H.Fujita

デザイナー、造形と幼児の教育に関わる人、大学教員。 東京学芸大学大学院連合学校教育学研…

H.Fujita

デザイナー、造形と幼児の教育に関わる人、大学教員。 東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了、教育学博士。 専門は芸術教育と幼児教育、イタリアの創造的教育、ブルーノ・ムナーリなど。

最近の記事

1981年:子どもの表現に向けられた、日本とイタリアの二つのまなざしについて(『児童画のロゴス』感想)

たまたま本屋さんで目にとまって手に取った児童画についての研究書から、多くの共感する部分を発見しました。 著者は幼児と児童の描画について、その表現要素を丁寧に拾い上げながら子どもの発達と表現の変化について、それぞれの意味を考察しています。 特に本の後半に述べられている、子どもの表現発達に対する大人の姿勢についての主張には「まさに然り」と感じるものがありました。 p.119 おとなが子供の描画のためになすべきことは、画を描くための機会をつくってやること、どんなにおとなの目に奇

    • 『子どものためにデザインすること』:オープンなデザインとは

      2024年春、調査のために訪れたミラノの書店で偶然見つけて購入した小さな本が手元にあります。『子どものためにデザインすること(Progettare per i bambini)』というタイトルに惹かれて手に取っただけなのですが、帰国後その内容から多くの刺激を得ました。 内容のほとんどは、デザイナーや教育者などによる短い複数の対談ですが(一つ一つの章が短いのも読みやすくて助かりました)、これまで知る機会のなかった芸術家やデザイナーの活動、あるいは創造的な教育ワークショップにつ

      • 子どものケガと成長を見守る心

        2024年2月に調査で訪れたミラノの子どもミュージアムMUBAで、ミラノ・ビコッカ大学教育学部のモニカ・グエラ教授の出版講演会を聞く機会がありました。グエラ先生は「Bambini(バンビーニ:子どもたち)」という幼児教育の雑誌監修にもかかわっているようです。 SNSを通じてグエラ先生が「Bambini」に発表したとおぼしきコラムを発見しました。保育に関わる人間、あるいは子どもの成長を見守る大人が等しく抱えるジレンマをわかりやすく言語化している、と感じましたので、紹介してみま

        • イタリア人の見た日本社会

          イタリアと日本の(幼児)教育を比較研究しながら、いつも心がけていることの一つは「比較対象を理想化しすぎない」という意識です。他者から学ぶことが多くある、ということと、他者が自分より優れていると思い込むことは違うはずだからです。 逆にイタリアの資料に見る日本の教育や社会に対する視点から、時に多く学ぶこともあれば時に面はゆく感じることもあります。 1985年、東京青山のこどもの城開館記念事業として開催された展覧会とワークショップに来日した芸術家ブルーノ・ムナーリは帰国後『東京の

        1981年:子どもの表現に向けられた、日本とイタリアの二つのまなざしについて(『児童画のロゴス』感想)

          ケリ・スミスに挑戦してみる

          2024年2月にイタリアへ研究調査に赴いたとき、ミラノの書店で面白そうな本を見つけました。『子どもたちのためにデザインする(Progettare per i bambini)』というタイトルの小さな本でした。 Progettare per i bambini Dialoghi tra design ed educazione A cura di Giorgio Camuffo e Gerda Videsott 2023, Lazy Dog Press イタリアの教育者やクリ

          ケリ・スミスに挑戦してみる

          表現の可能性の教育:ブルーノ・ムナーリのメソッドが求めてくる課題

          ブルーノ・ムナーリのワークショップ・メソッドの面白さと難しさとは何か、ムナーリのプログラムをとりあげながら、すこし考えてみたいと思います。  ムナーリのワークショップのプログラムの一つに、「segni:サイン」と呼ばれるプログラムがあります。  イタリアの「ブルーノ・ムナーリ協会」のシルヴァーナ・スペラーティさんが来日して子どものワークショップをおこなったドキュメンタリー番組(2016)でも、このプログラムが実践されていました。 「サイン」を直訳すると「記号」ですが、このワ

          表現の可能性の教育:ブルーノ・ムナーリのメソッドが求めてくる課題

          イタリアの人形劇:反権力の伝統から子どもの教育理念へ

          2023年のレッジョ・エミリアでの教育調査をきっかけに、イタリアの人形劇文化に触れ、付け焼き刃ではありますが幾つかの資料を漁ってみました。 19世紀半ばまでのイタリアは各地が異なる権力に支配され、統一イタリア王国が生まれたのは1961年、日本で徳川幕府から天皇への大政奉還(1867)がおこなわれる数年前のことです。 イタリアが近代国家となる大きなきっかけとなったのは、皇帝ナポレオンによる北イタリアの統一とその後のオーストリア帝国による支配ですが、そもそもイタリアの人形劇は旅芸

          イタリアの人形劇:反権力の伝統から子どもの教育理念へ

          レオ・レオーニとブルーノ・ムナーリ

          絵本『スイミー』などの作者として知られるレオ・レオーニは、青年期と晩年をイタリアで過ごしています。わたしが関心を持って追いかけているイタリアの芸術家ブルーノ・ムナーリとも深い関わりのある人物です。 レオーニについては日本語で詳しく知ることのできる『だれも知らないレオ・レオーニ』という良書がありますが、ローマの美術館が展覧会の際にまとめた資料を見つけて、あらためてレオーニとムナーリの関係について、私なりにすこし考えてみました。 Leo Lionni Palazzo di Es

          レオ・レオーニとブルーノ・ムナーリ

          イタリアの人形劇と民主主義と幼児教育の不思議な関係

          2023年末、研究調査のためにイタリアのレッジョ・エミリアを訪れました。 あわただしく調査を終えて帰国の途につく当日、ぽっかり空いた時間に市内の美術館で「マリオネットとアヴァンギャルド」と題した展覧会を訪れたところ、大変内容の深い、面白い展示を見ることができました。 展覧会の概要についてはHPの解説をざっくりと訳して紹介します: MARIONETTE E AVANGUARDIA Palazzo Magnani, Reggio Emilia, 17 Nov 2023 - 1

          イタリアの人形劇と民主主義と幼児教育の不思議な関係

          カルヴィーノ、ロダーリ、ムナーリ

          2023年は現代イタリアの生んだ偉大な作家の一人、イタロ・カルヴィーノの生誕100周年にあたるそうです。カルヴィーノの作品は、今日、日本でも広く愛されていると言って良いでしょう。 ヴェネチアの児童文学研究者がウェブ上のオウンメディアに興味深い論考を発表しているのを見つけたので、意訳を交えながら日本語にしてみました。 ロベルタ・ファヴィア、「カルヴィーノ、ロダーリとムナーリ」 『テステ・フィオリーテ』2020年4月1日公開  文学研究者としての私の人生は、そして何よりも文学

          カルヴィーノ、ロダーリ、ムナーリ

          ブルーノ・チアリの新しい教育技術とICTを考える

           レッジョ・エミリアの幼児教育を調べていくうちに、レッジョの教育改革を牽引したローリス・マラグッツィに影響を与えたブルーノ・チアリという教育者の存在を知りました。  これまでにも断片的にチアリと彼が関わっていたイタリアの教育協力運動(MCE)について覚書を書いてきましたが、チアリについて日本語で読める資料が少なく、このところ拙いなりにチアリが1962年に出版した『新しい教育技術(Le nuove tecniche didattiche)』に直接あたってみることで彼の教育の特徴

          ブルーノ・チアリの新しい教育技術とICTを考える

          ブルーノ・チアリと学校という共同体

          …チアリの著書『新しい教育技術』を半分くらいまで読み進んできました。 あたりまえかもしれませんが、その思想と手法は、すでに紹介したマリオ・ローディの『わたしたちの小さな世界の問題』で描かれた内容とよく似ていると思います。 チアリとローディはともに教育協力運動の中心人物でしたが、47歳の若さで世を去ったチアリに対し、ローディは92歳で天寿を全うしたようです。 なおローディは自分の著書を日本に紹介した田辺敬子さんや、イタリアの芸術家であり教育者であったブルーノ・ムナーリとも親交を

          ブルーノ・チアリと学校という共同体

          戦後イタリアの教育改革運動:ブルーノ・チアリの教育論と実践

          レッジョ・エミリアの幼児教育について、レッジョの自治体立幼児教育施設群を運営する、いってみればレッジョの幼児教育のまとめ役のような法人組織、レッジョ・チルドレンの資料(主にイタリア語、SCUOLE E NIDI D’INFANZIA DEL COMUNE DI REGGIO EMILIA, NOTE STORICHE E INFORMAZIONI GENERALIなど)を漁っていくと、レッジョの教育に「ブルーノ・チアリ」(Bruno Ciari:以下チアリ)という人物が影響を

          戦後イタリアの教育改革運動:ブルーノ・チアリの教育論と実践

          ローリス・マラグッツィ国際センターのこと

          先日「レッジョに見学に行きたいと思っています」という方からご相談を受ける機会がありました。私もレッジョ・エミリア(レッジョ)の街を訪れたのは一度きりの「ニワカ」なので、お伝えできることと言ったら自分が訪問したときの様子だけなのですが、この機会に振り返って整理してみようと思います。 レッジョを訪れたのは世界中に新型コロナウイルスが蔓延するパンデミックのすこし前、2019年6月のことです。 レッジョの幼児教育のことは、うっすらと1990年代に日本の研究者の方に教えて頂き、200

          ローリス・マラグッツィ国際センターのこと

          ローリス・マラグッツィの幼児教育改革の包括性

          レッジョ・エミリアの幼児教育改革をリードしたローリス・マラグッツィは生前に自らまとめた著作を残していませんが、彼の没後にレッジョの教育関係者とイギリスの教育学者ピーター・モスによってマラグッツィの言葉をまとめた『Loris Malaguzzi and the Schools of Reggio Emilia: A selection of his writings and speeches, 1945-1993』がイギリスのRouteledge社から刊行されています。この本の

          ローリス・マラグッツィの幼児教育改革の包括性

          レッジョ・エミリアの幼児教育の背景:「ライカ」とは何を意味するのか

          「よりよい教育とは何か」という問いは常に大切なものですが、ともすると私たちは遠くの世界に私たちの知っているものより良いものがあって、その良いものを引き寄せることで自分たちの問題が解決するのでは、と夢を見ます。 遠くの世界にはその世界なりの困りごとや問題があることにまで思い至らないままに「隣の芝生の緑を取り上げて自分たちの問題を論じる」ことには、いろいろな落とし穴が隠れているように思います。 レッジョの幼児教育の形成について、その中心的な存在だったローリス・マラグッツィの言葉

          レッジョ・エミリアの幼児教育の背景:「ライカ」とは何を意味するのか