【連載小説】新説 桃太郎物語〜第二十章 (毎週月曜日更新)
【第二十章 “解放”の巻】
赤鬼との激闘を終えた桃太郎一行は、ひとしきり喜んだ後、赤鬼の元に向かいました。そして桃太郎は、倒れ虫の息の赤鬼に語りかけました。
『…赤鬼。これで鬼の野望は砕かれた。…僕らの勝ちだっ。』
それを聞いた赤鬼は、答えました。
「…まさか…。ワシを凌駕する者が現れるとは思ってもみなかった…。…ワシも含め、四将軍も打ち果てられた今、…持ち直す事は難しいだろう…。ワシ等の負けだ…。」
『…本当に今までひでぇーことしてくれたぜっ!!地獄に行ってしっかりと反省するんだなっ!』
『…本当…。今までどれだけの人が犠牲になってきたかっ!!』
猿と雉はそれぞれ言いました。
『…しかし…。』
犬が言いました。
『…一つ解せぬ事がある…。…なぜお前は、そこまでして人間を忌み嫌うのか…。…なぜ人間を根絶やしにしようとしたのか…。』
「……。…なぜ…か…。」
赤鬼はそう呟くと、桃太郎に目線を向けて、こう言いました。
「…すまぬが…、…そこに落ちている着物をワシの所へ持ってきてくれぬか…。」
桃太郎は、そばに落ちていた藤色の着物を拾うと、赤鬼に渡しました。
『…この着物は…?』
「…これか…。…これは…ワシの命よりも大切な物だ…。」
その場の全員が固唾を飲んで赤鬼の次の言葉を待ちました。
「……。…ワシがなぜ人間を忌み嫌うのか…。…それは…。」
赤鬼は静かに語り始めるのでした。
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赤鬼は、狩の途中に足を滑らせて人間の村に行ってしまった事。
そこで藤と出会い恋に落ちた事。
藤が子供を身ごもった事。
それをひた隠して生活していた事。
その後、人間の村に不信感が芽生え徐々に変わってしまった事。
誤解が生じ、命を狙われた事。
そして…
自分の身代わりになり、娘が村人に殺された事を話しました。
その場の誰もが赤鬼の言葉に聞き入ってました。
『…じゃあその着物は、その藤さんの…。』
『…ひでぇ話だぜっ!?…種族なんて関係ねぇじゃねぇかっ!!』
『…種族は絶対…。昔はな…。』
雉、猿、犬はそれぞれ言いました。
『…種族間の交流をしない事が良しとされていた時代の価値観が不運だったことを差し引いても…本当にひどい話だ…。村人達が行った行為は決して許されることではない…。…ただ…、やはり僕は…、それでも僕は…、赤鬼がやった事を全て肯定する事はできない…。…そうなる前に、もっと他に方法があったはずだっ!?!』
桃太郎は言いました。
「…そうだな…。その時のワシは、怒りに勝てず、気がついたら全てを奪っていた…。…そして、その怒りだけを糧に今まで生きてきた…。…今思えば、元々人間達をそうさせたのは、ワシらが嘘をつき、隠し事をしていたことが全ての発端なのだ…。人間を信じ、自分自身を信じて、思ったことを正直に口にする…。あの時のワシらに、もう少し“決まりを変える為の勇気”がありさえすれば、こんなことにはならなかったのかもしれぬ…。」
赤鬼は着物を胸に押し当てると、
「…本当はずっと気がついていた…。…あいつもこんなことを望んでいないと…。…ワシ自身…人間を忌み嫌うことで、自分の非を心の中で必死に打ち消そうとしていたことも…。」
その時ですっ!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………………
あたりは地響きとともに、大きく揺れ始めました。
『…なっ…なにが起こったのっ?!?!』
雉は動揺しながら言いました。
「…この鬼岩城ももうすぐ崩れる。…ワシの死期と同じ様にな…。」
赤鬼は桃太郎に向かってこう言いました。
「…桃太郎。…最後に戦えたのがお前達で本当に良かった。…もしワシが若い頃に、お前らの様な“仲間”と出会えていたらもう少し違った結末になっていたのかもな…。ただ、ワシは今までやってきた事を一切後悔はしていない。…が、桃太郎。お前はワシの様にはなるな。」
『…赤鬼…。』
「…お前はワシに似ている…。…さあ桃太郎…。もう行け。ここもすぐ崩れるぞ。」
『っ桃太郎ぉぉーーーーーーっ?!?!』
『早くぅぅーーーーっ?!?!』
『…もっ…もう長くは持たんぞっ?!?!』
三人が必死で叫ぶ中、桃太郎はなぜか赤鬼から離れることができませんでした。
『…赤鬼。…僕もお前と戦えて本当に良かった…。』
「…桃太郎…生きろっ!!この時代を生きるんだっ!?!?!」
その時、今まで以上に激しく揺れ、洞窟はさらに崩れてきました。
『…っ?!?!もう限界だっ?!?行くぞっ桃太郎っっ?!?!??!』
たまりかねた猿に腕をひかれ、桃太郎はその場を離れました。
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…。
…………。
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薄れゆく意識の中…
着物をしっかりと握り…
赤鬼は心の中で思いました…。
「…やっと…、…やっとお前のところに行ける…。…やっと…、…やっと自由になれる…。…。」
崩れていく洞窟の真ん中で倒れた赤鬼は…
咲き誇り舞い散る“藤の花”を見ました…。
そして…
頬にひとひらの花びらが優しく落ちると…
笑顔を浮かべながらゆっくりと目を閉じました…。
…。
閉じたまぶたのその裏には…
家の前で“オニ”の帰りを待つ…
激しく泣いている元気な赤ん坊と…
それを抱き優しく微笑む…
娘の姿がありました…。