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ザキング 永遠の君主 11.「初雪のように現れて」
イ・サンドの金物店で発見された2G携帯の鑑識結果がようやく出た。
通信会社の協力を得るため時間がかかっていた。
しかし結果は虚しいものだった。
通話記録もメールの内訳もなく、音声データがたった3件だけ留守番電話サービスに残っていた。
テウルは音声が保存されたUSBをノートパソコンに差し込んだ。
イヤホンをつけて音声を再生させると、アナウンサーの声が聞こえてきた。
ー 次のニュースです。 グローバル医学センターは8月1日から4日まで「タイ1次生活保健医療人材の力量強化研修プログラム開発」の成功的な事業遂行、及び研究のためタイの都心スクムウィット地域へ……
平凡なニュースのようだった。
携帯の留守番電話サービスに録音したという事実が不思議でならない。
それでも何か手掛かりがあるかもしれないと思い、テウルはアナウンサーの声に集中した。
ー この事業のトップであるイ・ジョンイン教授は、効果的な研修プログラム開発研究を通じて···
そこまで聞いた時だった。
テウルの頭上から何かがカシャリと落ちてきた。
テウルはイヤホンを外して顔を上げた。
シンジェが机の上に落としたのは、テウルの新しい身分証だった。
「 なんで身分証をなくしたんだよ。”容疑者と激しい格闘の末紛失”って? 」
どうしても紛失理由の欄に「道を歩いていて排水口に落とした」と書くことができず、適当にそう書いたのだった。
テウルは問い質すシンジェの顔色を伺った。
「 あーそれが…その…ほらあの時!あの兄貴の同級生ともみ合いになった、あの時…かなぁ… 」
「 …まったく。身分証も持たずに仕事してたのか?昇進する気ないのか? 」
「 少しの間だけだってば。10月末には発給されてたけどうっかりしてたの。」
「 何が10月末だよ、今日の発給日だぞ。」
「 …今日? 」
行政室では確かに、新しい身分証は10月末頃に発給予定だと言っていた。
テウルがすっかり忘れていて取りに行かなかっただけだ。
それなのに今日発給されたなんて…不思議だった。
得も言われぬ気持ちに駆り立てられたテウルは、急いで机の上の身分証を掴むと裏面の発行日を確認した。
「 今日が···11月11日? 」
「 名簿から外れてて遅れたらしい。申し訳なかったと伝えてくれって。」
事務所の片隅にいた新人刑事のチャンミが2人の会話を聞いて声を上げた。
「 はい、今日は11月11日です!ところで先輩方、例のニュースは聞きましたか? 」
「 何のニュースだ。」
険悪な顔つきで誰が見ても暴力団員にしか見えない彼の名前はミカエルで、苗字はチャンだった。
シンジェは強力3チーム内で通称「チャンミ(薔薇)」と呼ばれる後輩に向かって何気なく聞いた。
「 今日、初雪が降るそうです。 今年はすごく早いですね。何かいいことが起きそうな予感がしませんか? 」
チャンミが夢見るような声でつぶやいた。
シンジェは外見と性格のちぐはぐさに呆れて笑った。
その時、机の上の固定電話が鳴った。
2019年11月11日。
テウルは身分証に刻まれた日付をぼんやりと眺めながら、素早く電話に出た。
「 はい。強力3チーム、チョン・テウル警部補です。」
- 私だ。まだ退勤前か、よかった…
ガチャッ…!
咄嗟にテウルは受話器を置いた。
今自分が聞いた声の主が信じられなかった。
驚いて固まっているテウルをシンジェが心配そうに見つめた。
再び電話が鳴っていた。
シンジェがテウルの代わりに受話器を取ろうと手を伸ばしたが、テウルは大丈夫だと、自分が受けると譲らなかった。
「 ………もしもし。」
声が震えたままだった。
相手は余裕この上なかったのに。
- 君は相変わらず私の電話を切るんだな。今日も帰りは遅いのか? 君に会えるまで待ってようかと思ったんだが…
テウルはすぐに電話を切って立ち上がった。
上着と身分証を掴んで走り去るテウルの後ろ姿が緊迫していた。
シンジェとチャンミはテウルが消えた場所を呆然と見つめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
テウルの家の庭に植えられた木の枝先から、ポタポタと水滴が落ちていた。
雪が降ると言っていたが、まだ雨だったようだ。
庭に雨水の水たまりができていた。
その水たまりの上にしぶきを上げて、テウルの車は急停止した。
勢い良くドアを開けて出てきたテウルは、嘘のように立っているマキシムスとゴンに向き合った。
しばらくは見慣れた光景だったが、またしばらくは跡形もなく消えていた光景だった。
急いで来たことが気恥ずかしくなったテウルは、しばらく黙ってゴンを見つめた。
遠くに立つゴンの瞳には、どこか以前とは違う色が滲んでいた。
お互い、嘘みたいな風景を前にして簡単には近付くことができなかった。
ポケットの中でもどかしく指先をいじっていたテウルが先に尋ねた。
「 …どこに行ってきたの? 」
ゴンの目元は雨が降ったかのように濡れて見えた。
ゴンが走り抜いてきた世界でも雨が降っていた。
「 私の世界に。」
「 嘘つかないで。」
「 本当なのに… 」
「 自分の名前も知らないのに、家に帰って戻ってきたの? 」
「 何度も言うが、知らないとは言っていない。君は呼べないと言っただけだ。」
「 どうしてまたここに? 」
「 お金を返さないといけなかったし··· 」
ナリの言葉が当たった。
テウルはナリが自分より見る目があったことを認めた。
「 君が元気にしてるか気になって… 」
この瞬間、またもテウルは認めざるを得なかった。
自分も目の前のゴンの事が気になっていたのだと…
いくら探しても見つからなかった男を探して彷徨ったということを…
自分のおかげで 「美しいものが見れた」と言った男を、銀杏の木を見るたびにふと思い出したということを…
「 お金は返したし、君の顔も見たから…もう帰らないと。黙ってこっそり抜け出して来たんだ。」
やっと再会したばかりなのに帰るというゴンの言葉に慌てたのか、焦ったテウルはゴンを掴むように尋ねた。
「 ほんとに…家があるの? 」
「 あるんだって。ほんとに大きな家に住んでいる。部屋も多いし、海もよく見えて、広い庭園だってある。」
そのすべての言葉が今ではもう本当のことのように聞こえ、テウルはポケットの中の身分証をぎゅっと強く握りしめた。
「 聞きたいことがあるの。あんたが見たっていう私の身分証の写真…そこに写ってる私は、髪を結んでた?…ほどいてた? 」
「 …今日だったのか。私がいない間に、身分証を失くしたのか? 」
11月11日が特別な日になることが決まっていたかのようだった。
ゴンの言葉は間違っていなかった。
テウルは息を止めた。
「 ああ…だから今日だったんだな。だから身分証の発給日が…
「 いいから聞かれたことにだけ答えて…!その写真の私は髪を結んでたの?ほどいてたの? 」
「 結んでいた。」
流れ落ちたテウルの長い髪を、近づいてきた大きな手が包み込んだ。
片手に収まったテウルの髪の柔らかさに、ゴンは思わず微笑んだ。
「 こんな風に… 」
テウルはゴンの手を払うことすらできず、次々と尋ねた。
「 服は…何を着てた? 制服を着てたでしょ…? 」
「 いや、ジャケットだ。紺色の。」
「 まさか…ありえない…!」
「 直接見たら信じるのか?…なら今から一緒に行ってもいい。」
「 どこへ一緒に行くの…」
その瞬間、二人の間をひらひらと何かが飛んでいった。
雨上がりの白い雪だった。
初雪が、二人の肩の上に降りていた。
「 一緒に行こう…私の世界へ。」
世の中の全員が勇敢にはなれなくても、テウルは勇敢な人だった。
ゴンはそんなテウルを信じた。
そんなテウルだからこそ、自分にとっての”0”になったのだ。
以前にも一度、信じられなくてもゴンの世界に行こうとしたテウルだったから…
ザキング 永遠の君主
11.「初雪のように現れて」