【連載小説】新説 桃太郎物語〜第十一章 (毎週月曜日更新)
猿と黄鬼は激しく戦いました。
黄鬼は両の手に持つ、五寸(10cm)程の大きさの、特殊な手毬を投げて攻撃を繰り出して来ました。そうです、ボスザルは猿村で、北の山から放たれた黄鬼のこの手毬の攻撃によって命を落としたのです。
その速さは尋常ではなく、常人の目では到底追えるものではありません。
しかし、猿は忍者の郷での厳しい修行によって相当な身軽さを得ています。その攻撃を軽々と避け続けるのでした。
「…ほう…、ちょっとは出来るようだなっ!」
『…けっ!?!こんなもん目をつぶっても避けられるぜっ!?!』
その言葉を聞いた黄鬼は、手毬を四つにして攻撃して来ました。猿はかすり傷程度の攻撃は受けましたが、まだまだ余裕があります。その様子を見た黄鬼は、不適な笑みを浮かべながら手毬をさらに二つ増やし、激しく猿を攻撃しました。
流石の猿も、この数では全てを避けきれずに徐々に傷を負っていきます。しかし、黄鬼の攻撃を繰り返し繰り返し観察することで、その軌道や速さに慣れた猿は、六個の手毬の隙間を縫って、黄鬼に如意棒による強烈な一撃を見舞うことに成功します。
『…どうだっ!!余裕ぶっこいて、へらへらしてっからこういうことになるんだっ!!』
その言葉を聞いた黄鬼は、今まで浮かべていた笑顔を消しました。
「…俺様の六個の手毬を耐え抜いたのも…それを掻い潜って傷を負わせたのもお前が初めてだ…。…お遊びこのくらいにしておこう…。…本気を出させてもらうぜっ!!!」
黄鬼はそう言うと、さらに二つを加え、合計八個の手毬を手にしました。それを見た猿がいいました。
『いくら数を増やそうと無駄だっ!確かにお前の手毬はものすごい速さだが、軌道が真っ直ぐなぶん慣れれば避けるのはそんなに難しくないっ!?さっきの攻撃で、お前の手毬は全て見切ったぞっ!!』
「…ほう…。…なるほどなぁ〜…。…ただ猿よぉ〜、…これでも同じことが言えるのかっ?!?!」
黄鬼は勢いよく八個の手毬を投げました。身構えた猿でしたが、どういうわけかいつまで経っても猿のもとには飛んできません。猿が不思議に思っていると、いきなり四方八方から先程とは比べ物にならないくらい物凄い速さの手毬が、猿に向かって一斉に降り注いできました。
『…っ?!?!?!なにっ…こっ、この動きはっ…?!?!?』
「…馬鹿めっ?!?お前が今、どこで戦っているのかをよく考えるべきだったなっ?!?!」
黄鬼が手毬を投げたその先は猿ではなかったのです。
それは…
この広場を囲むように立ち並んだ、大小様々な“石の壁”でした。
不規則に並ぶ壁に跳ね返り不規則な軌道を描きつつ、壁にあたり跳ね返れば跳ね返るほど、手毬の速度はどんどん上がり、先ほどの五倍…いや、十倍ほどの速度と攻撃力になって猿に向かっていきました。
それも、猿に当たって跳ね返った手毬は、再度壁にぶつかり、何度も何度も猿を攻撃し続けるのでした。
『ぐわぁーーーーーーーーーっ?!?!??!』
広場の中央は手毬の連続攻撃で砂煙が上がり…
視界の見えないその中で…
猿の悲鳴だけが繰り返し繰り返し響いていたのでした…。
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砂煙が晴れて、視界が開けて来た広場の中央には、深傷をおって虫の息の猿が、うつ伏せに倒れていました。
「…ほう…。俺様のあの攻撃をくらってまだ生きているとは驚きだ…。まぁ…この状態ならお前を殺すのなんて簡単だがなぁ?!?」
黄鬼は再び余裕の笑みを浮かべそう言いました。
『…うぅ……。』
猿は最後の力を振り絞って、黄鬼から距離を取ろうと這いずりました。
「…こらこら…。今更になって俺様が怖くなったかっ??…勘弁してくれよ…。」
黄鬼はせせら笑いを浮かべながら猿の後をつけます。
猿はさらに這いずりますが、先ほどまで手毬を跳ね返させていた壁の前まで来ると、ぐったりとその壁にもたれ掛かってしまいました。
「…ようやく観念したか…。」
黄鬼は猿を見下ろしながらこう言うのでした。
「…お前は俺様をさんざん苦労させてくれたよなぁ〜、俺様は弱いものいじめが大好きなんだぁ〜。この状態からいたぶりながら殺すのが特にお気に入りでよぉ〜。…ただ…、ここまで俺様を追い詰めたのはお前が初めてだというのも事実…。ここはそのお前に敬意を表して…、……一瞬であの世に送ってやるとしようっ!!」
『…こっ…ころ………、たっ…たす……、…』
「…けっけっけっ…。今更命乞いとは…。猿さんよ〜、情けない事しなさんな…。…絶対にダメだねっ!!」
『…そっ…そうか…。そっ…それは…ざ…っ残念だ…。。。』
「…お前はよくやった…。俺様をここまで追い詰めたのだから…。地獄で俺が殺した父親に自慢でもしてこい…。…猿…、それなりに楽しかったぜっ!!」
黄鬼は猿にとどめの一撃を見舞おうと振りかぶりました。
猿は力なく言いました。
『…黄鬼…、オイラを…オイラをいたぶらずに一思いに殺していればお前は殺されずに助かったのになぁ…。』
「…何を今更負け惜しみをっ…?!死ねぇぇぇーーーーーーーーーっ!?!?」
その時ですっ!
猿は両まなこを力強く見開くと言いましたっ!!
『…黄鬼っ!!お前の負けだっ?!?!伸びろぉーーっ?!?如意棒ーーーっっっ!!!?!』
そう叫ぶと、猿が寄り掛かっていた壁の頭の上の部分から、如意棒が壁を突き破り勢いよく伸びていきましたっ!!!
「…なっっっっ?!?!?」
………。
如意棒は黄鬼の胸にしっかりと突き刺さりました。黄鬼はゆらゆら揺れながらゆっくりと後退すると、そのまま後ろ向きに大の字に倒れ、鮮血を口から吐きながら言いました。
「…がっ…がはっ?!?…なっ…、なぜっ…。…どっ…どう言う事…だっ……。」
立ち上がった猿は、黄鬼を見下ろしながらこう言うのでした。
『…最後の攻撃をくらって砂煙が上がっている時に、この壁の裏に如意棒を仕込んでおいたのさ…。視界が開けたらお前から逃げるふりをして、その位置まで誘導したってことよ…。お前は絶対に最後油断してオイラを一思いに殺さない…そう踏んで、罠を仕掛けさせてもらった…。…壁に誘導している時にオイラの背中の如意棒がないことに気づかれたらどうしようかと冷や冷やしたが…、案の定お前は余裕かまして全然気にしていなかった…。…黄鬼…それがお前の敗因だ…。』
「…ばっ…馬鹿なっ…。」
『…黄鬼…いいことを教えてやろう…。…今まで温存していたが、“伸縮自在の如意棒”は猿村で代々ボスザルの家系だけに受け継がれるこいつしかないんだっ!!…親父から託されたこの如意棒でお前を倒したかった…。…地獄に行ったら…今までお前が殺した全てのものに許しを乞いながら罪を償うんだなっ?!?』
「…おっ…おのれ…おっ…おれ……俺様がっ…、、…おっ、…おまっ…お前なんぞにぃぃーーーっ…っ?!?………。。。」
黄鬼は悔しさをにじませたまさに“鬼の形相”で、そのまま細かい灰となり絶命しました。
『…親父…、親父の仇は取ったぞ…。これで猿村のみんなにもいい報告ができるよ…。これからは親父に負けないくらい、立派なボスザルになるからな…。』
猿は胸に手を当てると、心の中でそう誓うのでした。
『でもまだだっ!まだ何も終わっちゃいねぇ!!』
そう言うと猿は、もう一度気合を入れ直し、急ぎ洞穴の奥へとかけていきました。
こうして猿と黄鬼の因縁めいた壮絶な戦いは、今まさに幕を閉じたのでした。