【連載小説】新説 桃太郎物語〜第十章 (毎週月曜日更新)
“鬼岩城”
黒く硬い岩で覆われた鬼の巣窟。“城”と言う名前がついてはいるが、自然にできた洞窟を開拓して造られており、内部は日の光がほとんど入ってこないため薄暗く、今桃太郎一行が立っている入り口の奥は、どうなっているか推測が及ばないほど、漆黒の闇が支配している。
『…なんか…、いかにもって感じだなぁ…。』
『…本当…。薄気味悪いったらありゃしないわね…。』
『…そこらじゅうから…乾いた血の匂いだ…。』
『…とりあえず細心の注意を払って行こうっ…。』
四人は慎重に慎重を重ねて、鬼岩城の奥へと進んで行くのでした。
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しばらく進んで行くと、大きく開けた場所に出ました。そこには大小様々な“石の壁”が不規則に立ち並ぶ大きな広場になっていました。その奥には、さらに奥へと進めそうな腹穴が見えます。
四人が進んで行こうとしたまさにその時でした。
「…けっけっけっけっ…。」
どこからともなく不気味な笑い声が聞こえて来ました。一斉に笑い声のする方を見ると、深い闇の中から、一体の鬼が徐々にその姿を現し始めました。
『…おっ、お前は…。』
目の前に姿を現したのは、強大で禍々しい気配を身に纏った、黄色い鬼でした。
「なんだお前らっ!!こんなところにのこのこ現れやがってっ!?!わざわざ俺様に殺されに来たってか!?」
『…っ?!?!?』
猿はその姿を確認すると、一歩前に出て黄鬼に言いました。
『…やっと会えたな…。オイラはお前に殺された猿村のボスザルの息子、猿だっ!!!忘れたとは言わせねぇぞっ!!!』
「んっ?猿村??…はてっ?悪いが俺にとっちゃ殺戮は日常茶飯事、今まであまりにたくさん殺して来たから、いちいちそんなこと覚えちゃいねぇなぁ!…じゃあ逆に聞くが…、お前は今まで食べた食事を全部覚えているのかっ??」
猿は三人を見遣ると、言いました。
『…みんな…、ここはオイラに任せて先に行ってくれ…。…こいつは…こいつだけは…、オイラの手で引導を渡したいんだっ!!!』
三人は黙ってうなずくと、桃太郎は言いました。
『…猿…。十分に気を付けろっ。そしてまた、後で絶対に落ち合うぞっ!!!』
『猿っ。猿なら絶対大丈夫っ。私は猿を信じているからねっ!!』
『猿っ、…気張れっ…!!』
雉も犬も言いました。
猿は背中越しに親指を立てると、自信に満ち溢れた笑顔を見せるのでした。
そして三人は洞穴に向かって一気に走り出しました。
「おいおい待て待てっ!お前らを簡単に通すわけにはいかないんだよっ!!」
それを見た黄鬼は三人の行く手を阻もうとしました。しかしその前に猿が立ちはだかり、大きな声でこう言うのです。
『お前の相手はこの俺だっ!!さあっ!!きやがれっ!!!』
「…ほう…。おもしれぇじゃねぇか…。この俺様に単騎で戦いを挑むとは…。ならばお前を秒で殺して、あいつらはそれからだっ!!」
こうして猿と黄鬼の因縁の対決は、今まさに幕を開けようとしているのでした。
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三人が狭い洞穴をさらに奥に進んで行くと、そこには数多くの鏡が置かれた不思議な空間がありました。そしてその先には、やはり奥へと続く洞穴があります。
『…なんだここはっ??』
桃太郎はそう呟きながら、己が姿が映り込む沢山の鏡の間を縫って奥の洞穴に近づきました。
その時です。
一つの鏡の中からいきなり何かが現れて桃太郎に襲い掛かりました。
ガキイィイィィーーーン!!!
その刹那、いち早くそれに反応したものがおりました。
『桃太郎っ!!大丈夫っ???』
雉です。
すると、どこからともなく不気味な声が聞こえて来たのでした。
「…くっくっくっ。よく今の一太刀を見切りましたねぇ…。…んんん…。よく見るとそこの人間と半人半犬のお二人…。一度お会いしていますね…。…確かあれは…、私が呪いをかけて差し上げた人間の国でしたか…。」
『…っ?!?!?…あっ…あなた…まさかっ…?!?』
雉がそう言うと、声の主は返しました。
「…んん…。貴方もしかして…、姿は少し違いますが…、あの国の王女様ではありませんか…。これは驚きました。そんな中途半端なお姿になっていて全然気がつきませんでしたよ…。王女様…、王様とお妃様はお元気ですか…?その節はお世話になりました…。…でもどうしてそんなお姿になってしまったのですかねぇ…。不思議でなりませんよ…くっくっくっ…。」
鬼はそう言うと、正面にある鏡の中から姿を現しました。
『…みっ…緑鬼……。』
そこには強大で禍々しい気配を身に纏った、緑色の鬼がいました。
雉は二人に目配せすると、言いました。
『…もちろんここは私に花を持たせてくれるんでしょう??さぁ、二人は早く先に進んでっ!!』
桃太郎、犬は言いました。
『…雉…。十分に気を付けろっ。そしてまた後で絶対に落ち合うぞっ!!!』
『雉っ、…武運を祈る…!!』
『任せておいてっ!!!』
雉は二人に向かって片目をつぶる(ウインクする)と、優しくも芯のある笑顔を見せるのでした。
そして二人は洞穴に向かって一気に走り出しました。
「…おやおやいけませんねぇ…。…この先は立ち入り禁止ですよ…。」
それを見た緑鬼は二人の行く手を阻もうとしました。しかしその前に雉が立ちはだかり、大きな声でこう言うのです。
『あらっ?…頭脳明晰の緑鬼さんが気がついていないわけないわよね…。この状況…、どう見てもあなたの相手はこの私じゃないかしらっ!!』
「…ほうほう…。…なかなか面白い冗談を言うのですね…。いいでしょう…、まずは貴方のお相手をして、その後にお二人を追いかけても問題ないです…。…王女様…、私を退屈させないでくださいね…。」
こうして雉と緑鬼の因縁の対決は、今まさに幕を開けようとしているのでした。
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二人が狭い洞穴をさらに奥に進んで行くと、そこは溶岩で埋め尽くされ、転々と石の足場が存在する不思議な空間でした。そしてその先には、やはり奥へと続く洞穴があります。
『…ここはかなり足場が悪いな…。』
桃太郎はそう呟きながら、溶岩の上に浮く石の足場を一つ一つ飛び越えながら、奥の洞穴に近づきました。
道も半分ほど過ぎようとしたその時です。
…べん…
…べんべん…
…べんべんべん…
何かの音が聞こえて来ました。その方向を見ると、奥の洞穴の上の部分にある岩場に静かにあぐらをかき鎮座する者を確認します。
「…うぅ…。…お前らここで皆殺し…。」
『…っ?!?!?…あっ…あれはっ?!?』
犬はその姿を見遣ると、驚愕するのでした。
そこには強大で禍々しい気配を身に纏った、黒い鬼がいました。
そして…
その手には“琵琶”が握られてます。
『…黒い鬼…琵琶…。まさにあれは…、子イヌが言っていた特徴…。』
桃太郎がそう呟くと、
『あいつが子イヌを…、…やっと見つけたぞっ!…桃太郎っ!…俺の出番だっ!!行けっ!!!』
犬は黒鬼から視線を外さずに、決意のこもった声で桃太郎にそう言いました。
桃太郎は洞穴に向かって一気に走り出しました。
「…お前ら…。…ここを通すと災いが起こる…。」
それを見た黒鬼は桃太郎の行く手を阻もうとしました。しかしその前に犬が立ちはだかり、大きな声でこう言うのです。
『…お前は…絶対に許さないっ!!』
「…あぁぁ…。面倒臭いっ!?!…まずはお前を血祭りだっっっ!!!」
こうして犬と黒鬼の因縁の対決は、今まさに幕を開けようとしているのでした。
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桃太郎が狭い洞穴をさらに奥に進んで行くと、そこは余計なものが一切ない大きく開かれた広場でした。そしてその先には、やはり奥へと続く洞穴があります。
その広場の真ん中に、一人佇む者を見つけます。
そこには強大で禍々しい気配を身に纏った、青い鬼がいました。
そうです、あの時苦渋を舐めさせられたあの青鬼です。青鬼は桃太郎を一瞥すると、口を開くのでした。
「お前はいつぞやの人間ではないか。ここに何しに来た。」
『…青鬼…。この世の平和を冒す鬼を退治する為ここに来たっ!!』
桃太郎は言いました。その言葉を聞いた青鬼は、こう返したのでした。
「…この世の平和を冒す…??本当にそう思うか?お前ら人間はこの地をどう変えたっ??半人半動を半端者とこけおろし、国同士では戦が絶えず、国や村を大きくするために、草や木を平気で伐採し、動物は住処を失い絶滅する種も出て来ている…。我らが本来目指すべき、“それぞれの領域を侵さずに生活する”という暗黙のルールを冒し続けて、“世界の均衡”を狂わしているのは、我等“鬼”ではなく、間違いなくお前ら“人間”であると私は思うがな。」
『…確かに人間は皆が皆、聖人君子ではない…。間違いを犯すこともあれば、争うことだってある…。でもそれを殺戮や恐怖で押さえつけるようなやり方は絶対に間違っているっ!!』
「この世界の誰かがふと思った…。人間の数が半分になったら幾つの森が焼かれずに済むだろうか…。この世界の誰かがふと思った…。人間の数が百分の一になったらたれ流される毒も百分の一になるのだろうか…。誰かがふと思った…。生物(みんな)の未来を守らねば…。それが私の“大儀”だっ!!」
『そもそも人間が争い出したのは、“恐怖”や“不安”をお前達鬼が与えたことに担を発しているんじゃないのかっ?…それがお前の“大義”ならば…、まだまだ完璧ではない人間が、これから成長するために、命の危険を感じずに暮らせる世界を取り戻すっ!そのために鬼を成敗するっ!!それが僕の譲れない“大義”だっ!!!』
「…なるほど…これ以上話しても無駄なようだな…。あの時のように一瞬でけりをつけてやろう。」
『あの時の僕と思っていたら大間違いだぞっ!いざ尋常に勝負しろっ!』
「こざかしい…。粉微塵にしてくれるわっ!!!」
こうして桃太郎と青鬼の因縁の対決は、今まさに幕を開けようとしているのでした。