【連載小説】新説 桃太郎物語〜第七章 (毎週月曜日更新)
圧倒的な力を持つ鬼を討つべく
“自らの成長”
を胸に、四人はそれぞれの地へ旅立っていきました。
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猿は、世界の七不思議の一つにも数えられる、実在するかも定かではない“忍者の郷”を目指しました。
東南の人里離れた山奥を一ヶ月間彷徨い続けて、とうとう見つける事ができたのでした。
小さな子供から、老人まで、男女関係なく全てが忍者というこの郷で、当初猿は、村人の姿すら見えず、子供にまでやられてしまい、門前払いを受けましたが、決して諦めない姿勢と、人懐っこさを見た村人たちは、徐々に猿を受け入れて行きました。
村人に認められた猿でしたが、村の奥にあり、精鋭のみが入ることを許されている“忍者の長”の敷地内に入ることは、決して許されませんでした。
その敷地の入り口には、それはそれは大きな城壁があり、開閉する取手がついておりません。この城壁は、村の忍者も飛び越えられないほど高く、この城壁を飛び越えられたもののみが、忍者の長、直属の部隊に入れるという、城壁自体が試験というべき代物なのです。
猿はその日から、毎日毎日その城壁を飛び越えようと、何度も挑戦しましたがうまくいきません。
猿がこの村に来てから、すでに半年の月日が経過しようとしていました。このままでは皆との約束の一年に間に合わないと焦る猿でしたが、村人たちのことをよくよく観察してみると、ある事に気がつきました。
それは、目を凝らしてよく見ないとわからないのですが、村人たちの歩き方や体の使い方が、普通のそれとは明らかに異なるということでした。猿はとにかく村人を観察し、何度も何度も繰り返し練習しました。
三ヶ月が過ぎようとしたあるとき、久しぶりに城壁に挑戦しようとやってきた猿は、呼吸を整え飛び上がりました。
『…へぇっ??!?!?!』
猿は気がつくと、その城壁を軽く飛び越え、今まで見た事がないくらい高く舞い上がっていました。
そしてそのまま屋敷に向かいましたが、その道すがらも罠や術の雨霰。全然前に進めません。
『…ちっくしょー!?!こうなったらっ!意地でも長に会ってやるっ!!!』
猿はその後、諦めることなく、一日一日少しずつですが屋敷に近づいていきました。
屋敷についてからも、やはりすんなり入れる訳もなく、からくり屋敷に相当手を焼くのでした。
そして、さらに二ヶ月が過ぎた頃、やっとの思いで忍者の長の部屋にたどり着く事ができました。
…そこにいたのは、小柄な少年のような人物でした。
“服部半蔵”
伊賀流忍者の長で、時代の変革のときには、必ずと言っていいほど“その影に服部半蔵あり”とうたわれる。決して表舞台には出てこないが、その噂は何百年も前から絶えず何処かから聞こえ、本当の姿を見たものは誰もおらず、謎が謎を呼ぶ伝説の忍者。今の姿も、本当の姿かどうかは定かではない…。
「ずっと見ておったぞ!この村のもの以外でここまでこれた奴は初めてじゃ!猿っ!!お前の望みはなんじゃ?!?」
服部半蔵は猿に問いました。
『オイラは今父親の仇を打つために、猿村を守るために、鬼退治に向かっている。でも…、鬼の本当の力を目の当たりにして…。オイラがもたもたしてたから…、仲間との約束はあと二ヶ月しか残っちゃいねぇ…。時間がねぇんだっ!!今すぐオイラを鍛え直してくれっ!!!』
猿がここまでくるのにすでに十ヶ月が経っていました。
それを聞いた服部半蔵は不敵な笑いを浮かべ、人差し指を立てました。
『…?!?!?』
ガキーーーン!!!
その瞬間、いきなり猿目掛けて、四方から忍者が斬りかかりました。猿はそれを察知し受け止めると激怒し、こういいました。
『いきなり何しやがんでぇーー!!?!?』
服部半蔵は悪びれる様子もなく、涼しい顔をして答えるのでした。
「…猿。今の攻撃、よく受け止める事ができたのう…。はて…。この村に来たときは、子供の動きも見切れなかったお前が、…なんでじゃろうなぁ…??!」
『っ?!?!??』
「やっと気がついたかっ??村人たちとの生活も、あの高い城壁も、この屋敷に来るまでも、屋敷の中のからくりも…。今までの試練それぞれがそれぞれ、忍者の体術を得るための修行だったと言うわけじゃ!!裏を返せば、忍者の体術ができなければ、ここにはたどり着けないっ!!お主は気がつかない間に忍者の体術を会得していたと言う事じゃよっ!!!」
『まっ…まじかよ…?!?!?』
「だが猿…、お前はまだ基本を覚えたに過ぎない…。お前が仲間と合流するまでのあと二ヶ月間…、さらに上級の試練になるが、お主に絶えられるかっ????」
それを聞いた猿は、決意を込めてこう返しました。
『あったりめぇだっ!?!オイラにはやらなきゃいけない“理由”と、待っている“仲間”がいるんだっ!!?!絶対自分のものにしてみせるぜっ!!!』
こうして猿は、服部半蔵のもとで血反吐吐く程の厳しい修行に挑む事になったのでした。
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犬は必死で後を追いかけていました。
ここは遥か北の渓谷。切り立った崖沿いを、二体の者が物凄いスピードで駆け抜けていきます。
犬がこの地に来た理由は、“孤高の狼”と恐れられる、半人半狼の大盗賊に会うためです。
狼はその鮮やかな手口、誰も寄せ付けぬ圧倒的な威圧感で、盗賊では知らぬものがいない、まさに生きる伝説ともいえる大盗賊なのです。
犬は狼を見つけると、とにかくその後を追いかけました。今まで誰かに何かを教えてもらったことのなかった犬は、
『…とにかく盗む…。狼の一挙手一投足を…。』
そう考え、狼をただひたすら追いかけることを自らに課しました。
初めは到底追いつけなかった犬ですが、そのうち狼の動きについて行けるようになり、半年もすると狼の速さに追いつけるようになりました。すると、今まで何も語らずにいた狼が、犬に声をかけてきたのでした。
「…お前…、何者…?…目的…?」
『…俺は犬…。鬼を倒すため…、とにかく強くなりたいっ!』
すると狼は答えました。
「…犬…?…お前…強くなるかは知らない…。お前の速さ魅力…。…今までついてこれたやついない…。…俺を手伝え…。」
『…っ?!??』
犬は心の底から驚きました。なぜなら、半人半狼は繁殖以外では、同種族でも滅多に群れる事がないというほど警戒心が強い種族です。その中でも孤高の狼は特にその気が強く、今まで誰かと群れているということを聞いたこともなかったからです。
『…ついていっていいのかっ??』
「…ついてこれるなら…。…ぐずぐずするな…。」
そう言うと狼は走り出しました。
『…俺は、どんな手を使っても絶対全てを盗んでやる…!そして…強くなって皆の元に帰るんだっ!!』
こうして犬は、孤高の狼と行動を共にし、全てを盗むことを決意したのでした。
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雉は一人、遥か南の森林にある、半人半鳥の国に来ていました。
緑豊かで一年中暖かい、この国は、代々女性が治めるという決まりがあり、これは世界でも類を見ない珍しい統治の仕方で、今の女王になってからは、国はさらに豊かになり、まさにこの世の理想郷とでもいうべき場所なのでした。
雉はそんな半人半鳥の女王に謁見し、こう懇願したのでした。
『女王様…。私の国は、鬼の呪いによって国民全員を石に変えられました…。国王でもある父上は猫の姿に変えられて、私も半人半鳥になりました…。私は皆の呪いを解くために、鬼退治をしなければなりません…。ただ…、今の私では…、鬼の足元にも及びません…。鬼に対抗するために、私はどうしたら良いのでしょうか…?』
女王は優しく微笑みながらこう言うのでした。
「あなたはまだ、姿形が半人半鳥なだけのただの人間です…。半人半鳥の“鳥”の部分はほとんど生かされていない…。まずは…、鳥の呼吸を知る事です…。人間は空気を吸う事によって肺に酸素を取り込み、息を吐く事で、不要になった二酸化炭素を外に出し呼吸をしていますが、鳥の肺には気嚢と言う袋が九つあり、それが膨らみ縮む事で酸素と二酸化炭素を交換していますので、吸った時も吐いた時も酸素を体に取り入れる事ができます…。そのため、空気の薄い上空でも呼吸ができるのです。…簡単に言えば、鳥は人間の九倍の肺をもち、二倍の効率で酸素を取り入れます。どちらが疲労が溜たまりづらく、いかに効率的かは一目瞭然ですね…。」
『…すごい…。』
「今のはほんの一例に過ぎません…。人間では真似できない、鳥の能力はまだまだ沢山あります…。私たち半人半動は、世間では、人間にも動物にもなれない“半端者”と言われることもあります…。しかし見方を変えれば、人間の知能や判断力、想像力や創意工夫、動物の身体能力や特殊能力…どちらも兼ね備えているのは、他ならぬ、私たちだけと言う事になりますよね…。雉…、あなたは私たちとも違う、純粋な人間が半人半鳥になっています…。それは、努力次第で私たちを超えるほどの力を発揮する可能性を秘めています…。」
女王はさらに続けます。
「雉…、あなたにはこれから鳥の全てを感じていただきます…。人間のあなたには少々辛いことを課していきますが、絶えられますか??」
雉は決心したように女王を見据えてこういいました。
『女王様…。私にはそれに耐えなくてはいけない“責任”と、私の成長を信じて疑わない“仲間”がいます…。絶対に自分のものにしてみせますっ!?!?』
こうして雉は、半人半鳥の女王のもとで鳥の能力を解放する為に必死で努力するのでした。
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桃太郎は遥か東の島に向かい、苦労の末“伝説の剣豪”と謳われる人物を見つけることに成功しました。
…その名は…
“宮本武蔵”
乱世の時代に現れた剣術家で、世にも珍しい、二刀を用いる二天一流兵法の開祖。生涯剣の戦いにおいて無敗を貫き、様々な逸話の残る、まさに伝説の剣豪に恥ぬ猛将。
今は隠居し、人里離れた、ここ遥か東の島“巌流島”にて、人との関わりを断絶し、静かに自給自足の生活を送っている。
桃太郎は宮本武蔵に剣の手ほどきを懇願しましたが、宮本武蔵は頑なに首を縦に振ることを拒みました。
「ワシは今まで…数々の人間を斬ってきた…。剣で人を幸せにすることはできない…。ワシの手は…、血で染まっておる…。ワシはもう二度と…、剣は抜かんと決めたのじゃ…。そんなワシに…、どうして弟子などとる事ができようか…。この老体を…そっとしておいてはくれまいか…。」
それでも桃太郎は諦めずに、自分の生い立ち、これまでの旅の経緯、そして何よりも“なぜ自分が強くなりたいのか”という理由を、懇々と説明しました。
『今、世界は鬼によって滅亡の危機に瀕しています…。しかし…先の戦いで自分の無力さを思い知らされました…。圧倒的に力不足なのです…。私の望みは…、皆が命の危険を感じない世の中にすることですっ!…旅を続けていく中で、正直…人間や半人半動の中でも、多少のいざこざはありました…。でも今鬼がやっていることは…、恐怖で世界を支配する、“命の冒涜”に他ならないっ!!!私は鬼を退治してこの世界を本来あるべき姿に戻したいのですっ!!』
…
「…ワシの若い頃と同じ目をしておる…。…ただひたすらに鍛錬し…、いつか剣の道を極めるべく純粋に技を追い求めていたあの頃と…。…ワシは剣を極めることで、世の中を変えられると本気で思っておった…。…ただ…、強くなればなるほど讃えられ…、祭り上げられ…。いつしか私利私欲にまみれていった…。…そして…ワシが遊廓で豪遊しているときに…、嫉妬にかられた人間共に…、妻と子供を殺された…。ワシは…人間を忌み嫌うことで納得させていたが…、本当は初めから気がついていたんじゃ…。二人が殺された原因は…、ワシの傲慢さが招いた事だということに…。…この若者ならできるやもしれぬ…。ワシが夢見た…“剣で世の中を変える”事が…。」
宮本武蔵は昔の自分を重ねていました。
「…ワシの修行は厳しいぞ…。下手したら命を落とすやもしれん…。それでもやりたいと申すか…?」
『もちろんですっ!!私には絶対に譲れない“大義”と、私を待っている“仲間”がいますからっ!!!』
こうして桃太郎は、宮本武蔵のもとでそれはそれは厳しい鍛錬を積む事になったのでした。