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ザキング 永遠の君主 16.「花が咲かなくても」
黄色く染まった静かな雰囲気の中庭に、ゴンとジョンインは並んで風になびく銀杏の葉を眺めていた。
「 学会はいかがでしたか? 」
「 全く駄目でした。陛下が戦場にいらっしゃるのに、発表など目に入りませんでしたよ。」
ジョンインの心のこもった冗談にゴンはそっと微笑んだ。
「 心穏やかに、いつまでもお元気でいて頂かなくては…私にはおじ上だけだということをご存知じでしょう。」
「 それはとても切なく悲しいことですね。私にとっても、陛下にとっても… 」
苦々しい経験が深く身に染み込んだ言葉だった。
ゴンは、すっかり髪が白くなったジョンインを静かにじっと見つめた。
「 …ですので私は、陛下があの事について一生聞かずにいて下さるよう願っていました。しかし、いつか陛下が私にお聞きになることも存じておりました。 逆賊イ・リムの死の真実を… 」
ジョンインは、ポケットから長年一人で大切にしてきた青黒い封筒を取り出した。
イ・リムの死の真相が記された遺体検案書だった。
リムの死因を”自殺”から”射殺”に偽った事を気に病んでいたのではない。
それは皇室を守るための方法だった。
ジョンインが長い間心の中に重くしまっておいた真実は、リムが”自殺したのではない”という事実だった。
「 イ・リムの本当の死因は…近衛隊による射殺ではなく、頸椎骨折です。 首を折られ海に投げられたのです。 ですが…不思議なのはイ・リムは健常で屈強な武人だったはずなのに、その遺体には先天的な小児マヒを患っていた所見が認められたのです。 」
その死体はイ・リムではなかった。
ついに…ついに正面から向かい合った真実だった。
しかし、それすらも正解を出すための証明過程に過ぎないことをゴンは知っていた。
ゴンはジョンインの説明を耳に入れながら、ゆっくり遺体検案書を開いた。
「 外見は言うまでもなく…指紋も、血液型も、何もかもが一致している死体の前で私は混乱し、そして…それを隠しました。」
「 ……長い間隠しましたね。謀反を起こした逆賊…死んでもいない大逆罪人の死の真相を隠した罪は決して軽くはありませんよ。」
「 分かっております…陛下。あの日から、心休まる日は1日もありませんでした。これでようやく胸のつかえが下りました。」
ゴンは重く苦しい心でジョンインを見た。
おじ上は、正解が分からずただ皇室の為を思って真実を隠していただけだ。
冷たく物寂しい風が、二人の皇族の間をすり抜けていった。
「 もし…この奇怪な謎を証明出来る日が来たら、その答えを私にも教えてくれませんか?あの遺体は何だったのか、どうしても気になるのです。私に知る資格などありませんが、願わくば医者として… 」
ジョンインが去った後、ゴンは独り立ち尽くしたまま考えた。
仮説は事実となった。
逆賊が生きている。
イ・リムの目的は最初から萬波息笛だった。
息笛の半分を得たイ・リムに加えられたのは、別世界への扉だった。
今のゴンがまさにそうであるように、25年前すでにリムにも開かれていただろう。
そして、その息笛のもう半分はゴンの手にある。
ゴンは到達した真実の前でしばらく息を止めた。
ノ尚宮の心配が現実になっていた。
イ・リムは生きていて、ゴンに危険が迫っていた。
リムは必ず、ゴンが持つ息笛の片割れを奪い来るだろう。
だからこそ、ノ尚宮の心配は間違ったものでもあった。
テウルがゴンにとって危険な存在なのではなく、ゴンがテウルにとって危険な存在だったのだ…
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夜遅くに仕事を終えて帰ってきたテウルは、家に入る前に庭へ立ち寄った。
相思花の種を植えた植木鉢に水をやるためだった。
植木鉢を見下ろしながらうずくまったテウルの丸い背中は小さかった。
明かりを照らしても表面は土だけで、一向に芽が出る気配はなかった。
「 どうして咲かないの··· 」
別世界から来た花の種だから芽が出ないようで、訳もなく寂しかった。
芽は出ず花も咲かず、ゴンも来ない。
小さく呟くテウルの声には寂しさが溢れていた。
しばらく植木鉢を見下ろしていたテウルは、しびれた足を軽く叩いてから立ち上がった。
「 元気にしていたか 」
待っていた声が聞こえたのはその時だった。
テウルが思わず後ろを振り返ると、無彩色のコートを着たゴンがテウルを呼んでいた。
テウルは呆然としたまま頷いた。
「 私を待ちながら? 」
目の前に立つゴンを見つめながら、テウルはもう一度深く頷いた。
大韓帝国と大韓民国の世界を越えた事で、テウルははっきりと悟った。
1と0の間がどれだけ遠いか…
行きたくても行けなくて、会いたくても、会えなかった。
待つことしかできなかった。
テウルの頷きに、同じように会いたかったテウルの姿を両目いっぱいに入れていたゴンは笑った。
「 よかった…少し怖かったんだ。 もしかして君は、私が来ないことを望んでるんじゃないかと思っ…
ゴンの言葉は続かなかった。
頭で考えるより先に、テウルの体は真っ直ぐゴンに向かって駆け出していた。
今、出来る事をしたかった。
ゴンに触れること…
ゴンを抱きしめること…
テウルの顔が胸に迫ると同時に、ゴンの心臓は激しい音を立てて落ちるかのようだった。
ゴンは言葉を続ける代わりにテウルを両腕で抱きしめた。
互いの温もりが暖かかった。
帝国での時間は短く、別れは急だった。
安否すら確認出来ない次元の向こう側の街で心配していたはずのテウルに申し訳なく、ゴンはさらに奥深くテウルを抱き込んだ。
もっと早く来れば良かった…
国政報告を繰り上げてまで、できる限り急いでここに来たことを思いながらも、ゴンはそう考えた。
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長い抱擁のあと、ゴンはテウルを道場の玄関に導いた。
テコンドー道場の主人の娘はテウルだったが、道場の鍵はなぜかゴンが持っていた。
テウルが来る前に到着したゴンが、父親から道場の鍵を借りていた事をテウルは不思議に思った。
あえて道場の鍵を借りた理由が理解できなかったからだ。
中へ入ってすぐに、テウルはその理由を悟った。
初めはウンソプだと思ったが、身なりや姿勢が明らかにウンソプではなかった… ヨンだった。
テウルと向き合ったヨンは、挨拶の代わりにテウルを鋭い目つきで睨んでいた。
以前からあからさまにテウルを警戒していたヨンではあったが、これほど敵意をあらわにした事はなかった。
テウルは眉間にしわを寄せて後ろを振り向いた。
「 本当にチョ・ヨンなの!?チョ・ヨンをここに連れてきたの…!? 」
「 不可抗力だった。 一人では行かせないと言うもんだから。 」
ヨンをここに連れてきた理由はいくつかあったが、それがまず一つ。
竹林でゴンはヨンに捕まった。
またあの女…ルナに会いに行くのなら一人では行かせないと、ヨンは強気にもゴンの前に立ちはだかっていた。
「ルナ」はゴンもその時になり初めて存在を知った人物だった。
大韓帝国にもテウルと同じ顔をした人間が…あれほど捜し回ったのに見つからなかった人が…いたのだ。
ボート競技場で見た女も、やはりゴンの勘違いではなかった。
もちろん彼女の名前はチョン・テウルではなく、職業が刑事なわけでもなかった。
ルナはギャングと警察の双方から追われる犯罪者だった。
ヨンはゴンの命令でボート競技場に現れた女を探していたが、これまでに掴んだ情報によるとそうだった。
ルナとテウルが同一人物だと思っているヨンからすれば、当然ゴンをテウルの元へ行かせることなど出来なかったのだ。
二人が別人であることを、ゴンはヨンに証明するつもりだった。
そして二つの世界があることを知らせたかった。
帝国と違う風景はここへ来る途中にすでにたくさん見せてきた。
テウルに出くわしたヨンは、酷く混乱した目で道場の壁にかかったものを眺めた。
テウルとテウルの父親が一緒に並んだ写真、テウルとシンジェの写真、テウルの名前が刻まれた表彰状…
誰が見ても犯罪者ルナではなかった。
ヨンの知っている身分証通りの、「チョン・テウル警部補」だった。
「 これは、どういう··· 」
直面した真実の前でヨンが混乱に陥ったのは当然だった。
「 一体ここはどこなのですか!?」
「 はぁ…その気持ち、よーく分かります。 そちらも私も心配事が山ほどあるけど、まずは大韓民国へようこそ。」
こういう状況においては先輩というべきか…テウルはヨンをなだめた。
ヨンは携帯電話も通じない現実に戸惑いを隠せずにいた。
テウルが初めて帝国に来た時の反応と全く同じで、ゴンはにやりと笑いながらヨンの当惑を見守った。
「 ヨンのあんな姿は初めて見た。動揺するなんて、可愛い所もあるんだな。」
刺しても一滴の血も出ないかのように断固としていたヨンが慌てる姿はテウルにも新鮮だったが、可愛がるほどではなかった。
ゴンがヨンを実の弟のように思っていると知ったテウルは苦笑いした。
「 私はこの状況で呑気にそんなこと言ってるイさんの方が可愛いけど?同じ顔を連れてくるなんて…!!バレたらどうする気!?」
「 だからここを借りたんだ。それにヨンがそう簡単にバレるはずはな…
ガチャ…バタンッ!
「 あれ?あ、アーサー王の兄貴だぁ!! 」
ゴンの言葉が終わらないうちに玄関の赤いドアが開き、入ってきたのはウンソプだった。
普段通り社会服務要員のジャンパーを羽織っただぶだぶの身なりで登場したウンソプは、久しぶりに会うゴンを見て喜んでいた。
「 なんだ〜どうりで明かりが点いて…
途切れた言葉の後ろですぐに悲鳴が響いた。
ウンソプは自分と全く同じ顔をしたヨンを見て驚愕した。
それはヨンも同じだった。
二人は互いを指差しながら石のように固まっていた。
テウルに睨まれたゴンは困り果てた顔で説明に乗り出した。
「 二人は初対面だな? まずは挨拶から始め………ああ、驚くのも無理はない。とにかく、こっちは私を守る天下随一の剣チョ・ヨン、そしてこっちは警察署を守る……
バターンッ!!
ゴンが話し終える前に、ウンソプは白目を剥いてその場にひっくり返った。
驚いたテウルは気絶したウンソプの首元のボタンを緩めながら頬を叩いた。
「 ウンソプ!!ウンソプ大丈夫…!?…ちょっと!この子を殺す気!?何が“バレるはずない”って…??ウンソプだってねぇ、これでも双子が生まれるまでは三代目の一人息子としてそれなりに大事に育てられてたんだから!何かあったらどうしてくれるの!? 」
テウルの怒声で目が覚めたウンソプは、魂が抜けたようにフニャフニャと喋り出した。
「 ぅわあ!…テウルさぁん、たった今僕と同じ顔の男が…ここ…に、い、いるぅ…うわぁまだいる…。何だよ〜何なんだよ!ん?僕と同じ顔だ…いや?僕じゃん!! お前誰だよ! 」
「 お前こそ誰だ…! 」
ヨンとウンソプが再び対峙した。
とんでもない展開にテウルはこめかみを押さえた。
「 ウンソプ、全部説明するね。これがいわゆる並行世界ってやつなんだけど、びっくりしないで!とりあえず…
「 ぅわぁ〜!知らなかった…僕、こんなにカッコ良かったんだ… 」
さすがはチョ・ウンソプだった。
予測不能さでは右に出るものがなかった。
常識的に非常識なことを説明しようとしたテウルは、口をつぐんだままウンソプとヨンを交互に見た。
するとヨンは表情一つ変えずに答えた。
「 …本当に知らなかったのか? なんで気づかなかったんだ?誰も教えてくれなかったのか…?」
テウルとゴンは顔を見合わせた。
しばらくして、ハッと正気を取り戻したウンソプが頭をかきむしった。
「 わぁ〜!じゃあ、例の話は本当に全部事実だったんですか…!?本当に大韓帝国があって、アーサー王が本当に皇帝なんですか? …あ、そうか、なるほどお前はボディーガードだな?そうだろ!? 」
「 違う!…そういうお前は義務兵役中か? 」
社会服務要員のジャンパーを見下ろしながらヨンが聞いた。
「 うん。」
「 はぁ…ここは徴兵制なのか。 」
ウンソプが目を丸くした。
「 何言ってんだ。まさかお前のところは違うのか? 」
「 私たちは志願兵制だ。」
「 マジかよ…!!え、じゃあ軍隊に行かなくて…も…???」
二人の会話を聞いていたテウルはため息をついた。
話が長くなりそうだった。
ゴンが選んだテコンドー道場は別世界から来た人を隠すのに安全な場所ではないようだったし…
そこでテウルが選んだ安全な場所は、ウンソプの家だった。
ウンソプの双子の妹弟たちは夏休みで釜山の実家に帰っていたため、今は一人で過ごしていた。
みんなを率いてウンソプの家に行ったテウルは、ウンソプとヨンが一つの世界で共存するための規則も決めた。
二人が一緒にいるのを他人に発見されてはいけないので、昼にウンソプ、夜にヨンがそれぞれ出入りすることにした。
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言い争う二人を残し、テウルはゴンを連れて外へ出た。
携帯電話を渡す為だった。
今回はどのくらい滞在するか分からないが、大韓民国にいる間は少なくともゴンと自由に連絡できることを望んだ。
以前ゴンが大韓民国にいた間に何度か訪れたチキン店で、ゴンお手製のソメク(※)を飲みながらテウルはその新しい携帯に必要な番号を登録した。
テウル、シンジェ、ウンソプ、ナリ、テコンドー道場まで。
ゴンに必要な数少ない番号を登録した後、テウルは携帯をゴンに差し出した。
「 私は誰かさんとは違って安月給だから、十二回払いで買ったの。壊さないように大事に使ってね。ここで必要な番号は全部登録しておいた。」
「 用意周到だな。……君の“兄貴”の番号がなぜ入ってるんだ? 」
自分がいない間、携帯を買って待っていたテウルに切なくなりながらも、嬉しくて笑っていたゴンの口元が一気に下がった。
不満そうに聞くゴンに、テウルは呆れながら説明した。
「 この世界のその5人はどんな状況でもイさんを助けてくれる。中でも兄貴は一番信用できて頼りになるはず。」
「 君じゃなくて? 」
「 私は国民が先。」
憎らしげにテウルを睨みながら、ゴンはまっすぐにボタンを押した。
一体誰に電話をかけるのかと思ったテウルは、すぐに鳴り始めた自分の携帯に眉を上げた。
「 イ・ゴン 」と登録しておいた番号が画面に出ていた。
早く取れと言わんばかりに目で急かすゴンに、テウルは仕方なく通話ボタンを押した。
「 君か? 」
「 切るよ。」
「 切るな。こういう事に憧れてたんだ。 」
「 こういう事って…? 」
「 君とのこんな日常で、こうやって電話をかけたり受けたり… 」
「 ……。 」
「 “今日は何をしていたんだ?”と聞いたり、“君にとても会いたい”と伝えたり… 」
自分を待っていてくれたテウルへの想いがゴンの口から溢れていた。
その時、チキンを持ったアルバイト店員が2人の座っているテーブルに近づいてくるのが見えた。
テウルは一気に答えた。
「 私も 」
テウルの答えはゴンの胸をいっぱいに満たした。
嬉しい気持ちで満たされるとこんなにも心が騒ぐのだと…ゴンは改めて思い知った。
テーブルの上に届いたチキンを手に取って、テウルは言った。
「 食べ終わったら行くところがあるの。」
「 ……? 」
「 ずいぶん前から計画してた日常よ。」
※ソメク(소맥)…焼酎 (소주:ソジュ)をビール(맥주:メクチュ)で割った飲み物のこと。 酒を酒で割るアルコール度数の高い飲み方で「爆弾酒」と呼ばれる。
ザキング 永遠の君主
16.「花が咲かなくても」