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ザキング 永遠の君主 17. 「共同捜査」

テウルが計画した日常は、射的場に立ち寄り新しいライオンのマスコットを手に入れ、夜の街を散歩する日常だった。
テウルは与えられた7発すべてを的に命中させ、ゴンが取った手の平ほどのキーホルダーではなく、体ほどの大きなぬいぐるみを手に入れた。
自分とは比べ物にならない驚くべきテウルの射的の実力にゴンは少し困惑したが、すぐに胸がいっぱいになった。
大きなライオンを胸に抱いて満足げに微笑むゴンを見て、テウルは笑いながら尋ねた。


「 なんであのマスコットが好きなの? 」

「 ライオンだろ。似てるじゃないか、君と。勇敢でカッコよくて… 」

「 ああ、そういう意味。」


テウルの肩が上がった。
再会してからまだ半日も経っていないのに、すでに何度も笑った。
ゴンはテウルの肩に手を伸ばした。
二人は普通の恋人のように並んで歩いた。
こんな平穏な瞬間だけは普通の日常に浸れるような気がした。
家の近くにまで来た時、テウルはしばらく延ばしておいた話を切り出した。
再会したらすぐに聞こうと思っていた話だったが、これくらいの余裕と贅沢はしてみたかった。
許してほしかった。


「 腕を緩めずに答えて。」

「 絶対に。」

「 会ってすぐ聞きたかったのを我慢してた。刑事の私もいるけど、イ・ゴンを待ってた私もいるから。」


立ち止まったゴンは驚いた顔でテウルの顔を覗き込んだ。
肩をつかむゴンの顔が一瞬にして固まっていた。
実はゴンにも先延ばしにしていた話があった。


「 何かあったのか? 私のせいで危険な目に? 」

「 ……危険な事が起こるんだ。だから来たんだね。」


平和な日常を共有するにはもう少し時間が必要そうだった。
視線を交わすゴンとテウルの目には緊張が走っていた。


「 何があったんだ。」

「 もしかして…そっちの北部にKスタジアムというドーム球場はある?16,890席の。」

「 どうしてそれを君が知ってるんだ。それも検索したのか…?」


あるんだ…
テウルは困惑していた。
ゴンに説明する必要があった。
テウルはポケットの中のUSBを握りしめ、すぐにゴンを連れて家へ向かった。

いつもテウルの家の庭先だけをうろついていたゴンは、この日初めてテウルの部屋に足を踏み入れることができた。
たとえそれがデートではなく他の目的のためだったとしても、嬉しかった。
ゴンは部屋の中を見渡した。
テウルの子供時代の家族写真、テウルが読んだはずの本…テウルが愛する物で溢れた部屋だった。

ゴンはテウルのベッドにライオンのぬいぐるみを置いた。
二人は机に座り、ノートパソコンに接続されたUSBの音声ファイルを聞いた。
長く聞く必要もなかった。
ゴンにとってはなじみのあるアナウンサーの声で、大韓帝国のニュースに違いなかった。


「 間違いない? 」

「 ああ、私の世界のニュースで間違いない。これはここで発見したのか…? 」


ゴンの表情が深刻になった。


「 この事を他に知っている人は? 」

「 今のところ私一人だけ。誰にも言えないでしょ…話しても信じないだろうし。 」

「 君はどうしたい? 」

「 調べないと。これはイ・ゴンに出会う前から追っていた私の事件だもの。」


勇敢なテウルが好きだった。
しかし今この瞬間は、勇敢ではないテウルでいて欲しかった。
その勇気が不安でたまらなかった。


「 思っている以上に危険かもしれない。 」

「 だからそのまま伏せようかと思った。でも私が伏せたら、これは永遠に葬られてしまう。この世界でこれを知っているのはたった二人…私と犯人だけだから。」


しかし、いつもゴンが考えるよりテウルはもっと勇敢で、素敵だった。


「 二つの世界がこんなふうに混ざり合っちゃダメでしょ?それぞれの時間が流れないと…だけど、二つの世界はすでに交差し始めていて、私はそれを知ってしまった。選択肢なんてない…私は大韓民国の警察官だもの。」


テウルを危険から遠ざけることはすでに不可能だった。
ゴンに出会った瞬間からテウルは危険にさらされていて、そしてテウルは正義の前に恐れを持たない人だった。
一世界の皇帝としてゴンが持つ責任感と同じくらい、テウルは自分が存在する世界に責任感を持っていた。

テウルが自分を恨むのではないかとゴンは心配していたが、杞憂に終わったようだ。
目を細めて自分を見つめるゴンに、テウルは努めて明るく微笑んだ。
ゴンの心配などテウルは知る由もなかった。

しかしこの事件は今までテウルが扱ってきた事件とは、それこそ「次元」が違う事件になっていた。
計り知れない巨大な宇宙を前にすると、テウルにも不安が襲ってきた。
それでも、きっとゴンは知らないだろう。
もともと勇敢なテウルが、今この瞬間もう少し勇敢になれるその理由が、“ゴンのそばにいるから”だということを。


「 だから知ってる情報は全部教えて。これは私たち二人だけの共同捜査なんだから。」

「 …指揮体系はどうするんだ? 」

「 決まってるでしょ、私のほうが上!ここでは私が命令する。」


ゴンは小さく笑って上着の内ポケットから何かを取り出した。
持ってきたのはイ・リムの遺体検案書のコピーと指紋確認書1枚だった。
文書を確認したテウルの指先がかすかに震えた。


「 “イ・リム”って··· 」

「 ああ、例の逆賊だ。生きていれば69歳…年齢、血液型、指紋が一致する者を探して欲しい。私の世界では謀反の翌年に遺体で発見されたが、その遺体は別人だった。」


テウルの瞳が揺れた。
知らなかったら想像もできなかった事だ。
死んだ人間がどうやって生きているというのか。
しかし、すでにテウルも知っていた。
世界と世界を超える扉があるということを…
そしてその世界には”同じ存在”があるということを…


「 イ・リムはここで生きてる…死んだ人間に代わって。」

「 そうだ。彼が大韓民国で24年間何をしていたのか突き止めなければ… 」

「 分かった、調べる。その代わり、調べ終わるまでの間17の約束を守って。目立たないよう静かにしていること!人目につかないこと!自分は皇帝だと言いふらさないこと!チョ・ヨンをちゃんと管理すること!銃を使用しないこと!移動するときは必ず連絡すること!……残りはまた思いついたら言う。」

「 命令に従うよ。私が君にして欲しい約束はたった二つだけだ… 」


何を言うのかという目でテウルはゴンを見つめた。
複雑な表情をしたゴンはしばらくためらった後、重い口を開きこう言った。



「 “来るな”とは言わないでくれ。 “行くな”とも… 言わないでくれ。」

「 ……。 」

「 私は二つの世界を行き来しなければならない。 君にその言葉を言われたら、私は何もできなくなってしまう。」


愛する人が少し遠い場所に離れているだけで、人は疲れてしまう。
ところが、テウルとゴンの間には理解出来ない次元が巨大な壁のように立ちはだかっていた。
壁の前でテウルが苦しんだり、疲れたりしないよう願った。
利己的な感情なのは分かっている。
それでも、皇帝となる身に生まれ育って初めて持った利己的な感情だった。


「 決して疲れたりしないで欲しい。……こんな事を言うなんて、私は本当に情けない男だな。そうだろ?」


じっとゴンを見ていたテウルは頷いた。


「 …待て、今どの部分に頷いたんだ? ちょっとこんがらがってるんだが… 」



初めて会った日、ゴンが並行世界だとか量子力学だとか話し出した時は言葉が通じないと思った。
イカれた野郎だと思ったのは別として、自分とはあまりにも考え方が違っていた。
ところがいつの間にか、ゴンが何を考えているのか、どんな気持ちなのか、読み取れるようになっていた。
テウルも同じだったから。

テウルはにっこり笑って話を逸らした。


「 もう帰って。チョ・ヨンの首が飛びそう。ボスがどこにいるか分からなくて探し回ってるんじゃない? 」

「 私の居場所をヨンが知らないとでも?」


勢いよく席から立ち上がったテウルは窓の外を見てから周りをきょろきょろと見回した。


「 …ここでも尾行してるの?」

「 君にも気になることが出来たようだな。じゃあ行くよ。」


ドアの外に出ようとしたゴンをテウルが慌てて呼び止めた。


「 もう一つ気になることが出来たんだけど…!私、本当にそっちの世界にいないの? 」


ゴンは立ち止まった。


「 ウンソプとチョ・ヨン、ナリとあの職員、ましてやイ・リムまで同じ顔がいるのに、私は本当にいないの? 」


ゴンは否定も肯定も出来ないまま立っていた。
しかしそれが答えになった。


「 ……いるんだね。」


妙な気分だった。


「 確認してから話そうと思ったが…いるようだ、君と同じ顔の人間が。」


ゴンが部屋を出た後も、まだ見ぬ自分と同じ顔をした誰かのことが…残像のようにテウルの頭の中に残った。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





翌日、テウルは科学捜査チームの事務室前でキョンランを待った。
間もなくドアが開き、出てきたキョンランは持っていた書類をテウルに手渡した。


「 指紋と一致する人が見つかった。 イ・ソンジェ、24年前に死亡してる。 ヤンソン療養院という所で自然死したみたい。 何の事件?」


24年前に死亡…
書類を渡されたテウルの体はしばらく固まった。
推測が事実になる可能性が高かった。


「 ちょっと色々調べてて。51年生まれも一致…血液型も一致……肢体障害2級?」

「 うん、先天的小児麻痺よ。 何か気になることがあれば電話して。じゃ、忙しいからまた! 」

「 あ、うん。サンキュー 」


書類だけ渡したキョンランはすぐにまた事務室の中に入ってしまった。
テウルはお礼を言うと、書類をめくりながら歩き出した。


「 弟はひき逃げ事故で死亡、甥は滑落死·····なんなのこの家。」


一家皆殺しにあったかのようだった。
顔をしかめながら書類の次のページをめくった瞬間、テウルの足が止まった。
滑落死したイ・ソンジェの甥、”イ・ジフン”。
その幼い顔に見覚えがあった。
宮殿で見たゴンの子供時代と…同じ顔だった。


「 イ・ゴンも···いたんだね。」


掴んでいた書類の端がクシャリと音を立てた。
テウルはその足で駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。
ヤンソン療養院に行くためだった。
車を出発させる前、テウルは習慣的に身分証を確認した。
発給されたばかりの身分証は表面が擦り減っていた。
25年間ゴンが持っていた身分証だったからだ。

元々テウルが持っていた新しい身分証はどこへ行ったのか、相変らず分からないままだった。
誰が身分証を持っていったのだろうか。
並行世界、同じ顔、同じ身分証···。
誰かが二つの世界を股にかけ、同じ顔をした自分自身を殺したかもしれないという現実は恐ろしかった。

二つの世界が少しずつ交錯し始めているとするなら、均衡を保っているのは何だろう…
一体誰が、二つの世界の均衡を保っているのだろうか…

テウルは考えに没頭しながらエンジンをかけた。




       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





一方の壁がガラス張りになっているホテルのスイートルームで、ゴンは外の風景を眺めていた。
冬の太陽が差し込む広い庭の風景は決して明るくはなかったが、少なくとも平和だった。
まもなくゴンの後ろへヨンがやってきた。


「 点検は完了しました。」


この世界と状況にヨンはまだ完全には納得できていなかった。
不満そうな様子を見せながらも黙々とホテルのいたるところをチェックし、自分のすべき仕事をするのがいかにも彼らしく、ゴンはふっと笑った。


「 私の表情は点検できなかったか。当分ここに泊まるつもりだ。 今回は金を多めに持ってきた。」

「 陛下…宮にお戻り下さい。ここでは陛下を守ることができません。 ここは一体なんなんですか!陛下はいつから行き来を!?陛下、ここは私たちがいるべき場所ではありません…!」


それまでテウルとウンソプがいた為に堪えてきた言葉を、ヨンはついに吐き出した。
ゴンはそんなヨンを満足気に見つめた。

ヨンにとって重く手ごわい荷物を背負わせることになりそうだった。
ゴンが8歳の時に出会って以来、ヨンはゴンを失望させたことはなかった。
いつも忠実な臣下であり、大切な弟だった。
だからこそ申し訳なく、だからこそヨンにだけ任せることができた。


「 ずいぶん我慢したな、チョ・ヨン隊長。…ヨン、私は宮を空けることもできず、ここに来ることも諦められない。だからお前が私を助けてくれ。」

「 何を········!」

「 ひとまず私は木曜日の夜に戻るつもりだが、お前は置いて行く。だから一緒に連れて来たんだ。」

「 何の御冗談ですか!」

「 こっちの世界にあってはならない人生が、一つ加わったんだ。逆賊イ・リムが生きている可能性がある…この場所で。」


そうでなくても硬かったヨンの表情がさらに険しくなった。
信じられないというように困惑するヨンを見て、ゴンはヨンが混乱を収拾する時間をしばし与えた。
ゴンがずっと前からイ・リムの死に一抹の疑問を抱いていたことをヨンは知っていた。
だから理解するのも早いはずだ。


「 それは…どういう意味ですか。」

「 お前とチョ・ウンソプ、チョン・テウルとルナという人物…似ている顔たちに何かピンとこないか?」


何かに気付いたように、ヨンのまっすぐ伸びた眉がピクリと動いた。


「 仮に陛下の仮説が正しいとして、彼が向こうにいたら…? 」

「 私たちの世界には奴を殺す名分も、要員も揃っている。だがこの世界には何もない…お前だけなんだ。 」

「 ですが陛下!!…………………



その時、ヨンの話し声と動きが…全てが止まった。


ゴンは目を見開き辺りを見回した。
窓の外で平和に揺れていた木々が、動いていた人々が、全て止まっていた。
時間が止まったのだ。
すでに三度目だった。
ゴンは素早くこれまで分かっている事実を整理した。

もしかするとこれは、”副作用”ではなく”法則”だったのかもしれない。
どんな法則なのか…
自分が現時点で知っていることは何だろうか…
静止した世界の中で、ゴンは拳を固く握り締め考えを巡らせた。

イ・リム、息笛、時間の流れが違う次元の扉の中の世界…


「 ……!! 」


ゴンはハッとした。
鍵を持ったリムもまた、世界を行き来しているはずだ。
扉が開くたびに時間が止まるのだ。
竹林だ…竹林を塞がなければならない。

そこまで気づいたゴンは、急いでテーブルの上に置かれたメモに手を伸ばしペンを走らせた。
メモ用紙をヨンのスーツの左ポケットに入れ一歩退いた瞬間、再び時間は流れ始めた。



……私の仕事は陛下を守ることです!!」

「 ヨン、イ・リムも私のように二つの世界を行き来している。その度に時間が止まるようだ…今も止まっていた。」

全てが止まり、自分の時間だけが流れる。
鍵を握る自分の時間だけが。


「 奴はもう知っているだろう…宮が空いたということを。だが私はまだ分からない…イ・リムが戻ったのか、越えてきたのか。 私はまず戻ってそれを調べなければ。」


鍵を持ったゴンが知っているように、リムもこの事実を知っているはずだ。
リムの周りの時間も止まるはずであり、その時リムは悟っただろう。
ゴンも次元を越えたということを。

やはり危険だった。


「 …では、信じられるように証明してください。 時間が止まったことを証明してみせて下さい。」


「 左ポケットに手を入れてみろ。」


ヨンはゴンに言われた通りポケットに手を入れた。
ポケットに入れた手に何かが当たった…メモ用紙だった。
メモを広げると、ゴンの筆跡が鮮明だった。


” 証明できたか?“


ヨンは驚いたままゴンを見上げた。



「 ヨン、奴と私が分け持っている物がある。もしそれを奪われたら、奴は二つの世界の扉を開く唯一の者になるだろう。 そして…そこに私達の生きる場所はない。」


ゴンは重い気持ちでヨンの肩に手を置いた。



「 だからお前は、奴を見つけ次第射殺するんだ………命令だ。」





ザキング 永遠の君主
      17.「共同捜査」

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