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ザキング 永遠の君主 23.「悲しい運命の前で」

退勤後にテウルはヨンと一緒にナリのカフェを訪れた。
ゴンが去った後、テウルとヨンはそれぞれイ・リムの痕跡を追っていた。
テウルはチャン・ヨンジの携帯電話を探し、ヨンはシンジェが大韓民国で暮らすことになった理由を探していた。

そんな中、当事者のシンジェは警察署に長期有給休暇を申請し行方をくらませていた。
テウルはシンジェが心配だった。
深い事情までは知らないテウルは、シンジェが二つの世界の存在に混乱していると思っていた。
あの夜、混乱に耐え切れず訪ねてきたシンジェを追いかけなかったことを悔やんだ。

ヨンの分まで飲み物を注文し、カウンターで受け取ったテウルはナリに最近シンジェを見かけなかったかと尋ねた。


「 シンジェさん…?来てないけど。出勤してないの? 何かあった?」

「 …国家機密。もし来たら私に電話して。」

「 …分かった。ねぇねぇテウルさん、」


ナリが柄にもなくもじもじしながらヨンをちらりと見た。


「 最近、なんかウンソプ怪しくない…?」


怪しくて当然だった。
ウンソプではなくヨンなのだから。
顔を除いてあまりにも違う二人だった。
テウルがウンソプと実の姉弟のように育ってきた仲なら、ウンソプとナリも同じだった。
二人をよく知るテウルから見れば、互いに相手を大切に思っているのはまず間違いなかったが、二人の関係にこれといった進展はなかった。
テウルはそれを黙って見守っているのが面白かった。
そんな仲だからこそ、ナリがウンソプに対して疑いを抱くのも当然だった。

一瞬ヒヤリとしながら、テウルはわざと知らないふりをした。


「 …ウンソプが?…そう?私は全然何も感じないけど。 」

「 何か、前よりダサくなったっていうか…陰気臭くない?あの変な髪型も何… 」

「 あんたってほんと趣味が変わってる… 」


頭を横に振りながら、テウルは飲み物を持ってテーブルに向かった。
飲み物を差し出すと、物思いにふけっていたヨンが顔を上げた。


「 今後はホテルで会いましょう。 ナリとウンソプの仲が遠くなりそうだから。用件は何…? 」


どういう意味かわからずテウルを眺めていたヨンだったが、すぐに持ってきた金の子牛をテウルに差し出した。
ゴンが教えてくれた大韓民国を生きる術だった。


「 これを。高値で買い取ってくれる店があるとか。」

「 …もちろん知ってる。売りすぎて私はそこの社長に汚職刑事だと思われてるけどね。…とにかく、じゃあこれを売ってあげる代わりに私にもホテルを使わせて。アジトが必要だし。」

「 陛下もいらっしゃらないのに… 」

「 チョ・ヨンさんがいるじゃない。 …それで、金の子牛を売って何に使うの?」

「 印紙代が必要です。機動力を確保しなければ。」


運転免許を取るという意味だった。
テウルは”大韓民国人らしくない”その表現に、仕方なく金の子牛の面倒を見ることにした。

互いに必要な話を終え、ヨンと別れたテウルはすぐに帰宅し、服を着替えた。
着ていたコートをクローゼットのハンガーに掛けながら、テウルはふと手を止めた。
大韓帝国に行った日、その日着ていたコートが目に入ったのだ。
テウルは慎重にコートのポケットに手を入れた。
ポケットの中から取り出したのは、ゴンには最後まで隠していた写真だった。

景福宮で撮った即席の記念写真。
初めて皇后の衣装を着たテウルは明るく笑っていた。
何がそんなに不思議で面白かったのか。

テウルは写真を持って机に座った。
そして引き出しから大韓帝国の十万ウォン札を取り出した。
十万ウォン札の中で微笑んでいる衮龍袍(コンリョンボ)を纏ったゴンは、一国の皇帝らしく慈愛に満ちた凛々しい姿だった。
最初はふざけた宣伝用のチラシだと思って信じなかったが…

テウルは笑みを浮かべ、十万ウォン札をきれいに半分に折って自分の写真と並べた。
急ごしらえのカップル写真だった。


「 一緒に撮った写真が一枚もないね… 」


次に会える日の約束はなかった。
そのことが、より一層ゴンに会いたい想いを強くさせていた。
あまりにも危険な位置に立っている今、目の前にいてくれたらどれだけ安心できるだろう…
連絡も取れず安否さえ分からないことが、思い出せる写真が一枚もないことが…寂しかった。

テウルは可笑しくもあり綺麗でもあるそのカップル写真を眺めながら、静かに寂しさを慰めた。

ゴンのいない夜がもう一日深まっていった。





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ぼんやりと道を歩いていたシンジェはトッポッキ屋台の前で立ち止まった。
陽炎のように微かに立ち上ったのは、テウルとの学生時代の思い出だった。
テウルとトッポッキを食べながら、何も考えずにふざけて笑い合っていたあの頃がシンジェにとって最も幸せな時間だった。
そんな時間が今ではあまりにも遠く感じられた。
長い間夢で見てきたカン・ヒョンミンの記憶のように、テウルとの時間も夢のようだった。



「 ここに来るために有給取ったの?」



しかし、鮮明に聞こえてきた声はテウルのものだった。
シンジェは声がした方へ顔を向けた。
警察署の中でも外でも、毎日顔を合わせた仲だった。
数日会わなかっただけで久しぶりな気がした。
いつの間にか会いたかったようだ。
シンジェは嬉しい気持ちを辛うじて隠した。


「 …お前は有給も取らないでここに来たのか? 」

「 なんで電話に出ないの?私がここに何日通ったか知ってる? 」

「 ずいぶん暇なんだな。」


シンジェは急いで店主に代金を支払った。
テウルはシンジェの後を追った。


「 兄貴、こないだ私に聞いたよね。どこまで知ってるんだって…空想科学の話。聞いてくれる? 」

「 後にしろ。俺はまだ休暇中だ。」


いつか聞かなければならないということを、いつか現実に向き合わなければならないということを、シンジェも知っていた。
納骨堂で見た幼いジフンの写真と哭礼で泣いていた子供の顔が同じで、ゴンはその子だった。
同じ顔をした二つの名前があり、シンジェももう一人の自分の名前を知っていた。
しかしその全てに向き合うと、テウルには向き合えなくなる。
自分の名前はカン・シンジェではなく、カン・ヒョンミンだから。
逃げ腰なシンジェの腕を、テウルは掴んだ。


「 兄貴…!イ・サンドが生きてるの。」


イ・サンドという名前に足止めされたシンジェに、テウルは一気に言葉を吐き出した。


「 イ・サンドもそうだし、チャン・ヨンジもそう…共通点がある。 携帯を2台持ち歩いてたでしょ、なぜか分かる…? 」


全てを知っているシンジェは話を聞きたくなかったが、テウルにはその気持ちまでは分からなかった。
シンジェは口をつぐんだまま茫然とテウルを見つめた。


「 同じ顔の人間がいるもう一つの世界があるの。私はそこに行ってきた。すでに二つの世界を行き来する犯罪が起きているのに、報告することもできないし証拠もない。誰かが阻止しなきゃいけないのに…いくら考えても兄貴しか頼れる人がいないの。 お願い…助けて。」


そんなに遠くへ…
そんなところまで…
テウルは行ってしまっていた。
もう取り返しがつかないほどに。

それでも、シンジェは取り返したかった。
長年の夢が現実でこれが夢なら、長い夢を見たかった。


「 それは空想じゃなくてただの妄想だ。もう一つの世界なんてあるわけないだろ。正気に戻れ… 」


感情を隠しながらも激しい胸の内を吐き出したシンジェは逃げ出してしまった。
これ以上は捕まえることもできず、テウルは足早に去っていくシンジェの黒い後ろ姿だけを見つめていた。
どうしても、もう少し時間が必要なようだった。




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油臭い古びた作業室。
作業服を着たイ・リムは、血の色に近い赤色の顔料を作ることに集中していた。

大韓民国でのリムは、時々寺院を回りながら風化で色褪せた丹青(※タンチョン)に色を塗る塗色作業を行っていた。
退屈な時間をやり過ごす方法の一つだったが、それがリムには長い歴史の上に別の歴史を…自分の歴史を塗り重ねるようで実に面白かった。

リムの集中を妨害したのはジョヨルだった。
作業室に入ってきたジョヨルには目もくれず、リムは尋ねた。


「 携帯は回収したか?」


ジョヨルはリムに見えないように顔をしかめた。
拘置所まで行って脅したにもかかわらず、チャン・ヨンジはまだ2G携帯の隠し場所の答えを出していなかった。


「 …回収中です。 最近他のことも同時に調べているので… 」


ジョヨルの言い訳にリムは険しい表情で振り返った。
その顔つきに、ジョヨルは慌てて話題をそらした。
ちょうど昨夜、ソン・ジョンヘを監視する運転手に会ってきたところだった。
彼から聞いた知らせはなかなか面白いものだった。


「 その…例の奴がいたじゃないですか、カン・シンジェ。あいつがソン・ジョンヘの息子の納骨堂を訪ねたそうです。…それと、前に療養院に来た刑事はチョン・テウルという女で、調べてみたところチャン・ヨンジを逮捕した刑事でした。チャンヨンジの携帯も探しているようです。」


カン・シンジェとチョン・テウル…
喜ばしくない名前だった。
リムの片眉が上がった。
リムは大韓帝国と大韓民国を行き来しながら、人生を変える為に入れ替わった人々を監視するため写真で彼らの動向を報告させていた。
シンジェはその中の一人で、テウルはシンジェの写真の中でよく目にする女だった。
二人の名前にリムの神経が張りつめた。


「 カン・シンジェ…私の想定ミス。 チョン・テウル···私の想定外… 」

「 ご心配なく、私がすぐに捜しますから。二人ともどこかに埋めま…


言葉が終わる前に、リムの手がジョヨルの襟を掴み上げた。
驚いて震えるジョヨルを、リムはそのまま容赦なく薪を燃やしていたドラム缶めがけ投げつけた。
ドカンと激しい音をたててドラム缶が倒れ、火のついた薪とジョヨルが冷たい床に散らばった。

辛うじて頭を上げたジョヨルは息を飲んだ。
イ・リムから感じられる殺気は、ジョヨルの手には負えないものだった。
ジョヨルはすぐに立ち上がり、リムに深く頭を下げた。
ジョヨルが享受しているすべての富と権力はリムから与えられたものだった。
リムはジョヨルのような凡人には理解できない特殊な能力を持っていた。
世界をまたぎ、時間を操る……
リムは瞬時に殺気を消すと、着けていた軍手を無造作に脱いで床の火種の中へ投げ捨てた。


「 チャン・ヨンジは消せ…それ以外お前は何もするな。私はまた外出しなければならない… 」


そう言いながら、リムは眉間にしわを寄せた。
電話で聞いたゴンの声が耳元で響いていた。


「 今度こそ、甥っ子様も気付くだろう… 」


しかし、そんなことは関係なかった。
リムは不気味に笑うと、片隅に置かれた黒い長傘を手に取った。





※丹青(タンチョン)…木造の建物に丹碧(たんぺき=赤と青を主体とした絵の具)で描かれた模様、または描く様。





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昨夜感じた肩の痛みが残像のように残っていた。
ゴンは混乱した感情で肩を撫でた。
未来が撮られた監視カメラの映像など有り得ない話だった。
初めて自分と向き合った時のテウルの混乱もこんなものだったのだろうか。

考えを巡らせていたゴンはノックの音で肩から手を下ろした。
ホピルだった。


「 ご命令通り例の書店を調べてみました、陛下。ですが国内のどこにも、ヘソン書店という商号で登録された書店はありませんでした。ネットショップはもちろん、古書店に至るまで探しましたが見つかりませんでした。」


ホピルの報告にゴンは沈黙した。
ホピルがUSBを机の上に出して報告を続けた。


「 それからこれは…陛下の外部行事の防犯映像をすべて集めたものです。」

「 ご苦労だった。書店は引き続き探してくれ。廃業届けが出されたところまで含めて。」

「 はい…!承知しました、陛下。」


ホピルが退室すると、ゴンは監視カメラの映像を分析し始めた。
イ・リムが大韓民国と大韓帝国を行き来していたなら、必ず近くでゴンを見ていた日があったはずだ。
25年もの年月が流れた今、人々の記憶の中に鮮明に残っているのはイ・リムの名前だけで、顔はほとんど霞んでしまっていた。

ゴンは画面に集中した。
ボート競技場でボートレースに参加した日、数学者演説を行った日、チェ・ギテク艦長の父親の葬儀に参列した日、バスケットボール開幕戦で始球式が行われた日…
ゴンは最近自分が参加した外部行事を注意深く調べた。
皇帝の外部行事はいつも人だかりで、無数の顔の中からリムを見つけ出すのは容易ではなかった。
日が暮れたのも気づかず、ゴンは集中したまま執務室に閉じこもった。
もう一回、またもう一回…何度も映像を再生させた。

しかし、いくら探しても老人になったはずのリムの姿は見つからなかった。
どうしても納得できなかった。
ゴンは額に手の甲を乗せて椅子に身を沈めた。
長い間集中していたせいか、こめかみがズキズキと痛んだ。

何かを見落としている…
ヤツは絶対に私のことを見ていたはずだが、映像にはいない。
なぜだ…

ゴンが疑問を抱いた時だった。
耳元にテウルの言葉が蘇った。


『 じゃあ、その中にいると年をとらないってことか。 』


ゴンは椅子の背もたれに預けていた体をパッと起こした。
次元の扉、止まった時間の中にリムがいたとすれば…老いた姿のリムを探すことこそ愚かなことだった。

そして葬儀場の映像をもう一度再生させた。
穴が開くほど画面を睨んでいたゴンは、ある場面で停止ボタンを強く押した。


「 これは·······あり得ない… 」


聖堂の入口を出入りする弔問客の中に、中折れ帽をかぶった人物がいた。
中折れ帽の下から現れた顔は…

紛れもなくイ・リムだった。
自分の首を絞めたあの夜から何一つ変わらないイ・リムの顔。
ゴンが忘れたくても忘れられないその顔…そのままだった。


「……!! 」


ゴンは勢いよく立ち上がった。
テウルの言葉が当たった…
リムは次元の扉の中で時間を引き延ばしていた。
次元の扉の中…自分はそこを見落としていたのだ。
リムの幢竿支柱を見つけることのできる唯一の場所かもしれない。
ゴンは急いで乗馬場へ向かった。

マキシムスはたてがみをなびかせながら風のように駆け抜け、竹林へゴンを運んだ。
幢竿支柱の間、その次元の扉の中に飛び込むと、何も流れない内側の世界が開かれた。
いくつもの赤い風船が漂う世界。

ゴンは自分の幢竿支柱に背を向け反対方向へ駆け出した。
駆けても駆けても、果てしなく広がる世界はまさに果てしなかった。
しかしゴンは止まらなかった。

終りを見たかった。
二つの世界の均衡を破るイ・リムの果てを…
次元の扉に宿る秘密の果てを…
そうして最後に辿り着きたかった…


テウルとの時間に。





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ノ尚宮は甕(かめ)置き台の上に浄水を供え祈っていた。
ゴンが無事に帰って来ますように…
いや、ただただ無事でありますように…と。

ノ尚宮が悲しみを紛らわそうと読んだ金 素月(キム・ソウォル)の詩が、夜明けの空に散っていった。



白い早瀬に日が暮れるとき
私は門前に立って待つ
暁鶏(ぎょうけい)が鳴く夜明けの日陰で
世界は白く そして静かに
闇を引き裂き訪れた朝から
通り過ぎる旅人に目を凝らす
あなたなのか
あなたなのかと

“私の家” / 金 素月





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ここに来るのはもう何度目か。
薄暗い竹林の間から吹いてくる風さえもはや日常のように感じられ、テウルは意味もなく笑った。

あの日…竹が生い茂った林の中に巨大な幢竿支柱は現れた。
そしてその扉を越えて、少しの間テウルはゴンの世界へ行ってきた。
その日の出来事が遠い昔のように感じられた。
ゴンが去ったのも随分と前のようだった。
ただ待つだけというのはこういうものなのかと…ここへ来る度にテウルは無力感に包まれた。

互いの運命に飛び込むことを決め、勇敢に立ち向かうと決めたことで心はより苦しくなり、待つことは長く感じられ、恋しさは深まった。
その深い恋しさがテウルの足をここへ導いた。
どうせいくらここを歩いても、扉の隙間さえ見ることは出来ないのに…。

電話で会う約束をして、手をつないで歩いては一緒に笑い合う…
そんな平凡な恋愛が、なぜ命がけで運命と戦わなければならないことになってしまったのか、分からなかった。
わけもなく鼻先がツンとした。


「 もう行こう… 」


寂しく呟き、テウルが来た道を戻ろうとした時だった。
赤い何かが視界に触れた。

テウルは驚いて振り返った。
空中に浮かんでいたのは、紛れもなく赤い風船だった。
次元の扉の中で見た…

次の瞬間、馬の嘶きとひづめの音が聞こえてきた。
同時にテウルの目に飛び込んできたのは、遠くから向かってくる白馬とその上に乗ったゴンだった。

ゴンに出会って以来いつもとんでもないことの連続だったが、今日ほど信じられなくて嬉しい日があっただろうか。
テウルは開いた口を両手で押さえたまま、駆けてくるゴンを待った。

テウルを見つけたゴンは慌てて馬を止めた。
ゴンの顔にも驚きの様子がありありと見えた。


「 君…!どうして… 」

「 来たの…?やっと来たの…? 今来たの…?」 


テウルはゴンのもとへ走り出した。
馬から降りたゴンは、一目散に走ってくるテウルを両腕で一気に抱きしめた。
二人の抱擁は、互いに対する恋しさほどに深かった。


「 …君、ここで待っていたのか? 」

「 会いに来たの?ほんとに… ?」


繰り返し聞くテウルを、ゴンは強く抱きしめた。
決して離したくはなかった。

しかし、今はまだ離すべき時だった。
ゴンはテウルの首筋に顔を埋めながら、低い声で言った。


「 まだ……まだなんだ。とにかく会いたくて、死にそうで…声だけでも聞いて帰ろうと思ったんだ… 」


テウルの肌の匂いがゴンを安心させた。
どれだけ走ったか。
終わりも見えない次元の扉の内側で、孤独な死闘を繰り広げた。
そうして駆けて駆けて…
ゴンはせめてテウルの声だけでも聞きたかった。


「 …声?」

「 そこの公衆電話から電話して… 」


ゴンがポケットから取り出した小銭は、初めて大韓民国に来た時に残しておいたものだった。
テウルはゴンの胸に抱かれたまま、こらえてきた涙を流した。
今まで涙が出そうになる度に、どうやって飲み込んできたのか…
ゴンの優しくて切ない愛情の前でテウルは泣き崩れた。

そして、その泣き声がゴンの心をも崩した。
ゴンは大きな手でテウルの頬を包むと、俯いているその最愛の人に催促した。


「 もっと顔をよく見せてくれ…私には時間があまりないんだ。ん…?」


問いかけるゴンの声は震えていた。
新年の儀礼があるため元日を迎える前に大韓帝国に戻らなければならず、引き返していたところだった。
声を聞くだけでもいいと思ったのに…運命のような偶然でテウルの温もりまで抱くことができた。
ゴンは頭を深く下げてテウルの顔を覗き込んだ。

迫りくる時間に気が焦った。
向かい合った喜びより、また別れなければならないという悲しみがあまりにも大きかった。

ゴンは、心の片隅に広がるしびれにそのまま居座りたくなった。
時間がないと、帰らなければと、いつも別れを告げなければならない自分が嫌だった。
テウルの言うとおり、本当に酷い恋人だった。

ゴンはテウルの頬に落ちる涙の上に、薄い瞼の上に、静かに口づけをした。
あまりに大切で、あまりに心苦しかった。
テウルはそんなゴンの襟をギュッと握った。


サァァァ………


風が竹林を揺らしながら物悲しい音を奏でた。
青い葉がぶつかり合っていた。





ザギング 永遠の君主
   23.「悲しい運命の前で」

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