【連載小説】新説 桃太郎物語〜第二章
【第二章 “断固たる決意”の巻】
むかしむかしあるところに、半人半猿(半分人間半分猿)が住む村がありました。
真ん中に小高い山のあるこの村は自給自足で生活し、この村の長でもあるボスザルを中心に何不自由無く、幸せに暮らしていました。
しかし、そんな幸せな生活を送っていたボスザルには、一つだけ悩みの種がありました。
それは、自分の後を継いでこの村を治める息子のことです。
ボスザルの息子は、代々、村のものから敬意を評して“猿”と呼ばれているのですが、その猿がたいそういたずら好きで、お調子者。嘘をついては村を混乱させることもしばしば…。
皆の心配をよそに本人はどこ吹く風で、
『オイラはちょいとやれば何でもすぐにできるから、別に本気でやる必要はないって。』
と、学びをすっぽかしては毎日毎日、自由気ままな生活を送っておりました。
もともと運動神経もよく、飲み込みも早いのですが、自分の才能に酔いしれて、いかんせん“努力”と言うものを一切しない、“おぼっちゃま気質”を持で行く者なのでした。
猿が生まれてからすぐに母を病気で亡くし、ボスザルは、男手ひとつで猿を育て、構ってやれず甘やかしてしまった事もその原因の一つだと、気を病んでいるのでした。
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その日も猿は学びをすっぽかし、お気に入りの村はずれの大きな杉の御神木の上で、
『うん。今日もいい風だ…。』
などと言って、呑気に風にあたっていました。
そんな折、遠くの山を二つほど超えたところに、馬を操る全身黒ずくめの怪しい集団を百騎ほど目撃します。
その集団の掲げている旗印には、大きな文字で
“鬼”
と書かれていました。
鬼の軍団は、速度を上げてどんどんどんどん猿村に近づいて来ます。
『…あれは…、噂に聞く、鬼の軍団じゃないかっ!?!?!!』
もちろん猿も、鬼の噂は耳にしています。
『こうしちゃいられないっ!すぐに村に帰って、皆に知らせないとっ!!!』
猿は大急ぎで村に向かって駆け出すのでした。
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『鬼がきたぁー!!鬼の大群が来たぞぉーー!!!』
急いで村に戻った猿は、大声を張り上げて村中を駆けまわりました。
しかし…。
村人の誰しもが薄ら笑いを浮かべてこう言うのでした。
「…猿様…、またまた、ご冗談を。」
『違うっ!!本当なんだっ!!!後一刻(30分)ほどで村に攻め入ってくるぞっ!!!』
「…猿様…、お戯れはその辺にして、しっかり学びに精を出さないと、お父上も悲しみますぞ。」
普段、いたずらばかりしていて嘘をついていた猿の言うことなど、誰も信じてはくれません。
『くそっ!なんで誰も信じてくれないんだっ!?!畜生っ!!!』
それでも猿は大声を上げて村中を駆け回るのでした。
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自分の言葉では誰も動いてくれないことを悟った猿は、ボスザルの元に向かいました。
村の真ん中の山の上にある屋敷に急いで駆け込むと、開口一番こう言いました。
『親父っ!!大変なんだぁっ!!!』
「どうしたんだ猿?そんなに慌てて。学びはどうした??」
『それどころじゃないんだっ!鬼の軍団が…、鬼の軍団が村に攻めて来てるんだっ!!!』
「なっ…?!…猿…、それは誠か??」
『親父っ!!本当なんだぁっ!!!信じてくれよぉっ!!!』
普段と明らかに様子の違う猿を見たボスザルは、
「猿、私に任せるのだ。村のもの全員に伝えよっ!!鬼が攻めてくるっ!!すぐに戦の準備に取り掛かれと!!!」
と、すぐに側近に指示を出しました。
…その時?!
ドォーーーンッ!!!!!!
村の入り口の方で大きな音がこだましたのでした。
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猿が屋敷から眼下を見下ろすと、そこには全身黒ずくめで、黄色い肌をした恐ろしい鬼の大群、その名も“黄鬼軍(ききぐん)”が、今まさに入り口から押し寄せ、村を次々と破壊し始めているところでした。
猿村の若衆が必死に応戦していますが、百騎を超える鬼を抑えることは容易ではなく、状況は芳しくありません。
しかし、もともと猿村は身軽で体術に長け、“如意棒”という棒を操る戦闘民族ですので、おいそれと鬼にやられもしないのです。
猿は如意棒を片手に、急いで村の入り口に向かいました。
その道すがら、戦さ場の様子を伺うと、最前列で、陣羽織をはおり、刀を振るう影を見つけます。
『んっ…?…あれは…?、…人間…??』
不思議に思いながらも猿は、戦さ場に急ぐのでした。
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戦さ場に着くと、やはり最前線で戦っていたのは、歳の頃は猿と同じ程の人間の侍でした。
猿は戦っている侍の背中に付くと、こう聞くのでした。
『オイラは猿っ!!お主は何者ぞっ??』
すると人間は、背中越しにでもはっきりと分かる、透き通る様な大きな声でこう答えました。
『我が名は桃太郎っ!!鬼の暴挙を止める為、世界を旅しているっ!!旅の途中で不穏な鬼の軍団を見つけて馳せ参じたっ!!!助太刀いたすっ!!!!』
そうです、この人間こそが“桃太郎”だったです。
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猿、桃太郎、猿村の若衆はとにかく必死に戦いました。
何名かの犠牲は払いましたが、皆の頑張りもあり、戦況は徐々に好転し、鬼の勢いは次第に無くなっていきました。
そしてついに、黄鬼軍を撤退させることに成功したのです。
皆が安堵の表情で喜び合っていたところに、ボスザルが姿を現します。
「猿っ!村の皆っ!!本当にご苦労であった!!!そして、旅のお方、本当にありがとう。」
『いえ、私は当然のことをしたまでです。猿が助けに来てくれて、なんとか追い払うことができました。礼を言うのはこちらの方です。』
桃太郎は深々と頭を下げました。その後ろから猿が飛び出して来てこう言います、
『親父っ!!オイラの活躍見ていてくれたかっ?!オイラがいれば鬼の百や二百っ!恐るに足りずっ!!』
「猿っ!またいつ鬼共が攻めてくるやも分からぬ…。これからはより一層気を引き締めていかねばならぬぞっ。」
『親父は本当に昔から心配性なんだからっ!大丈夫だってっ!!!』
猿村に、歓喜がこだまし、誰もが安堵の表情をしていたまさにその時…
突然、村中にボスザルの咆哮がこだましましたっ!!
「…!?!?皆のものぉーーー!!伏せろぉぉーーーぉー!!」
物凄い速さで風を切る音と共に、北の空から何かが猿村に向かって、勢いよく降り注いで来たのです。
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……。
…衝撃であたりには砂埃が舞い上がり皆の視界を奪っていました。
『…大丈夫か?桃太郎…??』
『…なっ…なんとか…。』
猿は側にいる桃太郎に声をかけ、桃太郎の無事を確認しました。
『…なっ…何だったんだ…今のは…。。。』
猿は困惑し、狼狽しました。そんな中、周囲から血の匂いがすることに気がつきます。
徐々に砂煙があけてくると、猿は驚愕の光景を目の当たりにします…。
先程まで歓喜に沸いていた村は一瞬にして、数々の骸が転がる地獄絵図と化していたのです…。
そして…、
猿と桃太郎の前で仁王立ちし、全身に五寸程(10cm)の穴が無数にあいたボスザルの姿を見つけるのでした。
『親父ーーーっ!!?!』
猿はボスザルを抱き抱えました。
「…おっ…おぉ…。さっ猿よ…、怪我はないか…。。。わっ…、ワシはもう…。こっ…、これからは…、お前がこの村を守っていくんだ…。立派にこのワシの意思を…、う…、受け継いでくれ…。。。…猿っ…これを…。」
『…こっ、これは……?』
「…これは…代々この猿村の長になるもの…、だけが持つことを許される如意棒じゃ…。…これを…お前に授ける…。」
『…冗談はよせよ…、…これは親父のものじゃないか…。…まだまだこの猿村のボスザルは親父だろうが…。』
「…猿…、母がいなくて…寂しい思いをさせて…悪かったな…。お…お前はやればできる子だ…、ワシと…、あいつの…息子なのだから…。」
『…親父…?…親父ぃーー!!親父ぃぃーーーーーーー!!!!』
そう言い残し、ボスザルは息を引き取りました…。
その時猿は…
遥か向こうの山の上で…
冷たい笑みを浮かべ、こちらを見つめている鬼を見つけました…。
先程までの鬼とは明らかに違う…
禍々しい気配をまとった黄色い鬼を…。
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猿と桃太郎は、生き残った村の者と協力して、ボスザルと戦死した若衆たちを埋葬しました。
そして猿は、村の者を目の前にして静かに語り始めるのでした…。
『みんな聞いてくれ…。今回…、オイラが…、オイラが普段からもっとしっかりしていれば、ここまでのことにはならなかったし、何よりも鬼が攻めてきた時に、オイラの言うことをみんなが信じられなくて準備が遅れたのも、普段のオイラの行動が全ての原因だと思ってる…。本当にすまねぇ…。これからは親父の意思を継いで、オイラがこの村を建て直して見せる…。』
誰もが神妙な面持ちで猿の言葉に聞き入っています。
『…でもっ!でも…みんなっ!!オイラにはその前にっ!…どうしてもっ、どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだっ!あいつが生きている限り、この村はずっと仕返しに怯えて生活しなければいけないっ!!…何よりもっ!…村をこんな風にした鬼を…、親父を殺したあの黄色い鬼を…、オイラはどうしても許せねぇ!!…オイラを、オイラを鬼退治に行かせてくれっ!!』
村の者は一様に戸惑いを見せました。
…その時、
皆の前に出てきたものがおりました。
それは、ボスザルを長年支えてきた側近です。
「猿様…、私は長年ボスザル様に使えて、猿様が生まれた時からお世話させていただきましたが、初めて猿様ご自身の意思で、心の底から覚悟を持った言葉を聞けて、私はいたく感動いたしました。今、村は始まって以来の困難に直面しています。猿様が必要な事も確かですが、私は猿様のご意志を尊重いたしますっ!!どうだみんなっ??」
あたりを包む静寂…
…
…ぱち…ぱち…
…ぱちぱち…ぱちぱちぱちぱち…
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!!!
「猿様ーー!!」「よく言ってくださった!!!」「私たちは猿様を信じているぞーーー!!!」
猿の覚悟を感じた村の者は、一様に歓喜に沸き上がったのでした。
『みっ…、みんな…?!?…桃太郎っ!!オイラを…オイラを鬼退治に一緒に行かせてもらえねぇかっ?!?!!』
『猿が来てくれたらこんなに心強いことはないっ!!もちろんいいに決まっているさっ!!!』
桃太郎は、真っ直ぐな瞳で猿を見つめてそう言ったのでした。
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猿はすぐに支度を整え、ボスザルから受け継いだ如意棒を手に、生まれて初めて猿村の外に出ることとなり、旅立ちの時は、村総出で見送られました。
村人たちの声援を背に受けながら桃太郎は、
『…猿、これから一緒に頑張っていこうっ!!そうだっ!色々あって腹が減っているだろう…。…これ。』
そう言うと、おもむろにきびだんごを猿に渡しました。
『これはおじいさんとおばあさんが作ってくれた、きびだんごだっ!ほっぺたが落ちる程美味いし、これを食べれば元気百倍だぞっ!!』
猿がきびだんごを食べると、何だか心の奥から勇気が湧いてくる気がします。
『桃太郎っ!これは美味いっ!!日本一のきびだんごだなっ!!!よーしっ!なんか元気が湧いてきたぞぉーー!!オイラこれからはうんと頑張っていくからなっ!桃太郎っ!これからもよろしくっ!!』
猿は、空を見上げて心の中で誓うのでした。
『…親父、…おふくろ…。天国で見ていてくれ…。オイラの…、オイラの“断固たる決意”ってやつをっ!!!』
かくして猿は、ボスザルの無念と猿村を救う為、桃太郎と共に、長く険しい鬼退治の旅に出かけていくのでした。