まっ…まさか…。』
「…そうだ桃太郎っ。赤鬼が暮らしていた人間の村で起こった子供の神隠し…あれは私のやった事だっ?!?!」
青鬼は勢い勇み叫びました。
「…あの時、赤鬼が足を滑らせて人間の村に住み着いた時、オニの村でも大問題になった。赤鬼は私よりも少し上の世代で、よく面倒を見てくれた…。そんな赤鬼を助けたいと、その頃の仲間四人と、初めは小さな好奇心から赤鬼を助けにいくという名目で、掟を破り村から出た。…しかし、子供だった私達はどれだけ外が危険なところか知らず、誤って川に流される者…、熊に襲われる者…、食べる物がなく餓死する者…、最後に残った私も、死を覚悟したその時、やっとの思いでたどり着いたのが、あの人間の村だった…。」
青鬼は続けます。
「…私たち鬼は、“人間は残酷で凶暴で容赦がない”と教えられてきた。人間に話しかけることなどできない私は、とにかく飢えを凌ぐ為に村人達の食糧に手をつけた。…やっとの思いで赤鬼を見つけた私は、楽しそうに人間と暮らす赤鬼を見て、どうしていいかわからずに様子を見ることにした。そんな中、川で体を洗っている時に、人間の子供に見つかってしまったのだ…。人間にばれるのを恐れた私は、すぐに子供を殺した…。それがきっかけで村の食料の管理が厳しくなり、飢えを凌ぐ為に私は初めて“人間の子供”を喰らった。…その時の味は今でも忘れられない…。あの一件以来、私は人間の子供を喰らうことが常になったのだ…。その後も私は人間を観察していたが、やはり私には人間が信用に値する生き物だとはどうしても思えなかった…。まだ小さかった私は、熊に術をかけることによって人間を襲わせたが、まさか赤鬼が人間を助けるとは思わなかった…。その後人間達は赤鬼を敵視する様になり、あの事件が起こった。それを見ていた私は人間に対しての自らの価値観は間違っていなかったと確信した。赤鬼が人間の村を襲った後、赤鬼に声をかけて、鬼の軍団を作ったのだ。」
『…それじゃあ…そんなに昔からお前が裏で手を引いていたと…。』
「…狙っていたかは別にしても、結果的にそうなるな…。…その後赤鬼は、徐々に勢力を伸ばし始めていた時に、どう心変わりしたかは知らないが、人間を襲う事を止めようとした。あの手この手を使って私は赤鬼を説得したが、そろそろそれが難しく思っていた時に、あの峠の村でお前達と出会った。あの時お前が“鬼退治をしている”“桃から生まれた桃太郎”と名乗った事で、まさかと思い殺さぬ程度の傷を負わせて首筋を確認すると、そこには星形の痣があった。そこで私は全てを悟り、お前を利用する事を思いついたという訳だ。まさかここまでうまくことが運ぶとは思わなかったがな。」
『…。』
「…赤鬼は昔からそうだった…。信用しすぎて裏切られる…。あれだけの力を持ちながら、最後の詰めが甘すぎるのだ…。…だが…、私は違うっ!!絶対にこの世を私の思うがままに支配してみせるっ?!?!?」
『……。』
「…さあ桃太郎…。」
『………。』
「…いよいよお前の最後の時だ…。」
『……………。』
「…ある種お前には…。」
『…………………。』
「…感謝の念さえ芽生えている…。」
『……………………………。』
「…いっそ一思いに…。」
『……………………………………………。』
「…あの世に送ってやろう…。」
『…………………………………………………………………。』
「…さらばだぁぁぁーーーーーっ?!?!??!」
ドォーーーーーーーーーーーーン
「……っく?!?!」
突然の大きな爆発音とともに、あたり一面が凄まじい光と砂煙で満たされました。
青鬼は目が眩み、その場に立ち尽くします。
徐々に目が眩しさに慣れてくると、先ほどまで掴んでいた桃太郎がどこにもいません。
不思議に思いながらも、あたりを充満している砂煙が晴れてくるのを待ちました。
すると…
戦さ場の中央に、並々ならぬ気配を感じとります…
そこには…
“藤色の妖気”を身にまとい…
今まで以上に“凛”とした…
桃太郎が立っていました…。