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ザキング 永遠の君主 15.「一人きりで抱える秘密」

テウルはゴンに初めて会った光化門広場に再び立っていた。
仕事帰りの人びとが忙しく広場を通り過ぎていく。
テウルは李舜臣将軍の銅像を見上げた。


「 ついに、君に会えたな…チョン・テウル警部補。 」


そう言っていたゴンの声が、すぐ後ろから聞こえてくるようだった。
テウルは携帯電話を手にした。
通話不可地域と表示されていた携帯はようやく本来の機能を取り戻した。
ゴンの世界にいる間、受信できなかったメッセージがいくつか浮かび上がった。
中にはシンジェのメッセージもあった。


ー 暇だ。ビリヤードでも


テウルは遅れて返信した。


ー ビリヤード、誰が勝ったの? ちょっと出掛けてて返事が遅くなった ㅠㅠ

ー 何事もなく無事ならいい。ビリヤードはチャンミが勝った。


すぐにシンジェから返事が届いた。
ウソのように以前と変わらない日常だった。
本当に何事もなかったかのように。

ゴンは今頃…海の上で、戦艦の上で、敵を前にして真っ白な制服を汗で濡らしながら、一言一言に国運の懸かった命令を下しているはずなのに。
家に向かうテウルの足取りが重かった。
家の前に到着したテウルは、開け放たれた門を押して庭へ入った。
やっと慣れ親しんだ我が家に着いた。

テウルはポケットから封筒を取り出した。
相思花の種が入った封筒だった。
大韓帝国のソウルで生まれた花の種。
ゴンと共に再び次元の扉を越えてきた時、テウルはこの相思花の種を、風も雨も太陽も時間もない空間に撒いた。
誰も花の種を撒いたことがないなら、花が咲くかもしれない…

テウルは庭で空いた植木鉢を見つけると、その小さな植木鉢に残った花の種を丁寧に植えた。
テウルはどこでも相思花が咲くことを祈った。


「 違う世界に来たから咲かないなんてダメだからね。君の友達は今もっと過酷な場所にいるんだから… 」


ゴンはすぐ来ると言っていた。
テウルは”またね”と言った。
だからゴンを待つのだ。
テウルは種を覆った土を注意深く優しく叩いた。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





思った以上にゴンを待つ日が長くなっていた。
すぐ来ると言っていたのに…

テウルは自動販売機で買ったコーヒーを持って、強力3チームの事務室へ続く廊下を歩いた。
後ろのポケットに差し込んだ携帯電話からメッセージアラームが聞こえた。
どうせ広告メールだろうと思ったテウルはあえて無視し、 代わりに甘みの強いコーヒーを一口すすった。

日の長さは毎日短くなっていたが、”誰か”を待つ人がいつものように携帯電話を持っている必要はなかった。
ゴンは1と0の間を超えた向こうにいる人間であり、彼の世界でどんなことが起きているか、テウルに知る術は無かった。
テウルは、少しだけ丸くなった世界で日常を送りながらゴンを待ち続けた。

紙コップを机に置き、テウルはノートパソコンにUSBを差し込んだ。
キム・ボクマン事件はまだ進行中で、イ・サンドの2G携帯から復元した音声メッセージを分析する為だった。
イヤホンからアナウンサーの声が流れた。


- 竣工から話題になったKスタジアムは地下2階、地上4階、観覧席16,890席を保有する韓国初の東球場···


しばらく音声を止めて、テウルはインターネットでKスタジアムを検索した。
ニュースが流れたなら検索できるはずなのに、観覧席16,890席のドーム球場に関する記事は見当たらなかった。
これ程の球場ができたならテウルも噂ぐらいは耳にしていたはずなのに、初めて聞く話ではあった。
いったいどのニュースを録音したのか分からない。

冷めかけたコーヒーをもう一口飲んで、テウルは眉間にしわを寄せた。
いくら聞いてもニュースなのに、検索しても出てこないニュース…
ニュースを録音したのも最初から変だと思っていた。
テウルはちょうど事務所に入ってきたチャンミを呼んだ。


「チャンミ、あんた人探ししたことはある?」

「 家出青少年から家長、主婦、子犬まで、家出捜索専門です。 」

「 イ・サンドの奥さんの行方を追って。子供たちをきっと転校させるはず。」

「 教育庁に要請して明日の出勤前に寄ってきます。」


これ以上進展がなければ、イ・サンド殺害事件の犯人はキムボクマンに片付くだろう。
テウルは再びイヤホンを耳に差し込んだ。

ふと、机の上に置いた十万ウォン札が目に入った。
ゴンの顔が印刷された紙幣だった。
しばらく紙幣の中のゴンの顔を眺めていたテウルは、首を横に振り紙幣を引き出しにしまった。


-タイのスクムウィット地域にリハビリテーション医学科の専任医と研究員を派遣したと7日、明らかにしました。 同事業の首長であるイ・ジョンイン教授は、効果的な研修プログラムの開発研究を通じて······


さっき聞いたファイルをもう一度聞いていたテウルは、急いで停止ボタンをクリックした。
そして巻き戻してファイルを再再生させた。


“ イ・ジョンイン教授 ”


聞き間違えではない。
珍しい名前だった。
テウルは奇妙な気分に包まれた。
心臓が頭より先に反応し、鼓動が早まった。

その名前を初めて見たのは大韓帝国でゴンについて検索していた時だった。
「 イ・ゴン 」を検索してみると、関連検索語には「クム親王 イ・リム」だけでなく、「イ・ジョンイン教授」もいた。
君号はプヨン君、大韓帝国皇位継承序列二位、海宗(へジョン)皇帝の甥であり仁平(インピョン)君の長子。
平凡な庶民家庭の女性と結婚後2人の息子を持ち、子供たちを幼い頃から海外に滞在させ、帰国はもちろん一時訪問まで控えたエピソードが有名だと···そう書いてあった。
ゴンに近い肉親なので何度も読んだ。


「 へジョン皇帝の甥······ 」


呟いたテウルは、まさか名前だけではなく医学教授という職業まで同じという偶然の一致があるのだろうかと思い、ファイルをさらに巻き戻した。


-韓国初の北部Kスタジアム…


テウルは耳を疑った。
しかし、アナウンサーははっきり発音していた。


「 北部…… 」


繰り返し「北部」という声が聞こえた。
大韓民国には韓国と北朝鮮があって、南部、北部はなかった。
南部と北部に分けるのは大韓帝国だ。

テウルは驚きの余り勢いよく椅子から立ち上がった。
引かれた椅子の音が鼓膜を鋭くかすめた。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





青く薄暗い夜明けの海の上…
大韓帝国の軍艦と向かい合っていた日本軍の艦隊が東を向いて移動し、大韓帝国の領海から次第に遠ざかった。
最前線に位置した李舜臣艦の上で太極旗がはためいた。
大韓帝国首相官邸では早朝から記者会見が行われていた。
国内マスコミはもちろん、各種外信記者が駆けつけた。

大韓帝国皇室の御旗が軍艦の上に上がったという事は、皇帝が直接軍艦に乗り込んだという意味だった。
世界的な関心が集まり、降り注ぐフラッシュの洗礼の中、ソリョンは堂々と、そして断固たる態度で言葉を発した。


「 7時40分現在、」


ソリョンの声に記者たちのキーボードの音が激しく響いた。
軍艦に上がった皇帝は、退くことなく領海を侵犯した日本海軍に向けて警告射撃を行った。
撃破射撃と見なされて戦争に発展する可能性もあった。
しかし、皇帝は退却することなく自尊心も海も守り抜いた。


「 日本海軍艦隊は我々の領海の外に完全に離れました。」


高い波も皇帝を止めることはできなかった。
皇帝は大韓帝国の誇りとなった。


「 祖国のために勇敢に戦ってくれた軍人たちと皇帝陛下に敬意を表します。 日本は早急に謝罪と賠償に対する立場を表明すべきであり、大韓帝国はいついかなる時も国際法を遵守し、その義務を果たします。 大韓帝国は、日本が公式謝罪を表明するまで日本へのレアアース輸出を全面的に中断します。」


終止符を打って壇上から降りてくるソリョンにはさらに多くのフラッシュが浴びせられた。
ソリョンはキム秘書の補佐を受け足を速めた。
執務室に入るソリョンの足取りは勝利そのものだった。
キム秘書がタブレットPCの画面を確認し、喜びに満ちた声で報告した。


「 総理の支持率グラフが最高です。 分単位で急上昇しています。」

「 天のお助けか…願ったり叶ったりね。今までが無駄に平和過ぎたのよ。」


誰かに聞かれてやしないかと、ヒヤヒヤしながら誰もいない周りをちらりと確認したキム秘書は、すぐに別のニュースを伝えた。


「 …実は、尚衣院に勤める宮人を一人買収したんですが、最近宮殿に謎のゲストが一人来たそうです。異例のことに警備が徹底していて宮人たちも顔は見られなかったそうですが、陛下が連れてきた女性と推測されます。」


満足そうに微笑んでいたソリョンの口元がそのまま歪んだ。
誰だか言わなくても分かるような気がした。
皇室ヘリに乗って行ったあのサバサバした女…


「 見たわ。」

「 …はい? 」

「 来週の国政報告は必ず対面にすると伝えて、それまでに何でもいいからその女の情報を集めなさい。わかった?」


尋常でない雰囲気にキム秘書はすぐに頭を下げた。
執務室に勝利の喜びは残っていなかった。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





海上で短く長い時間を過ごし、ゴンはついに還宮した。
数日で楽な服を着て楽に椅子へ背をもたせることができた。
ゴンは疲れて目を閉じ、書斎の椅子に体を沈めてから再び目を開けた。

一触即発の状況、神経を尖らせて船の上で過ごした時間は確かに疲れた。
ひとまず暫くは日本側も動かないだろうが、先の事はまだ分からない。
一次的に中国漁船によって発生したことなので、中国側からも連絡をしてくるだろう。
この先は主にソリョンの仕事だが、まだ仕上げのものが残っていると思うと、また少し疲れてしまった。

すぐに体を起こしたゴンは机の上に置いてあった携帯電話を手にした。
一晩テウルに貸していた携帯だ。
メモ帳や写真アルバムを次々と開いてみたが、テウルの残した痕跡は検索履歴だけだった。


「 本当に検索しかしてないな…何一つ残さず行くなんて。」


ゴンが残念そうな声でつぶやいた時だった。
尚衣宮人のギュボンが目通りを願う声が聞こえた。
ギュボンは透明なビニールに入れられた髪留めを手に持っていた。
使用感のあるヘアゴムだった。


「 陛下がいらっしゃった後、尚衣院で発見しました。 ですが私はまだ入ったばかりで知らないことが多く、これは陛下が落とされた物なのか、そうでないのか分からず… 」


じっとヘアゴムを見つめ確認していたゴンは笑った。
何かひとつでも、テウルが残したものがあったという事実が嬉しかった。
ゴンはヘアゴムを捨てずに届けてくれたギュボンを褒め称えた。
そしてテウルのヘアゴムを手首にかけた。
物足りなかった気持ちが少しは満たされたようで幸いだった。

しかし問題はテウルの身分証だ。
ノ尚宮は依然としてテウルの身分証を持って消えた人物を探していた。
身分証がなぜ、急に消えたのか。
ゴンはしばらく考えた後、まだ連絡のないジョンインのことを思い出した。
ジョンインから答えを聞きたかった。
寝殿に入ると、ゴンはノ尚宮にジョンインの消息を尋ねた。


「 おじ上からは、もしやまだ連絡がないのか?」

「 学会に行かれ、今日帰国しました。 陛下が無事に戻られたとお電話差し上げたら、それは良かったとおっしゃって電話を切られました。」


もう少し待たなければならないようだった。
ゴンは頷いて、ノ尚宮に尋ねた。


「 そなたは私の全ての食事の毒味をし、生地一つ、家具一つ、宮に入るすべての品物を検査し、宮を出入りする全ての人を疑いながら私を守った。」


ノ尚宮は驚いて顔を上げた。
ゴンの話には容易に見当がつかなかった。


「 そうしてそなたは息笛も守ってくれた…鞭に隠して 。理由を聞いてもいいか?」


『あの夜』の話だった。
ノ尚宮としては二度と切り出したくない話。
大事な君主の傷だった。
しかし、ゴンは淡々としていた。
君主が尋ねたら答えるのが臣下の務めであり道理だった。


「 当然のことをしたまでです…陛下。あの謀反の夜に逆賊イ・リムが何としても手に入れようとしたのがあの息笛です。守らなければなりません。隠して渡さないようにしなくては…ですのでイ・リムの遺体が発見された時、真っ先に息笛の片割れを探しましたが、ありませんでした。 遺体は長い間海を漂っていたようで、東海の竜王様の元へ戻ったのだと…そう伝説に寄り掛かり思いを馳せる事で心を落ち着かせたのです。」


幼いゴンが国葬を行う間、彼が握っていた半分の息笛はノ尚宮が隠して大切に保管していた。
その後、ノ尚宮は身分証とともにそれをゴンに渡した。
ゴンは自分と皇室のために一生を捧げたノ尚宮に感謝した。

だからこそノ尚宮にも真実を知らせなければならないと思った。
しかし、ゴン自身まだ真実を全て知った訳ではなく、それ故ノ尚宮が知りたがっているのを分かっていても、急な外出の行き先やテウルの存在を伝える事が出来なかった。
ゴンは低い声で語りかけた。


「 私もだ。私も伝説に頼りかけている。 だからおじ上を待っているところだ。私が詳しく話さない理由は、隠しているからではなくまだ明確になっていないからだ。だからそなたはまず宮に忍び込んだ者を探してくれ。 私が他のものを探している間に… 」

「 …はい、陛下。必ず見つけます。」


ノ尚宮は頼もしい皇帝の前で深く頭を下げた。





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イ・サンドの2G携帯の中に録音されていた音声の正体が大韓帝国のニュースであることを知り、テウルは大きな混乱に陥った。
どんなやり方で捜査を進めるべきかさえ、見当がつかなかった。
何もかもごちゃごちゃになり、一人で抱え込まなければならない問題でさらに息詰まった。

シンジェなら、この狂った音を信じてくれるかも知れない…
だが、語ることもある程度整理されてこそ可能だった。

こうしてイ・サンド事件が迷宮入りしている間にも、新しい事件は引き続き起こった。
管轄内で起きたもう一つの殺人事件は、26歳女性ハ・ウンミ殺人事件だった。
首に刺傷が二か所あり、自宅で仰向けに寝た姿勢で不意に襲撃を受けた。

最初の通報者は一緒に住むチャン・ヨンジという友人であり、最も有力な容疑者は交際相手のパク・ジョングだった。
血のついた服で家の外に飛び出す姿が監視カメラに映っていたためだ。
そのうえ行方を追ってみると連絡が途絶えていた。
逃走したのが明らかだった。

チャン・ヨンジも容疑者線上から完全に外れたわけではないが、ひとまず被害者の死亡時刻にコンビニにいたというアリバイは確保された状況だったためまず強力3チームはパク・ジョングの手配と捜索に集中する方針だった。

おかげでテウルとシンジェはもうかれこれ数日間、張り込み捜査中だった。
パク・ジョングのSNSで知ったパク・ジョング行きつけの飲み屋がある路地だった。
夜の街は煌びやかなネオンサインが熱狂していた。
その明るい光の影のような闇の中で、テウルとシンジェは通り過ぎる人々を執拗に目で追っていた。
それでもパク・ジョングの髪の毛一本すら発見できず、今日も無駄に終わった。

夜が明けて路地から抜け出すと、テウルは大あくびをした。
このまま瞼を閉じて運転手を置き去りにするわけにはいかず、テウルはふと何気ない話を切り出した。


「 …兄貴ってさ、刑事になってなかったら何してたの?家が無事だったら刑事にはなってなかったよね。」

「 ………なってた。」


並行世界でのシンジェは刑事ではなかった。
家が破産しなかったので刑事にならなかったのだろうと簡単に結論を出していた。
テウルがいぶかしげに聞いた。


「 なってたの…?」


シンジェは何も言わずにハンドルを握った。
暗い車の中で時間を過ごしたせいか、窓の外の明るい朝がぎこちなく感じられた。

シンジェは、9歳で酸素呼吸器をつけられ病院で眠っていた時を思い出していた。
自分が目覚めた時、医者を探していた母の悲鳴のような呼び声が耳に鮮明だった。
自分を取り囲んでいた病院の空気も…


「 なんで?」


テウルがもう一度促したとき、シンジェは口を開いた。


「 いつか、誰かに”お前は誰だ”と俺の正体を聞かれたとき…その瞬間、手に銃を持っていたかったんだ。そいつか俺を撃つ為に。今は、その誰かが知ってる顔だけじゃないように…どうか見知らぬ顔であってくれ…って。 」

「 どういう意味…?兄貴の正体って?」


何も知らない純真なテウルを横目に、シンジェは口をつぐんだ。


「 …大通りに降ろしてやる。眠い。」

「 え、なんで話の途中で!? 何、なんかあったの? 」


それはシンジェがテウルにさえ言えなかった過去だった。
シンジェはテウルの家の庭で見た、馬具に描かれていたスモモの花の紋章を思い出した。
“私の皇室の紋章だ”と言っていたゴンの返事が思い浮かび、シンジェはそこで考えを止めて話を変えた。


「 お前の空想科学の話はいつになるんだ。まだなのか?」


イ・サンド事件の話だった。
今は空想科学のレベルであり、科学程度に整理できれば話すとシンジェに言っていた。
テウルはまごつきながら首を横に振った。


「 ま、まだ……大通りに降ろして…!」


もう一度、自分のことを考え心配していたテウルを頭の中にちらつかせながら、シンジェは路肩に車を止めた。
そういえば、ある日を境にゴンの姿が見えなくなっていた。





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家に入る前、テウルはナリのカフェに寄った。
ちょうどカフェのカウンターで材料を整理していたナリがテウルを迎えた。


「 来たね。」


ナリを見た瞬間、テウルは目を見開いた。
いつの間に切ったのか…ナリの髪が短くなっていた。
髪型が似てくると、完全にゴンの宮殿で働いていたスンアと同じだった。
テウルの反応に、ナリがカウンターの片隅にあった鏡を覗いて確認した。


「 何、そんなにおかしい?お客さん達は褒めてくれたよ?」

「 あ…びっくりして手に汗が…別人かと思った。」

「 私、この時期になると発症する持病があるでしょ?断髪病。カツラでシミュレーションしてみたんだけど…やっぱり長い髪の方が似合うよね? 」


よかったと言えばいいのか。
髪を切ったわけではなく、カツラだったようだ。
テウルは慌てて頷いた。


「 それはそうと、最近たまにしか来ないけど他のカフェに行ってるの?」


思わずテウルは笑った。


「 うちの父さんよりあんたの方がマシね。父さんなんて私が外泊したのも気づかなかったんだから。」

「 まったくこのお姉さんは見栄っ張りなんだから…誰が張り込みを外泊と言うの。仕事って言わないと。」


そう言い返し、ナリはテウルが注文したホットチョコを用意した。
慌ただしく動くナリを見て、テウルはぼんやり独り言のように呟いた。


「 張り込みじゃなくて、本当にある男の家に泊まったんだってば。」


冬栢島の上に建てられた大きな宮殿、大韓帝国での一場面…美しくて神秘的だった。
その世界にいたゴンも。
ある日はそれが現実のようだったが、またある日は夢のようだった。
記憶がぼやけて、いつかそのうちただの夢になるんじゃないかと思ったテウルは記憶を噛みしめた。


「 大豪邸だったの。」

「 それはおめでとう。」


ホットチョコを差し出してナリが答えた。
テウルはにっこり笑ってホットチョコを一口飲んだ。


「 ところでナリ、もしもの話なんだけど、この世に別世界があったとして…そこにあんたとそっくりな人がいて、その人に出会ってしまったら、あんたはどうする…?」

「 ドッペルゲンガーってこと?当然、殺さないと。」

「 ちょっと…!刑事の前で何てこと言うの!?」

「 だってドッペルゲンガーはどっちか一人は必ず死ぬものでしょ。それが宇宙の法則だもの。」

「 な、なんでそれが法則なの…?」

「 もともと一つだけあるべきものが二つあったら混乱するでしょ?この路地のカフェはここに一つあればいいし、テコンドー道場は”英雄豪傑”で十分。世の中には均衡が必要なの。」

「 ……。」

「 NASAが宇宙人の存在を隠すのはなぜだと思う?世界が二つあると、一方の世界がもう一方の世界を滅ぼすから。私たちの世界が滅びるわけにはいかないでしょ。」


“世界が二つあると、一方の世界がもう一方の世界を滅ぼす”

テウルはナリの言葉を噛み締めた。
ゴンに早く来て欲しかった。
今すぐ庭先にマキシムスと一緒に現われて欲しかった。

一人きりで抱える秘密があまりに重く、寂しかった。





ザキング 永遠の君主
  15.「一人きりで抱える秘密」



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