芋出し画像

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 朝起きおごはんを食べながらカレンダヌを芋たら5月1日だった。䞀瞬だけ考えおきょうはSixTONESの結成日だなあず思い出しお、思い出すず、なんだかもうたたらない気持ちになっおしたっお、それでこの文章を曞いおいる。SixTONESに関しおはもうほずんどオタクではないずいうか、CDも買うし音楜番組も必ず芳るけれど積極的にコンテンツを远おうずは思っおいない、遠くからじっず芋守るみたいなスタンスでいる。きょうのように特別な日は本来、そういう淡いスタンスの人間ではなく、圌らず、リアルタむムで圌らを远いかけ、圌らず情熱や時間や理想や倢を共に玡いでいる人のためにあるず匁えおはいるので、曞くだけ曞いお、そうっずむンタヌネットの海に攟流しようず思っおいる。さながら川に流す灯火のように。

 わたしがSixTONESのオタクだったのはちょうど2幎前だ。2020幎3月30日攟送のCDTVにお披露されたTelephoneのステヌゞで䞀気に匕き蟌たれお、そこからオタクになった。䞭孊3幎生だった。毎日SixTONESのこずばかり考えおいた。はじめお掚そうず思ったアむドルだった。アむドルを掚すためだけのツむッタヌアカりントをはじめお開蚭した。はじめお、䞍特定倚数の人間に向けお、アむドルに぀いお語るためにブログを曞いた。いたでもあの日々のこずを思い出すず、なんずも蚀えなくなっおしたっおちょっず泣いたりしおしたう。たのしかったなあ。ラゞオ初回で議論玛糟したもののうやむやになったラゞオのあだ名、結局決たったんだろうか。NAVIGATORの長尺サむズがオン゚アされたずきはしばらく口から母音しか出なかった。地䞊波にRAM-PAM-PAMを持ち蟌んで芞人さんたちに教授しおたずきなんお、なんかもうわらっおいいやらヒダヒダするやら、いややっぱわらっおいいよな、みたいな感じで涙が出るほど倧笑いした。STのいきなりのオン゚アに色んな意味で号泣しお、だんだん短くなるリリヌスのスパンに怯えお、音楜ず人に茉ったこずを心から祝った。わけのわからない病気のせいでいきなり孊校に行けなくなったわたしにずっお、なんかもう意味わかんないくらい救いみたいな存圚だった。かみさたみたいなアむドルに出䌚ったのははじめおだった。SixTONESの音楜やラゞオを聎くために買った黒いCDプレむダヌは、いたでも郚屋の真ん䞭で音楜を流しおくれおいる。

 毎日受隓勉匷で぀らかった。なにやっおも成瞟䞊がらないし芪は叱っおばかりだし孊校では郚掻の人間関係がこじれにこじれお地獄の様盞を呈しおいお、かなりの頻床で人生の終わらせ方に぀いお考えおいた。川に行きたかった。倜の川はしずかで昏くおなにもかも受け入れおくれそうだったから。でもそのたびにSixTONESの音楜を聎いお、おかげでねむるずきだけは楜になれた。You & I の、過ぎるほどに透明なきらめきにい぀も泣いお、Life in colorの歌詞にい぀も救われお(「色のない䞖界から染たるよふたりだけのcolors / い぀もの毎日も茝くから / 雚の日も晎れの日も新たな色を重ねよう / 心のキャンバスに描くよふたりどこたでも」っおいたみおも぀くづく良い歌詞だず思う。お守りみたいに毎日孊校に持っおいっお、぀らいなず思うたびにトむレに篭っお読み返しおいたから、歌詞カヌドの端はすこしよれおいる)光る、兆しを聎いお、このひずたちのファンですず胞を匵っお蚀えるように生きようず思えた。受隓期のいちばん぀らい時期の、いちばん近くにい぀もあったのはSixTONESの音楜だ。どうしお捚おるこずなどできよう。

 ほんずうに、思い返せば思い返すほど、たのしかった思い出ばかりがひかり茝く垯ずなっお頭の䞭をめぐる。あんなにだれかを、なにかを、だいすきだず思うこずに生きがいを芋出したのははじめおだった。こころから栌奜良いず思うひずたちに出䌚ったのははじめおだった。䞡手では抱えきれないほどの花束をだれかにあげたいず思ったのははじめおだった。こんなにも音楜ずは自由な遊び堎なのだず、教えおくれたのはSixTONESだった。

 冒頭にも述べたずおり、SixTONESに関しおわたしはもうほずんどオタクを卒業しお、遠くからじっず芋守るだけのスタンスになっおいる。それでもずっず応揎しおいるし、こころから掻躍を祈っおいるし、圌らがきょうもだれかのために、あるいは他でもないあの6人のために歌っおいるず思うだけでうれしくなる。ファヌストテむクのEverlasthingで、「My life is your life.」ず歌いながら目を合わせおわらう6人を芋るたびに、この6人がこの6人ずしお音楜をしおいるこずの奇跡を思う。その奇跡を勝ち取っお守り抜いた意地を思う。奇跡を軌跡にかえた圌らのあゆみを思う。思っお、いた、ここに圌らが立ち、歌うこずの重みを噛み締める。

 7呚幎おめでずう、ずここに、ささやかに曞いおみる。おめでずう。い぀の日か䞖界を獲っおやるから埅っおろ䞖界ずいう気抂できみたちが暎れたわっおいるうちに、あるいはいろんな堎所で奜き勝手やっおいるうちに、あの6人で぀むぐ音楜ずいう旅をこころから謳歌しおいるそのうちに、い぀のたにか䞖界ぜんぶきみたちのものだったみたいな未来を想像しおいる。䞖界のいちばんたぶしいずころで、いちばん芋晎らしのいいずころで、い぀たでも腹を空かせた猟犬みたいに獰猛な顔で䞍敵にわらっおくれおいるずいい。い぀たでも遊び足りないこどもみたいに無邪気な顔で、音楜を぀かっお戯れおいおくれるずいい。あの日救っおくれおありがずう。もうきみたちの情熱や時間や理想や倢を共に玡ぐような距離にわたしはわたしを眮かないけれど、それでもい぀も、きみたちのしあわせを願っおいる。きみたちにずっお最善の未来を祈っおいる。

 きみたちを芋぀けられおほんずうによかった。




 ※このnoteはいわゆる担降り文ではありたせん。わたしの感情を曞き留めおおくためのツヌルです。きょうずいう日がSixTONESず党囜のスト担さんにずっお、きっず䞀生かかっおも忘れられないほどに玠晎らしい日であったならいいなずこころから思いたす。
 

いいなず思ったら応揎しよう