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ザキング 永遠の君主 37.「君に向かっている」

突如起きた大規模事件によって強力3チームの事務所内は騒然としていた。
刑事たちが机を取り囲む中で、パクチーム長は書類を渡しながら尋ねた。


「 冷凍庫から出てきた死体は何人だ?」

「 ク・ウナの他6人です。遺体の大部分は失踪届が出されていた行方不明者でした。」

「 療養院の院長は何と言ってる…? 」

「 陳述書を見れば分かると思いますが、ずっとおかしなことばかり言っています。 自分はあの人じゃないだとか…別の世界から来たとか… 」


パクチーム長の質問にチャンミとシム刑事が答えた。
シム刑事の言葉を聞いたテウルとシンジェの表情は強張った。
パクチーム長はというと、大したことではないと思ったようだった。

「 どうせ“心神耗弱(※)”で刑を逃れようって魂胆だろう。ヤンソン療養所…1995年に名義変更をしたのか。」

「 はい。その前はクサン療養院という名で、カン・ミョンスという人物が経営していたんですが手放したようです。カン・ミョンスは数年後に詐欺・横領罪で捕まって現在服役中です。」


シム刑事の答えを聞きながら書類を渡そうとしたシンジェの手が止まった。

カン・ミョンス

シンジェの父親と同じ名前だった。
ありきたりな偶然であることを願ったが、もはや自分の人生に偶然などないということをシンジェは知っていた。
シンジェがぼんやりしている間、隣ではパクチーム長も頭が痛いこの状況を前にしてこめかみを押さえていた。


「 チョン・テウル、説明してみろ。一体この事件はなんだ? 誰からの情報で一体何がどうなって…

「 療養院の院長、ファン・ヨンソクが言った通りです。」

「 だから何が…何が言った通りなんだ!? 」

「 …違う世界から来たんです。 」


テウルは淡々と話した。
それ以外に説明のしようがなかった。
それが真実だったから…

パクチーム長とシム刑事、チャンミは何を言っているのかという顔をしていた。
それでも、テウルは他の答えを出すことができなかった。


「 他の世界ってのはどこだ。宗教の勧誘か?ETか?まさか死んだ奴が生き返…


呆れて問い詰めるパクチーム長の言葉が止まった。
シンジェが立ち上がったからだ。


「 カン・ミョンスの所に……ちょっと行ってきます。」

「 ファン・ヨンソクの後ろにいる黒幕を見つけたら全部説明しますから…! 」


テウルはシンジェの後について事務所を出た。
廊下に出たシンジェは急いでどこかに電話をかけた。


「 母さん…父さんのことで一つだけ聞きたいことがあるんだ。もしかして昔、療養院を経営してなかった?逮捕される前に… 」

ー どうしてそれを…?覚えてるの? あなたが事故にあった後に売ったから…もう20年以上前になるかしら。あの頃まだ療養院は一般的じゃなかったし、ろくなものじゃないと思ってすぐに売ったのよ。


やはり…
偶然であって欲しいと願った全てのことが、仕組まれた事件であり事故だった。
シンジェは今にも崩れそうな表情で出入り口の方へ歩き始めた。
シンジェはすでに絶壁の上に立っていた。
まるで誰かに背中を押されているような感覚だった。

テウルは危なっかしい足取りで歩くシンジェが心配だったが、呼び止めることはついに出来ず、小さくなるその背中をじっと見守った。

一人きりで警察署を出たシンジェが到着したのは刑務所だった。
事業に失敗し、莫大な借金を抱えたシンジェの父親がこの刑務所に服役中だった。
シンジェはその借金も返済中で、自分が食べていくのもやっとな生活だというのに、毎月父親宛に領置金(※)まで送っていた。
憎くても…自分を生かしてくれた父親だった。

囚人服を着て面会室に入ってきたシンジェの父親は、嬉しそうな顔一つ見せずに無関心な目でシンジェをジロリと見上げた。


「 何事だ?お前が面会に来るなんて… 」


シンジェは唇を噛み締めた。
下唇は震えていた。
すべてが間違いで、すべてが自分の勘違いであって欲しい…
本当の「カン・シンジェ」を自分の目で見ても、シンジェは道理なくそう望んだ。
真実を追い求めて刑事になったのに、あまりにも真実に背を向けたかった。
真実からどこまでも遠ざかりたかった。
シンジェはやっとの思いで口を開いた。



「 …父さんなんだろ?カン・ヒョンミンをカン・シンジェに仕立て上げたのは。 」


その瞬間、沈んでいた父親の目の色が変わった。
それは明らかな狂気だった。


「 お前…会ったのか!?あの男に…そうだろ!? 」

「 だから俺だったんだな。イ・リムには療養院が必要だったから…冷凍庫が必要だったから…!! 」

「 奴は何だって?お前を連れ戻すって!?俺のこと…俺のことは何も言ってなかったか…!? 」


狂っていた。
シンジェは父親と自分の間を遮っているガラスの壁に拳を叩きつけた。


「 ちゃんと説明しろッ!!」



「 …シンジェはもう目覚めないと言われて、母さんは絶望していた。そんな時、あの男がお前の写真を見せてきたんだ。療養院を自分に売ってくれれば息子の替え玉をやると…おまけで。 」

「 …… 」

「 あの男に伝えてくれ…!ここに一度…一度だけでいいから面会に来てくれと…!頼む…!! 」


もはや人とは思えなかった。
目を開けていても、何も見えていなかった。
彼にとって自分は「おまけ」だった。
ただのおまけ…
シンジェはおまけで人生を生きていた。

一歩進むたび、絶望に足を絡めとられるようだった。





※ 心神耗弱(しんしんこうじゃく)…精神疾患や薬物、飲酒による酩酊などにより事の是非善悪を弁識する能力またはそれに従って行動する能力が著しく減退している状態のこと。刑事裁判で心神耗弱が認定されると刑が減軽される。

※領置金…受刑者や被告人が収監される際、刑事施設に預ける手持ちの金品または差入金のこと。





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家の近くまで来たシンジェだったが、家に入る決心がつかずに周辺をうろついていた。
父親にはおまけだった自分が、母親にとってはすべてだったことを知っている。
シンジェは罪悪感に苦しむしかなかった。
自分は母親のすべてであるカン・シンジェではなかったから…

閉まっている鉄の扉を遠くからぼんやり眺めていると、ちょうど日傘を持ったシンジェの母親が出てきた。
新しく始めた仕事をしに出かけるところだった。
最近の母親は本当にギャンブルから足を洗ったようだった。
ギャンブルに溺れてシンジェを苦しめていた時も、シンジェは母親を心から恨むことはできなかった。
母親が賭博に溺れる理由も理解できたから…

長い間昏睡状態だった息子が目を覚ましたと思えば夫の事業が破綻し、一瞬にして金持ちの奥様から借金まみれの身となった。
息子さえ目覚めれば幸せだとばかり思っていた彼女の人生は、容易ではない方向へ流れていった。
彼女は自分の不幸を認めたくなくて、ただ何も考えずに座っていられるギャンブルに嵌ってしまったのだ。
あの場所に座っていれば、すべてが上手く行きそうな気がして…

病院のベッドで目覚めた日、自分を抱きしめ泣いていた彼女のことをシンジェは思い出した。
その時初めて知った。
人からもいいにおいがするということを…
だからその後彼女が賭け事に夢中になっても、警察官である自分の手で通報する羽目になった時も、見限る事は出来なかった。
心の中では彼女の息子であることが好きだった。


一 母さん…俺は母さんの息子で本当に良かったと思ってる。


ある日、シンジェの告白にファヨンは涙を流した。
ギャンブルに溺れて母親の役割を果たせていない自分を、息子は必死に受け止めようとしていた。


ー 母さんが悪かったわ…母さんが全部間違ってた。いくら苦しいからって賭け事で気を紛らわせるなんて…ごめんね、母さんを許して。母さんはあなたなしじゃ生きていけないの。今更こんな事言う資格なんてないけど…カン・シンジェ、あなたは母さんにとって奇跡の子よ…!


シンジェはその愛がありがたかった。
だからこそ本当に申し訳なかった。
いっそ言ってしまいたかった。
俺はあなたの奇跡の子ではないと…
あなたの本当の息子は今も眠り続けていると…
けれど、そんな事が言えるはずもなかった。
息子が目覚めてあれほど喜んだ彼女が
そんな事を知ったらどれほど絶望することか。

過ぎた歳月があまりに虚しかった。
シンジェを再び失うことを、彼女は何よりも恐れていた。
もうシンジェには絶望しかないというのに…

母親に近づくことすら出来ず、シンジェは下を向いた。
心は地獄のようだった。
そんなシンジェの心とは裏腹に、真っ白で華やかな日傘を差した母親は次第に遠ざかっていった。





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失意の中、テウルは力なく歩いた。


「 陛下は戻られました。”黙って去ってすまない”と伝えるようにと… 」


ヨンから伝え聞いた挨拶が、ゴンの最後だった。
その前は毒を盛られて倒れたという知らせだったが、それすらもヨンからの連絡だった。
テウルがゴンを最後に見たのは家の庭だった。
あの時は夕方にまた会えると思っていた。
しかし幾つもの夜が過ぎ、季節が移り変わっても、ゴンは戻ってこなかった。
けれど無情な恋人だと恨むわけにもいかなかった。
どこかで自分の運命を命懸けで追っているはずだから…

テウルは庭先にうずくまった。
日が暮れて相思花の鉢を再び庭に出したところだった。
しかし植木鉢には依然として何の変化もなかった。
便りのないゴンのように…
傍らでは物干しロープにかかったテウルの道着と黒帯が、咲き始めたばかりの花びらと共に春風になびいていた。


「 …なんで芽を出さないの。もう春なのに……なんで来ないの……… 」


植木鉢を見下ろしていたテウルはポケットに振動を感じて携帯を取り出した。
キョンランからの電話だった。


「 ねえ、すごく変なものを見つけたの。このハンサムな声…どっかで聞いたことあるんだけど…聞いて! 」


しばらくの間、携帯からは録音された音声が流れた。
ずいぶん前に録音されたもののようで、音質は良くなかった。



ー イ・ソンジェ、1951年2月27日生まれ。 イ・ウノ、1952年10月23日生まれ。 イ・ジフン、1987年10月28日生まれ…



驚いたテウルは勢いよく立ち上がった。
明らかにゴンの声だった。


「 これ…何!?どこで手に入れたの? 」

「 やっぱりこれあの人だよね!?あのハンサムな透かし…。でも信じられる?彼が1994年に通報してきたっていう記録が突然出てきたの。前に見た時は確かになかったのに…。あんたが調べてたあの子、あの一家を殺した容疑者が彼だって…… 」


あり得ない…
テウルは呆然としながら考えた。

その瞬間、テウルの頭に割れるような痛みが走った。
まるで映画を早送りしたかのように、ある場面が一瞬にしてテウルの頭を駆け巡った。
新しい記憶だった。
それはテウルが5歳の時の記憶…

母親がこの世を去ってまだ間もない頃、白い喪章のピンを髪に付けたテウルは叔母と一緒に庭で洗濯物を取り込んでいた。
その時…突然強い風が吹き、物干しロープに吊るしてあった黒帯が風に乗って塀の外へ飛ばされてしまった。

“ アン・ボンヒ ”

テウルの母親の名前が刻まれた黒帯だった。
テウルは急いで塀の外に走り出た。
すると、ちょうど黒帯を拾っている大きな男に出くわした。




「 ………チョン・テウル? 」




ゴンはテウルに黒帯を手渡しながら聞いた。
幼いテウルが初めて見る、とてもハンサムなおじさんだった。
黒帯を受け取ったテウルは、つぶらな瞳で不思議そうにゴンを見上げた。


「 …誰ですか?なんで私の名前を知ってるの?」

「 …本当に5歳なんだな。私は……違う時間から来た人だ。1994年に来てしまって、26年の歳月を生きているところだ。 すぐ行くよ…今向かっている…君のところへ… 」



「 あ〜誰だかわかった!」

「 …私を知ってるのか? 」


テウルは小さな頭で大きく頷いた。


「 誘拐犯! 」


確信に満ちたテウルの答えに、ゴンは思わず吹き出した。


「 本当に30年間、こんな性格だったんだな…チョン・テウル警部補。」



また会おう…
寂しくそう挨拶したゴンの姿が、テウルの頭の中に鮮明に蘇った。
テウルは誰と電話しているのかも忘れて夢中で呟いた。


「 記憶が…新しくできた。思い出した…私が5歳の時…彼が会いにきたの……!! 」


テウルの声が激しく震えた。
受話器の向こうからはキョンランの当惑を感じたが、テウルは押し寄せる感情の波と悟りに平常心を失っていた。


「 94年…!94年なら謀反のあった年だ。 あの夜に行ったんだ…あの夜に、大韓民国に来た…。彼は今、過去にいる………! 」


わけの分からないことを言うテウルに、キョンランは会議があると言って電話を切った。
繰り返す無機質な電子音を聞きながら、テウルは思わず庭を見回した。
庭はがらんとしていた。
新しく生まれた5歳の記憶の中のゴンは、この庭で目の前に立っていたのに…



「 どこまで来てるの…私はどこで待てば良いの…… 」


過去へ行ってもテウルを訪ねてきたゴンが切なかった。
心配することも待つことも分かっているから、幼い自分にすぐ行くと言ってくれた。

ゴンを想い、止めどない涙をこぼしながらテウルは嗚咽した。





ザキング 永遠の君主
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