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ザキング 永遠の君主 22.「ついに始まった混乱」

今回の国政報告は、一年を締めくくる年末決算国政報告だったため書面で済ませることが出来なかった。
ゴンも遅れないよう宮殿へ戻らなければならず、一年分の報告が行われるとあって徹夜が予定されていた。

予定通り、ゴンは首相であるソリョンから執務室で一泊二日にわたる長い報告を受けていた。
執務室の片隅では眠気と戦うウンソプがあくびを我慢しながら、夜通し働くゴンとソリョンを眺めていた。
ゴンの目元にも疲れが出ており、いつもは完璧な装いを見せるソリョンも今日だけは例外だった。
緩く一つに結んだ髪からは乱れた後れ毛がはみ出ていた。


「 教育予算を維持するなら、医療予算に変革が必要かと。」

「 択一が必要な問題ですか?」


ソリョンの言葉にゴンがシャツの袖を折り上げながら聞いた。


「 国益のためにも、福祉に重点を置いている予算を技術やサービスに分割すべきだという意見があります。」

「 医療と教育は恩恵ではなく、国民の権利です。 次にいきましょう。被災地の復旧と補償には5兆2000億ウォンの補正予算が編成されたそうですね。」

「 特別災害地域に指定し、復旧はもちろん、日常への復帰に向けて全力を注いでいます。」

「 いいでしょう。」

「 先日の旅行者は無事お戻りになりましたか…?」


書類をめくっていたゴンの手がしばらく止まった。


「 …仕事が退屈ですか? 無事に戻りました、日常に。」


ゴンの真っ直ぐな答えに、ソリョンは刑務所前で会ったルナのことを思い浮かべながらにっこり笑った。


「 大韓帝国で楽しく過ごせたなら良かったですね。」


微妙な言葉だった。
ゴンは顔を上げソリョンを伺った。
演技が日常の女性だ…読むのはそう簡単ではなかった。
ソリョンの本音が分からず、ゴンが少し眉をひそめた時だった。


「 陛下はご結婚なさらないのですか?」


あまりにも突然の質問に、ゴンは不快感を隠さずに聞き返した。


「 二つの文章の距離が遠すぎますね。なぜですか?私のところへ嫁ぐつもりですか?」

「 行ってもいいですか?」

「 ダメです。既にプロポーズをした相手がいます。次の案件は何ですか?」


隙間を縫って入り込もうとしたソリョンは、塞がれた扉の前で立ち止まった。
女がいることは分かっていたが、まさかもうプロポーズまでしていたとは…

またしてもプライドを傷つけられたソリョンは、硬い表情を隠せないまま無理やり書類に視線を移した。



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長時間に及んだ国政報告は夕方になってようやく決着がついた。
長い執務を終えて寝殿に戻ったゴンは、テーブルに置かれたノートパソコンを開いた。
ウンソプが持ってきたヨンのノートパソコンだった。

ウンソプは好奇心に溢れた目できょろきょろとゴンの寝殿を見物していた。
新しい世界と宮殿に適応するのに苦労している様子もないウンソプだった。

ゴンの寝殿は特別新しいものではなかったが、さすがに皇帝の寝殿らしく豪華だった。
ポカンと口を開けたまま、歴史が滲む古い家具を見て回るウンソプの様子が、ゴンには微笑ましかった。
思ったより早くウンソプが適応してくれたことは幸いだった。

静かに微笑んだゴンは再びノートパソコンに集中した。
セキュリティロックがかかっていた。
携帯もパソコンもパスワードなどかけたことがなかったゴンは、ヨンのノートパソコンにパスワードがかかっているとは思わず、もちろんパスワードを知るはずもなかった。
住民登録番号、誕生日などの数字をいくつか入力してみたゴンはため息をついた。
こんなやり方では絶対に解決できそうもない…

その時、寝殿の見物を終えたウンソプが、せかせかとゴンの元へ来て尋ねた。


「 僕が解いてみましょうか? 」


ゴンは不審そうにウンソプを見た。
自分が解けなかったヨンのパスワードを、ウンソプが解けるはずなどなかった。



「 あ、解けました〜。 」



あっという間だった。
ゴンは信じられないという表情でウンソプを見つめた。
ウンソプは肩をすくめながら、”ヨンは思ったより単純だ”と言った。
DNAが同じだと通じるものがあるのだろうか…?
大韓民国で過ごしている間に親しくなったのか…?
開いた口が塞がらないゴンだったが、すぐにウンソプが言ったパスワードを入力してみた。
アルファベットのJに数字の0が13個…兆単位だった。


一 十 百 千 万 十万 百万 千万 一億 十億 千億 一兆(チョ)の0(ヨン)で、チョ・ヨン…


呆れた笑いを見せたゴンは、ウンソプを下がらせ一人でノートパソコンに集中し始めた。
ほどなくして、ゴンは目当てのファイルを見つけ出した。
ファイル名が「 客 」の動画だった。
クリックすると、防犯カメラの映像が再生された。

ゴンの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
ぼやけた画面の中のテウルが不思議そうに周りを見回しながら瞳を輝かせていた。
そして映ったトラムに乗るテウルの映像…
窓際に頬杖をついて街並みを眺めるテウルの髪と微笑みの上に、帝国の暖かい冬の日差しが降り注いでいた。

ゴンはテウルと同じ姿勢で頬杖をつき、画面の中のテウルを眺めた。
今この瞬間、まるで自分の世界にテウルがいるようだった。


「 こうしてまた美しいものを見られた… 」


感嘆のため息とともに言葉がこぼれた。

次の映像の背景はソウルの景福宮(※キョンボックン)だった。
テウルは宮廷衣装体験の観光客たちに混じって楽しそうに笑っていた。
しばらくして再び画面に映ったのは、皇后の衣装を着たテウルの姿だった。


…!!


思いもよらないテウルの姿に、ゴンは言葉を失った。
皇后になって欲しいという願いには”今日は答えない”と言っていたのに…

金糸に彩られた華やかな朱い衣装がとてもよく似合っていた。
しかし初めて着る衣装がぎこちないのか、テウルはしきりに腕を持ち上げたり立ち位置を変えたり…落ち着かない様子だった。

アルバイトスタッフが即席カメラを構えてテウルの写真を撮っているのが見えた。
カメラに向かって綺麗な笑顔を見せるテウル。
ゴンは美しいテウルを眺めるこの時間が嬉しく、そして同時に悲しかった。


ふと、民国を発つ前にテウルと交わした会話に想いを馳せた。
テウルは庭に置いた相思花の植木鉢を、寒くなったからと道場の窓辺に移していた。
いくら一生懸命育てても芽が出ないと落胆するテウルに、ゴンは大韓帝国から持ってきた相思花の種だからと、植木鉢に向かって冗談まじりに命令をした。


“ 相思花よ、たくましく大きく育て。そして私の愛する人の庭に美しく咲き誇れ…命令だ。”


そんなゴンの命令に、植木鉢の代わりにテウルが笑った。


「 そういえば、あの不思議な空間に私が撒いた種だけど…もしかしてあっちは芽が出てなかった?」

「 言っただろ、あそこには風も太陽も時間もないんだ。」

「 そっか…そうだよね。終わりまで行ってみたの? 」

「 行こうとしたが、たどり着けなかった。あの空間に長くいてはいけないんだ。一日いるだけで、外では二ヶ月が流れてしまうから。」

「 じゃあ中にいると年をとらないってことか… 」

「 そこに永遠があるとしても、私は必ず君の元へ戻る。私が遅れているときは、君に向かっている途中だ。」

「 戻ることばっかり…一緒に行くことは考えないの?いい所には一人で行かないでよ?」


ゴンは少し辛そうに笑い、帰ってくる答えを知りながら尋ねた。


「 君が恋しくてたまらなくなるだろうな…君、私と一緒に行かないか…?私の世界で私と一緒に暮らさないか? 」

「 …17の約束にもう一つ追加する。”一緒に行こう”は禁止。 じゃあ、ここは?父さんやナリ、警察署は?そう言われたら私はどうすれば…


胸が痛むのはゴンだけではなかった。 テウルの瞳と憂鬱な声が、またしてもゴンを悲しませた。
ゴンは「すまない」という言葉の代わりに、テウルの唇にそっと短いキスをした。


「 …私の言葉を止めたの?」

「 私の言葉を止めたんだ。元々、言葉が溢れそうな時はこうするものだ。大韓帝国法ではそう…


言いかけたゴンの言葉を、今度はテウルが背伸びをして遮った。


「 法なら守らなきゃ。私は公務員でしょ?」


二人はそうして互いにキスをしながら笑い合った。
相手が愛おしいのに互いの望みは聞き入れられない現実が、切ないばかりだった。

画面の中のテウルが現実になる日は訪れるのか…
ゴンは皇后の姿で微笑んでいるテウルから目が離せなかった。


「 ……受け入れてくれるだろうか。」


寂しい望みが虚空に散った。
ゴンは心を落ち着かせながら別の映像を再生させた。
テウルは大韓帝国の街中を歩き回っていた。
勤勉な足取りにゴンが目を細めて笑ったのもつかの間だった。

路地裏の小さな本屋の前で、一人の少年がヨーヨーを回しながら立っていた。
店先には色とりどりの花が咲いた植木鉢がいくつも並んでいた。
テウルが少年の前を通り過ぎたとき、少年は顔を上げた。


!!!


その瞬間、ゴンの背筋がひやりとした。
少年の視線は正確にゴンを捉えていた…
目が合った。
ゴンは少年から視線をそらすことなく画面をじっと見つめた。
少年は、たった今ゴンと目が合ったかのように視線をそらすと、再び下を向きヨーヨーを回し始めた。

すると突然、画面の中に黒い雲が押し寄せた。
次の瞬間、窓を叩き割るような激しい雷鳴とともに稲妻が走った。


「 ッああ…!! 」


肩の烙印の上を走る焼けつくような痛みに、ゴンはうめき声を上げながら肩を押さえた。
苦痛に耐えながら、急いで映像を戻し再生させる…


「 何だ…見間違えたのか…?」


少年が顔を上げる場面などどこにもなかった。
少年はひたすらヨーヨー遊びに夢中だった。
さらに映像を戻すと、その前を通り過ぎるテウルの服装にも矛盾があった。
あの日テウルが着ていた服ではなかった。
顔をしかめたゴンは書店の名前を確認した。


「 ヘソン書店… 」


そして画面の上部に写っている日付は…


「 2022年5月27日……2022年…?」


あり得ないその日付を、ゴンはもう一度確認した。
しかし何度見ても間違いなく2022年5月27日だった。


「 何なんだ…これは… 」


新たに始まった混乱に、ゴンは呆然としたまま画面の中にある未来を繰り返し再生した。
     




※景福宮(キョンボックン)…朝鮮王朝の始祖である李成桂(イ・ソンゲ)が1395年に建設した最初の王宮。ソウルの宮殿の中で最も壮大。





ザキング 永遠の君主
   22.「ついに始まった混乱」

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