「確率思考の戦略論」を数学科出身の駆け出しマーケターが考察
マーケター志望の数学科生が「確率思考の戦略論」を読んで感じたことをまとめてみます。
経営・マーケティング戦略の概要
ビジネスを伸ばすための経営資源の配分先は「Preference(好意度)」「Awareness(認知)」「Distribution(配荷)」の3つに集約されます。この中で無限の可能性を持っているものがPreferenceであり、このPreferenceが更に「ブランド・エクイティー」「価格」「製品パフォーマンス」の3つに細分化されます。
では、このPreferenceをどのように数値化するのかというと、以下の「負の二項分布の式」を使って計算します。
この式の中にMとKがありますが、この2つはパラメータです。Mは単位期間あたりの平均購入回数、Kは分布の形状を決定します。KはMにのみ依存するため、実質的にはMを増やすための工夫を考えることになります。この「Mを増やす」というのは本書において重要なキーワードになり、大きな柱になってきます。
Mの増やし方
Preferenceを決定づけるMをどう増やすのかというのが最大の焦点です。ここで、多くの企業やマーケターが陥ってしまうポイントが潜んでいます。それが「ターゲティング」や「競合との差別化」です。これらは本来Mを増やすために行われるべき要素であるのに、結果的にただMを狭めることになることも多いと述べられています。例えばUSJの例で言えば、当初USJは「映画のテーマパーク」というイメージを重要視しており、映画以外の要素を入れようとしたとき、ターゲット層の拡大やTDLとの差別化がつかなくなる等の厳しい批判が相次ぎました。しかし、結果的にはこの裾野を広げる戦略がガッチリはまりMを増やすことにつながりました。「映画だけのテーマパーク」から「世界最高のエンターテインメントを集めたテーマパーク」に変えたのです。
つまり、いま自分たちが行っている施策が本当に「Mを増やす」ことにつながっているのか、「なんとなくこうしたほうがいいから」「こうするのが鉄板だから」という理由でその施策を行っていないかという吟味を怠らないことが大切です。文面で書かれると当たり前ですが、実際多くの企業がこのことを実践できていないと著者は述べています。
実際,USJのPreferenceはどう上げたのか
1. ファミリー層からのM獲得 - 縦から横への転換
2. ハロウィーンシーズンからのM獲得 - GammaPoissonRecencyModel(ガンマポアソンリーセンシーモデル)の利用
3. 個別ブランドファンからのM獲得 - アニメやゲームのファンを取り込む
4. スリルシーカーからのM獲得 - 男性ホルモンはスリルを求めている
上から順番に簡単に説明していきます。
1.ファミリー層からのM獲得というのは、ターゲット層の裾野を横に広げるという戦略になります。「映画のテーマパーク」に拘る場合、ターゲット層は横に広げるよりも縦を強めることになりますが、多くの場合は縦より横を広げるほうが労力が少ないことが多いです。
2.ハロウィーンシーズンからのM獲得について、直近の量的データがあれば、今後の売れ行き(今回で言えば来場者数)を予測することができるGammaPoissonRecencyModelが使えます。この予測からハロウィーンシーズンに来場者数が増えることを予測し、対策を打つことができました。直近のデータから未来を予測できるGammaPoissonRecencyModelの強みと使いみちが分かります。
3. 個別ブランドファンからのM獲得というのはアニメのワンピースやゲームのモンハンなど、特定の強いファンベースを獲得するだけで、多くのMを積み上げられます。これも1と近い話ではありますが、要は大きい市場は取り込めということなのかなと思います。
4. スリルシーカーからのM獲得について、回帰分析によってテーマパークへの年齢別来場者数と男性ホルモン(テストステロン)に強い相関があることを突き止めました。ここで、男性ホルモンの代表すべき若者の来場数の天井に比べて、USJの現状にまだ伸びしろがあることに気づいたため、2013 , 2016年に新たにジェットコースターを設置することで、スリルシーカーの需要を満たすように設計しました。「この施策を打ってみてはどうだろう?」を数学的な根拠ありで提案するという点は応用できそうです。
戦略を考えるときには「感情を捨て合理的になれ」という認識が重要と述べられています。根拠がなく施策を提案していたのでは命が何個あっても足りません。概して、戦略が正しいことは成功するための必要条件であり十分条件ではないため、合理性が必ずしも成功に結びつくとは限りませんが、その可能性を極限まで高めてくれます。戦略のコツは「自分自身の時間をどこに使えば戦果が最大化するか」「自分以外の人々をどこにどう集中させれば戦果が最大化するか」を考えることです。
マーケティングが機能する会社の特徴は?
マーケターは消費者の代理人です。もし「消費者視点で製品を作る」というポリシーが会社としてあるなら、必然的にマーケタードリブンな組織であるのが最も効率よく物事が進みます。「作ったものを売る、から売れるものを作る会社へ」。マーケターは直感的・経験的な意思決定に長けているので、並列して市場調査が得意な人をつけると、その直感的な予測を科学的に検証できるので相性が良いです。ここまでできて「CX視点」「データドリブン」を両立した組織ができあがりそうですね。
全体の感想
市場構造の中で、コントロール出来る部分のみに資源を活用し実用上、どのように確率分布を使うのかが分かりやすく書かれているので実践的です。著者の体験に基づいたノウハウが紹介されているため、実例も多く飲み込みやすい印象を受けます。確率思考の戦略論ということで、数学的な要素も出てきますが、大学の確率統計の授業を半年程度受ければ、全体の8割は理解できるくらいのレベル感だと思います。数学に詳しい人だと、前半部分は厳密性に欠ける部分が気になる人もいそうです。