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ザキング 永遠の君主 19. 「スモモの花の残像」

「 ハ・ウンミ殺人事件」の容疑者の一人、パク・ジョングがついに逮捕された。
テウルとシンジェ、チャンミが数日間張り込んだ成果だった。
しかし、取り調べを受けるパク・ジョングをマジックミラー越しに見守る面々の表情は暗かった。
パク・ジョングが引き続き容疑を否認していたのだ。

自分が行った時にはすでに死んでいて、取り乱して生死を確認しようと触れた時に血がついた、という主張だった。
パニック状態だった為に通報することもできなかったという言葉がどこまで本当かは分からなかった。

しかし、パク・ジョングを犯人と断定するには難しい部分も確かにあった。
パク・ジョングはハ・ウンミから「500万ウォンを返せ」というメールを受けて家に行ったという。
500万ウォンなど借りた覚えのないパク・ジョングとしてはとんでもない話だったからだ。

解剖検査の結果、死亡推定時刻はメールが送信された時刻より前であることが判明し、メールはハ・ウンミが送ったものではない可能性が高くなった。
パク・ジョングよりチャン・ヨンジへの疑いが強まっていた。
シンジェは苦々しい表情でマジックミラーの中の取り調べを見守っていた。


「 やはりチャン・ヨンジが有力容疑者では?所在を調べて身柄を確保した方が… 」


だがパクチーム長は首を横に振った。


「 逮捕しても48時間しか拘束出来ない。犯人だという決定的な証拠は何もないんだぞ? 何か出たってのか?」


シンジェは頷いた。
検死の結果が出てから、シンジェは現場で発見されたチャン・ヨンジの所持品を調べ直していた。


「 出ましたよ。チャン・ヨンジが読んでいた台本を見ましたが、今回の事件と同じ殺害方法が出てきます。 血痕のついた服を屋上で燃やして証拠隠滅を図るシーンもあったので、マンションの屋上も調べてみる価値はあるかと。」

「 台本を読んだ?」

「 タイトルがいいんですよ。“マグマの欲望” 」

「 おお、おいおいもう面白いじゃないか。内容がとても気にな··· おい、誰か電話が鳴ってるぞ。」


シンジェと会話しながらパクチーム長が音の出どころを指摘した。
テウルの携帯電話が鳴っていた。
テウルはすぐに後ろポケットから携帯を取り出し確認した。

チャン・ヨンジからだった。


「 はい、鐘路警察チョン・テウル警部補です。 」


チャン・ヨンジの声を聞くテウルの目が徐々に大きくなった。
電話を切りながら、テウルは虚しく額に手を当てた。



「 チャン・ヨンジ…自首するそうです。」 





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シンジェが推測した通り、ハ・ウンミが住んでいたワンルームマンション屋上の鉄製ゴミ箱には、ハ・ウンミの血痕のついた服を燃やした跡がそのまま残っていた。
服はチャン・ヨンジのものだった。

パク・ジョングに金を借りたかのようなメールを送ったのもチャン・ヨンジだった。
お粗末な一方で用意周到だった。
何だかやけに目茶苦茶だった。
しかし、証拠も自白もあるためにチャン・ヨンジはすぐに殺人容疑で逮捕された。
殺害動機は簡単で、「 嫌いだった 」から。
彼氏に罪をかぶせようとした動機も同じだった。

テウルは釈放されたパク・ジョングと一緒に警察署の建物の外に出た。
どのみち殺人犯の殺害動機を刑事のテウルか理解することなどできない。
ただ、あれほど熱心に隠蔽工作をしていたのにあっさり自白したチャン・ヨンジが、なんの恐れもないように見えたのが不可解だった。


「 俺は最初からアイツが犯人だと思ってたんですよ。はぁ…友達を殺すなんて、怖い女だ… 」


パク・ジョングはぶつぶつ呟きながら歩いていた。
彼を駐車場へ案内していたテウルが足を止めて言った。


「 愛する人を亡くしてお辛いでしょうが、一言だけ申し上げます。 こんな事は二度と起きるべきではありませんが、次はすぐに通報してください。」

「 愛してなんかいませんよ。ちょっと遊んだだけです。」


自分がやられたわけでもないのに、テウルは腹立たしい気持ちになりパク・ジョングを睨みつけた。
パク・ジョングはテウルの視線など気にもとめず、チャン・ヨンジの悪口を並べ立てるのに余念がなかった。


「 ヨンジは女優の卵とか言ってましたけど、携帯を2台持ってたし、多分ホステスです。」


しかし意外な言葉がテウルの足を引き留めた。


「 今、何て言いました…?チャン・ヨンジさんが携帯を2台使ってた?…もしかして、その内一つは2G携帯でしたか!?」

「 知りませんよ。俺は死んだウンミから話を聞いただけです。あー、死ぬと分かってたらもっと早く別れたのに…クソッ、マジでついてないな。」


その瞬間、
不意打ちにあったパク・ジョングがふらついた。
殴られた顔がかなり痛いのか、パク・ジョングは頬を撫でながらテウルを睨むとカッと叫んだ。


「 クソ女…気でも狂ったのか!!頭イカれてんのか…!?警察が警察署の前で市民を殴るのかよ!!」

「 故人に対する最低限の礼儀は守って。これ以上巻き込まれたくなければさっさと失せな。私も早くこの事件から抜け出さなきゃならないの。」


テウルは急いで署に引き返した。
本能が、この事件に何かあると言っていた。





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「 1834番、面会!」


扉が開き、刑務官がチャン・ヨンジの番号を叫んだ。
一方の壁に背をもたせたまま床に座っていたチャン・ヨンジは、待っていたかのように立ち上がった。
その時、点っていた明かりが停電した。
チャン・ヨンジは顔を上げて真っ暗になった部屋を見回した。


「 …これはなんなんですか?」

「 黙ってついてこい。」


チャン・ヨンジは尋ねたが、刑務官からは相手にする価値もないというような返事だけが返ってきた。
チャン・ヨンジは仕方なく刑務官の後について部屋を出た。

ところが、刑務官に連れられて行った場所は面会室ではなかった。
どこかのドアを開けた刑務官が、チャン・ヨンジを部屋の中に押し込んだ。
暗い部屋に閉じ込められたチャン・ヨンジは、緊張した目で部屋の中を見渡した。
窓の外から差し込んだ微かな光で、かろうじて部屋の中の物を見分けることができた。
古い洗濯機と囚人服が所狭しと積まれている洗濯室だった。

すると暗がりからゆっくりと、スーツ姿の男が姿を現した。
男は靴音をたてながら近づいてきた。


「 自首してどうする?」


陰惨な声だった。
大韓帝国で古びた書店を運営するユ・ギョンムと同じ顔。
男は大韓民国でイ・リムに仕えるユ・ジョヨルだった。
チャン・ヨンジは彼を見て驚きもしなかった。
彼が訪ねて来ると分かっていたから…


「 自首したおかげで会えたじゃないですか。他に方法がなかったんです。 こっちからはおじさんに連絡出来ないし、隠れる場所もない。他にどうしろと?」

「 携帯は?解約したから回収しないと… 」

「 もちろん、ちゃんと隠しておきましたよ。 あれは私の唯一の希望だから。で、いつ出してくれるんですか? 」

「 どこに隠したんだ? 」

「 それは秘密です。私はいつ”あっち”に移れるんですか?」


チャン・ヨンジが図々しく聞いた。


「 そんなに向こうに行きたいなら殺人をするべきじゃなかった。」


ジョヨルの仕事は一つだった。
別世界の自分を殺してでも新しい人生を歩みたいと願う人々を誘惑し、準備をさせ、送る。
大韓帝国に関する情報教育と命令指示は2G携帯でのみ行われた。


「 それも他に方法がなかったんです。 ウンミに携帯の音声を聞かれてしまって。だから早く出して下さい。私が警察に携帯を渡す前に…できますよね? 」

「 …不思議だよな。拘置所が停電したなんて話を聞いたことあるか?」

「 どういう…意味ですか。これは停電じゃないんですか…?」

「 必要に応じて付けたり消したりするんだよ。それが何でも…カチッとな。」


チャン・ヨンジは青ざめ、震える目でジョヨルを見つめた。
自らの欲望で別世界の自分を殺し、新しい人生を獲得した彼らはイ・リムの足元で忠誠を誓うしかなかった。
そして彼らはイ・リムに、二つの世界を意のままに操る力を与えた。
ジョヨルが骨の折れる仕事を繰り返す理由だった。


「 よく考えろ…携帯をどこに隠したのか。 思い出したら連絡を。」


ジョヨルの口元が残忍に上がった。





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イ・リムだけが二つの世界を行き来しているのではない。
そうだろうとは思っていたが、思ったよりも多くの人間が世界を越えてきていた。
ゴンは、目の前の縛られた男を見下ろした。

男は、ヨンと一緒に昼食を食べようと立ち寄った食堂で偶然遭遇した人物だった。
平凡な大韓民国の人間なら当然気づかなかったはずのゴンの顔を、店のオーナーだった男は一目で見抜いた。
「 陛下 」と呼ぶところを辛うじて止めたが、すでにその震える目と声にゴンが気づいた後だった。

ゴンは食事をせずに真っ直ぐ席を立ち、ヨンを裏口に待機させた。
そして逃げるように出てきた男をヨンが捉えた。
男はヨンの事までをも知っていた。
これ以上確実なことはなかった。

空きビルの地下室に引いてきたその男の体を探ると、さまざまな所持品と共に2G携帯が出てきた。


「 何者だ。大韓帝国の国民がなぜこの世界にいるのか、経緯を聞こう。」


男は膝をついたまま、頭を横にして笑った。


「 陛下もここにいらっしゃるではないですか。」


ゴンは鋭く男を睨みつけた。
男は大韓帝国の人間であり、大韓帝国民であることがバレると逃げようとした。
そしてゴンに向かって強烈な敵意を見せる。


「 守りたいものが命ではない所を見ると、君は訓練された人間だな。 逆賊イ・リム側の者か…奴は今どこにいる?」

「 父親にそっくりだ…お前の最後も父親に似ているかな… 」


全てを理解した瞬間だった。
イ・リムに古くから仕える者…
謀反の夜に父の血を踏んだ者の一人…
リムは自分に従った者たちに、こうして別の人生をプレゼントしたのだ。
新たな人生を生きるために。

大韓民国のイ・ソンジェが死んだように、大韓民国の誰かがそうして死んでいったのだ。
多くを堪えて拳を握りしめたゴンだったが、ヨンは我慢できずに男の顔に拳を振り下ろした。


「 父の血を踏んだ代価としてここに来たんだな… 」


「 それが均衡だ…!正しい道で理にかなっている。あらゆるものを持って生まれたくせに、たかが父親一人いないぐらいでガタガタ言うな!!」


口元から血を流し叫ぶその男は、悪に支えられていた。
大韓帝国での生活がそれほど正常でなかったことは推測できる。
もう一度拳を振り上げたヨンを、ゴンは制止した。


「 その均衡を支配できるのは神だけだ。貴様らがしている事はただの殺人だ…胸に刻め。 」


地を這うような低い声でそう言ったゴンは、ヨンに命じた。


「 この者は大韓帝国に連れて行く。」


その言葉を聞いた男は途端に足掻きだし、「 ここで殺せ 」と喚き叫んだ。
大韓帝国に行けば、逆賊残党である男の最後は火を見るよりも明らかだった。
ゴンは冷たい目で男の2G携帯を見た。


「 登録された番号が一つもないということは、この電話は連絡を受ける為だけの物か。待てばいつかはかかってくるだろう………自害しろ。自決命令だ。」





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複雑な表情でゴンはナリのカフェに入った。
男を連れて行った地下室は、ナリが貸したビルのものだった。

“この世界ではどんな状況でも助けてくれる5人”

そのうちの1人だとテウルは言っていたが、本当だった。
ゴンはカウンターの上に、亀をかたどった大きな金塊を置いた。


「 当分の間、君のビルは私が借りよう。助けてくれて感謝する。 」


驚きで見開かれたナリの目は、拳ほどの金塊に釘付けだった。
ゴンは普通の人間ではないと思っていたが、この前の借金は宝石で返し、今回は金だった。


「 足りなかったら言ってくれ。もし残るなら、コーヒーを1杯くれないか? 」


2杯でも良かった。
ナリはすぐに頷いた。
そしてちょうどその時、2杯入れるべき出来事が起きた。


「 2杯あげないと…テウルさんが来ましたよ。」


テウルという言葉にゴンは振り返った。
コートのポケットに手を入れたまま、疲れた様子でこちらに歩いてくるテウルと目が合った。
二人とも、容易ではない一日を過ごした後だった。
話も山ほどあった。
それでも、こうして互いの顔を見ただけで、まずは心が満たされ慰められた。
テーブルに座り、ゴンはテウルに向かって優しく尋ねた。


「 張り込み捜査は上手くいったか?犯人を捕まえたそうだな。」

「 あ、まさか·····またチョ・ヨンに尾行させたの?」


その事実までバレるつもりはなかったゴンは慌てた。


「 あ…ああ、ほんの少しだけ。でもヨンが忙しくなるからもう付けられない。だから今後は君の”兄貴”と必ず一緒に行動するように。 本心じゃない…仕方なく言ってるんだ。」


「 チョ・ヨンを付ける付けないの話じゃない。」

「 違うのか?」

「 どうせ誰かを付けるなら、あなたが直接来るべきでしょ。」

「 あ…私もそうしたいが、無理だろう。どこにいても私は目立つ。私がそこにいるだけで急に場が華やかになってしまうだろ?今もそうだと思うが… 」

「 ナリ〜!飲み物はまだ??キンキンに冷えたやつを出して!早く!! 」


テーブルに近づいてきたナリは笑いながらコーヒーを置いた。
ナリが離れると、テウルはゴンから預かっていたイ・リムの遺体検案書と指紋確認書をテーブルに置いた。


「 これ、調べてみたんだけど。名前はイ・ソンジェ。95年にある療養院で亡くなってた。療養院が最後の記録だけど、資料は残ってなくて…死因は自然死だった。」

「 小児麻痺は? 」

「 患ってた。」


ゴンの口元が下がった。
やはり自分の考えた記号が合っていたのだ。
ゴンは暗い顔で聞いた。

「 この人の家族は? もしかして、そこに……私がいたのか?」

ここが並行世界だと知った時から同時に予感していたゴンだった。
テウルは複雑な心境で首を横に振った。


「 ···今はいない。8歳で亡くなった。」

「 そうか。一番最初に自分を殺して、次に私も殺したんだな。他の家族は? 例えば、イ・ソンジェの弟やその妻は… 」

「 弟も亡くなってる。弟の妻は……生きてる。」


予想していた事とはいえ、どの世界にも父の顔をした人がいないという現実は、ゴンにとって決して大丈夫な事ではなかった。
本当のことは理解できないとしても、テウルにはゴンの喪失感がある程度理解できた。
ゴンの悲しみはテウルの悲しみでもあったから。
大韓帝国で母の顔を探そうとしたとき、見つけられずに感じた挫折感が思い浮かんだ。

自分の親族を殺し別世界でも親族と同じ顔をした人たちを殺したイ・リムが、テウルには悪魔のように感じられた。
いや、悪魔だった。


「 大丈夫…?」


心配そうなテウルの質問に答える代わりに、ゴンは生きているというイ・ソンジェの妻について尋ねた。


「 イ・リムとイ・ソンジェの家系が同じなら、その弟の妻は私の母上と同じ顔をしているはずだ。」

「 ……名前はソン・ジョンヘだった。」


ゴンはしばらく考えてから、硬い表情で頷いた。


「 たくましいね…少し安心した。」

「 これはきっと長い戦いになるな。」

「 明日の昼は空いてる?ソン・ジョンヘさんの住所を尋ねてみようかと思ったんだけど…これは共同捜査でしょ? 」

「 命令に従うよ。」


そう言ってゴンはにっこりと笑った。
ゴンの強さがテウルにまで伝わった。


「 本当だ… 」

「 何が? 」

「 そっちの方が華やかになった。」


予想外の言葉だった。
油断していたゴンはテウルの言葉に思わず顔を綻ばせた。
やはり見ているだけで慰められた。
一緒にいれて良かった。

ゴンの笑いが伝染したように、テウルも晴れやかに笑ってみせた 。





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混乱を隠せないまま、シンジェは署の廊下を歩いていた。
昼間、キョンランからテウルに渡してほしいと言われ預かった身元照会書類を見た。
25年前に死亡したイ・ジフンという8歳の子供に関する追加資料だった。
テウルが突然25年前の事件を調査し始めたことも怪しいと思ったが、めくった書類の中の子供の顔が不思議なほど目に止まった。
シンジェはその足でまっすぐ納骨堂に向かった。
そして納骨堂でもう一度子どもの遺影を確認し、たった今戻ってきたところだった。
どこで見たのだろうか…
見知らぬ顔のはずなのに、なぜか見覚えがあった。

ちょうどその時、シンジェは退勤時間を迎えてウキウキと廊下を歩いているウンソプを発見した。
ウンソプは初めて見るコートを着ていた。

ヨンのコートだった。
自分と同じ顔なのに、ヨンが着ている姿が特別格好よく見えたので、ウンソプはこっそりコートを着て出てきたのだ。
コートを着てみたかっただけなのに、ポケットの中にヨンの携帯電話が入っていて困った。
携帯を触ると、顔認証機能が働きあっという間にロックが解除された。
改めて驚くべきことだった。
ロックが解除され現れた待受画面は、海軍時代にヨンとゴンが撮ったツーショット写真だった。


「 なんだ?わぁ…ボスと撮った写真を待受にしてるのか?こいつイカれてるぜ。ヤバいやつだな〜これはアウトだろ〜… 」


と、うだうだ言うウンソプの後ろにはシンジェが立っていた。


「 誰が 」

「 はぁッ!びっくりした〜!!なんだ兄貴かぁ〜〜 」

「 退勤か?」

「 18時ジャスト!今日は定時退勤〜!明日は永遠に退勤〜♪♪ 」

「 明日除隊だったな。祝ってやるから携帯をよこせ。」

「…うん?携帯?あー…新しく買い替えたばっかりで… 」

「 妙な写真が見えた。奪うか?そのまま見せるか? 」

「 あ〜、それが。実は…その……アーサー王っていたじゃないですか?あの兄貴がまた来てて… 」


ウンソプは携帯をぎゅっと握りしめたまま必死に言い訳をした。
しかし、刑事のシンジェには勝てなかった。


「 そこ動くな… 」


シンジェはウンソプの手から素早く携帯を奪うと、すぐにウンソプの目の前にかざした。
すると瞬く間にロックが解除され、ホーム画面が表示された。


「 その…一緒に記念写真を… 」


焦ったウンソプが言い繕った。
なぜウンソプが海軍の制服を着ているのか、いつ撮った写真なのか、その問題は後回しだった。
シンジェの視線は、海軍の制服の上に飾られたスモモの花の階級章に向けられていた。

まただ…
また、ゴンからスモモの花模様が見つかった。
古い謎の鍵はゴンにあるかもしれない。


「 俺は今長く話せる状況じゃないんだ。いいからこいつが今どこにいるかだけ言え。」

「 ………ホテルです。僕の家にいたんですけど、チビ達が戻ってくるって聞いて僕の名前でチェックインしたんです。」


「 じゃあお前と行けば鍵が受け取れるな? 」





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電気の消えた暗い部屋…
ゴンが泊まるスイートルームに、シンジェは足を踏み入れた。

携帯のフラッシュライトをつけたシンジェは辺りを捜索し始めた。
ドアを開け寝室に入ると、ベッドの上にはゴンのコートが置かれていた。
コートのポケットを探るとゴンの携帯が出てきた。
ロックもかけていない携帯には、テウルと自分を含むテウルの知人5件の電話番号だけが登録されていた。

シンジェは顔をしかめると携帯をベッドの上に投げ、さらにコートを探った。
すると、内ポケットから青黒い封筒が出てきた。
そこにあった”大韓帝国皇室”の文字とスモモの花の模様に、シンジェは目を見開いた。
中に入っていた書類を広げて明かりに照らしてみると、それは遺体検案書だった。
そして書類の端にはまたしてもスモモの花模様が見えた。

頭の中が混乱した。
この模様は一体何なのか。
ずっと探してきたが見つからなかったこの模様が、ゴンからは次々と現れる。
幼い頃の記憶の断片がフラッシュバックし、目眩がした。

その瞬間、誰かの手がシンジェを襲った。
シンジェは本能的に身をかわした 。
部屋の中に侵入したシンジェに向かって鋭い攻撃を飛ばしたのは、ヨンだった。

シンジェとヨンは一寸の譲歩もなく、互いの攻撃を防ぎながら激しく対峙した。
ヨンの勢いに押し出されたシンジェの体が壁面のスイッチを押すと、閉じていたカーテンが開き始めた。
開いたカーテンの間から、一気に外の光が暗い部屋へ差し込んだ。
明かりに照らされた相手の顔に、シンジェは驚愕した。


「 ウンソプ…お前、今さっき俺とロビーで…… 」


自分を攻撃してきたのがウンソプだと思ったシンジェは戸惑いを隠せなかった。
ヨンは冷たい表情でシンジェを睨みつけていた。


「 誰だ…お前、ウンソプじゃないな… 」


その時、カードキーをかざす機械音と共にドアが開く音が聞こえた。
シンジェが反射的に音の方向へ顔を向けたその隙を逃さず、ヨンはシンジェが握っていた書類を奪い取った。


「 これは一体どういう状況だ? 」


ラフな運動着姿のゴンがシンジェにゆっくりと近づいた。


「 この者が陛下の寝室を探っていました。」


シンジェを制圧した手を放し、ヨンはゴンに遺体検案書を渡した。
遺体検案書を確認したゴンが顔を上げた。
そこには皇室の紋章が鮮明に写っていた。

以前にもシンジェがマキシムスの鞍に刻まれた紋章について尋ねてきたことがあったのを、ゴンは覚えていた。
皇室の紋章だと事実通りに答えたが、シンジェが信じるはずはなかった。


「 君は以前からこの模様を追っているが、これが何かは分からない…そうだろう? 」

「 何だ 」

「 これは私の皇室の紋章だ。 」

「 黙れ。ただの身元不明者のくせに…!」


カチャッ


シンジェがそう吐き捨てるや否や、ヨンはシンジェに向け銃を構えた。
一目見て本物の銃だと分かった。


「 こいつ…銃まで持ってるのか?お前ら一体何者だ…? 」

「 言えば、今度こそ信じるのか?すでに何度も話したはずだ…私が何者か。 」

「 デタラメ言ってないでちゃんと答えろ!…お前の皇室?そんなもんどこにある!? 」

「 ここではない別の場所に。正確には、別世界に。」


真実を語るように、ブレる事なく真っ直ぐに、ゴンは同じ答えを出した。
ゴンはシンジェに一歩近づくと、再び尋ねた。


「 君の質問には全て答えた。今度は君が話す番のようだが? 」


むしろ追及される人のように、シンジェの目が震えた。
混乱に耐え切れない目だった。
しかしそれは、ただゴンの話を信じられなかったからではない。


「 何なんだお前は…誰なんだ…お前が…イ・ゴンなのか…? 」


震える声で辛うじて聞き返した。
大韓帝国の人間が呼んではならない名前なら、大韓民国の人間が知ってはならない名前だった。


「 チョン・テウル警部補は…君にそんな話まで…? 」

「 テウルも…知ってるのか?」

「 彼女から聞いたんじゃないのか…? 」


夢だと思っていたことが…
幼い頃死にかけたせいで残った後遺症だと思っていたことが…
夢でも後遺症でもない現実の記憶である可能性。
シンジェはその場に呆然と立ち尽くした。
納骨堂で見たジフンの顔に見覚えがあったのは、ある日の記憶のせいだった。


スモモの花の紋章が刻まれた白い旗が、道のいたるところにはためいていた。
その日は、8歳で父を亡くし皇帝の座に就いたゴンが即位式を終え、26日に渡る哭礼(※こくれい)の儀を執り行っていたある日だった。
大きなテレビが何台も置かれた家電製品店のショーウィンドウ前で、シンジェは母親を待ちながらそのニュースを見ていた。
自分より幼い子が、喪服のまま声を張り上げ泣いていた。


「 あの泣いていた子供が…本当にお前なのか?お前が本当に…イ・ゴンなのか…? 」


シンジェはゴンの慟哭(※どうこく)を聞いていた。
ゴンはすぐに答える事ができなかった。
時空を越えて来た者が、想像以上に多かった。


「 答えろ!! 」


混乱のあまりパニックに陥ったシンジェが、叫びながらゴンに掴みかかった。
と同時に、ヨンは銃口をシンジェの頭に突きつけた。


「 手を放せ、死にたくなければ。 」


「 一つだけ確かなのは… 」


ゴンは静かに答え始めた。
テウルはゴンがこの世界に足止めされる理由だった。
そして目の前のシンジェは、ゴンがこの世界にいてはならない理由だった。


「 君は、私が私の世界に戻らなければならない理由だということだ。おそらく私は…君の祖国の皇帝だ。」


沈黙に包まれた部屋は混乱に陥っていた。
運命は、足早に迫っていた。




※哭礼(こくれい)の儀…朝鮮半島における葬儀のしきたりの一つ。故人が息を引き取った後から葬儀の期間中、朝夕に大声をあげて泣く儀式。

※慟哭(どうこく)…嘆き悲しみながら大声を上げて泣くこと。





ザキング 永遠の君主
   19.「スモモの花の残像」上巻.終

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