障害者の助けになろうと思った|児童指導員 竹下由紀子さん 3
── ところで竹下さんがこの業界に入ったきっかけはなんですか?
竹下:もともとは工場でパートの仕事をしていたんです。あるとき障害雇用で入ってきた若い男の子に対して、会社の上司が「お前こんなこともできないのか」とか言って、足し算のプリントをやらせたりとか、バカにしているところを見ちゃったんです。
分からないながらにも「それは良くないと思います」って止めに入ったら、「いや、こいつはミスが多いんだ」って。でも障害者枠できているわけだからしょうがない、もっと別のやり方があるんじゃないですか?って言ってたら、今度は火の粉がこっちに飛んできちゃったんですよ。急に自己啓発のプリントかなんか持ってきて「これやってみなよ、自分のことがわかるよ」とか言って。さすがにもう気が滅入ってしまって。
2人子どもがいるんですけど、当時はシングルでもうパートではやりきれないなって考えていた時期でもあったので、結局その会社は辞めました。その後は老人介護に行こうと思ってたんですけど、あの時の男の子のことが頭にあったので、じゃあ障害者の助けになろうと思ってこっち業界に転職しました。
── まったく違う世界に入ったんですね。色々とご苦労されたんじゃないですか?
竹下:最初は成人(の障害)に行こうと思っていたんです。ただ無知だったので、求人広告に載っていた「車の免許があればOK」という条件の会社に入ってしまって(笑)。
そこで初めて担当したのが高校生の女の子だったんですが、他ではどこも引き受けてくれないというかなりの問題児で。とにかく暴れるんです。体は私よりも大きかったし、殴られるとか蹴られるとか当たり前。トイレは破壊するは、他の子を蹴散らして暴れるわ。自分でもどうしたら良いかわからなかったんですね。
そんな暴れている状況の中に抑えに入って「だめだよ」って。その子は何かあっても私が助けてくれるっていうことがわかっているので、「大丈夫、先生がいるから大丈夫」って。そう言ってくれた時は嬉しかったですね。
── 実はとても信頼していたってことですね。
竹下:そうですね。散々悪口は言われましたけどね(笑)。でも一番ひどいときに常に一緒にいるのは私だったんで。あの子のことは一生忘れないです。
── ご自身はこの業界に向いてると思いますか?
竹下:実は何度か辞めようと思ったことはあります。子供に「お母さん辞めようと思ってる」と言ったら、息子たちに「いや俺等はいいけど、いなくなったらあの子達はどうするの?」って言われて。実はうち長男もグレーなんですよ。なかなかコミュニケーションが難しいところがあって。その子に「お母さんいなくなったら誰があの子たちを助けるの?」って言われて。そこで気持ちを立て直しました。
── そんなことを言えるって、ちょっとお子さんすごくないですか?
竹下:(笑)。辞めようと思ったきっかけも実は子供なんです。その頃はまだ小さかった次男が私の職場に来て「いいなあここ。一日お母さんといられるし、ご飯もおやつも食べれて」って言うんです。淋しい思いをしてるのかなと思って、じゃあ一切辞めようかと思ったら長男が「いやいや、辞めたらどうすんの」って(笑)。
── それは辞められないですね(笑)。いまはご次男も理解しているんですか?
竹下:次男の場合は、たまたまなんですけど送迎時に利用者の男の子がトイレ行きたいと言い出したことがあって。そのときは自宅が近かったので自宅のトイレに寄ったんです。自閉症の子だったので家中駆けずり回って大変なことになっちゃって。家にいた次男に「ちょっと捕まえて」とお願いしたんです。
無事に捕まえて車に戻るとき、その子はもちろん一人で車に乗ることはできないので、次男に「一緒に乗ってあげて」って言ったんです。でも次男は自分より年下の子と関わったことがないから、どうしたら良いのかわからなくて困っていたら、男の子の方から手を繋いできたんです。そのときに「ぼくが守んなきゃいけないんだ」って思ったらしくて。
そこからですね。スーパーなんかでも多動の子や叫んじゃう子がいると、「あの子そうなの?」って聞いてくるから「多分そうだよ」って言うと「そっか」って言って。別に声をかけたりとかではないんですけど、なんとなく見守っていたり…というのが次男ですね。
── そういう子を支援しているのがお母さんの仕事だっていうことは理解しているんですね。
竹下:理解してます。
── そのお話を聞いていて思うのは、健常と障害と分けないで一緒にいる環境の方が自然ですね。やさしさとか思いやりがうまれるというか。
竹下:それがインクルーシブですよね。保育園も幼稚園も「この子は」といって除外してしまう傾向が強く出ていて、本来であれば「みんなで助けてあげよう」が正解だと思うんですけど。結局こういう子達を除外する、そうすると子供たちも「ああ、あの子だからダメなんだ」みたいに、変に理解しちゃうということが結構多いんですね。
── そのあたりは、まわりの大人も工夫が必要ですね。
竹下:特別支援向けの遊具や補助具だって、グレーゾーンの子供だけじゃなく健常の子が使っても良いと思うんです。「ゆらゆらスツール」だって遊び道具のひとつとして普通の子が座っても良いじゃないですか。いまはこの子の時間だよ、っていう感じでみんなで使えば良いと思うんですけど。保育所を訪問していると、やっぱりその子だけ特別扱いという状況が多いです。
── 我々もそのあたりの発信はもう少し工夫していかないといけません。
竹下:グレーの子のためだけに作ったんじゃないよ、っていうことがもっと広まっていくと良いと思うんですけどね。
── まわりの人も理解して、一緒に生きていける世の中ということですね。
竹下:以前、利用者さんと一緒に買い物をしたときレジで100円玉を落としちゃったんです。そのときレジのひとが舌打ちをしてすごい嫌な顔をされたんです。だからってこっちも「チッ」てやってはいけないと思ったので、利用者さんは高校生の男の子だったんですけど、「ありがとうございましたって言うんだよ」って言って。
当時から、普通の保育園の児童よりもうちに来ている障害児のほうがちゃんと挨拶をしてたんです。すれ違いざまに「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」って。でも普通のお母さんや子供達は挨拶しないんです。どっちがどっちなのっていう話じゃないですか(笑)。
だから私はその当時から決めているんですけど、何ができるとかできないということがあっても、挨拶をして笑顔でいることで、この子達が生きていけるんだったら、ある意味それで十分じゃないかって思ってるんです。
── いや、まったく正しいですね。
竹下:愛されキャラの子っているんですよ、障害児のなかでも。色んな子に好かれるし大人にも好かれる。やっぱりそこには笑顔があるんですよね。この子達も最初は笑顔がない。それって家庭で笑ってないから。だからお母さまの心の余裕っていう所から一緒にやっていきたいんです。
── では最後に、竹下さんが描く理想の社会をお聞かせいただけますか?
竹下:理想の社会…そうですね、実は次男がいじめられてた時期があったんです。だから次男は弱者の気持ちが分かるし、こういう子に対しての理解も深い。イジメが良いとはまったく思わないけれど、弱者の気持ちを理解できる人が増えて、こういう子達が社会に出ても生きていける世の中になってほしいなっていうのが、私の理想の社会です。
── 今日は長い時間ありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?