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ザキング 永遠の君主 26.「宇宙を超えてきた恋人」

テウルは呆然と携帯画面の中の検索記録を眺めた。
ホテルを訪れたテウルにヨンが差し出したのは、テウルがゴンに与えた携帯だった。
ゴンがヨンに預けて行ったのだが、ヨンは何一つ検索することができずにいた。
ゴンが検索した記録…正確にはテウルへ残したメッセージのせいで。

検索窓を押すと、ぎっしり埋まったゴンの検索記録はテウルに向かって話しかけていた。



「私が」
「何を検索」
「したのか見ようと?」
「皇帝は」
「絶対に痕跡を」
「残さない」
「今は」
「仕事中か」
「それとも日常か」
「私は君の世界にいる間」
「波乱続きだった」
「チョン・テウル警部補の」
「おかげで」



スクロールを下ろすテウルの口元が上がった。
感動している様子のテウルを、ヨンは眉間を縮めたまま見つめていた。
メッセージを読み終えたテウルは、一つずつ記録を消していった。


「 消さないでいてくれたんですね…。全部削除しました。どうぞ検索してください。 」

「 残しておくのかと… 」

「 …記憶の中に残しました。 」


テウルの心が読めず、ヨンは怪訝な顔をした。


「 証拠として残ってはいけないから。別世界から来た誰かの痕跡が…この世界に。 」

「 ……ご存知ですか? 陛下が記したものを、陛下以外にそうやってむやみに消せる人は…チョン・テウル警部補、あなた以外にいません。」


テウルはじっとヨンを見つめた。
ヨンが自分を好ましく思っていないということは知っていた。
初めて会った時も、決して愉快な出会いではなかったのだから。
それでも、テウルはヨンが嫌いではなかった。
むしろヨンに対する感情は好感に近かった。

自分の実の弟のようなウンソプと同じ顔だというのが理由であり、”ゴンを守る人”だというのも理由だった。
誰からも自分の名前を呼ばれることのないゴンが心を開ける数少ない人だということも、また理由だった。

時に強情すぎるこの堅苦しい男をゴンはよくからかうし、彼の前では屈託のない笑顔を見せたりした。
皇帝に即位してからずっと一緒だったというのだから、テウルがシンジェやウンソプ、ナリを思う以上に強い絆で結ばれた間柄だというのはテウルも容易に理解できた。
彼らは時に命をかけて争うこともあり、ヨンはゴンのためなら命を捨てることも厭わない人だった。
テウルはヨンになら少しぐらい責めら
れても平気だった。

検索記録を消したことを咎めるヨンにテウルが笑ってあげようとしたその時…
沈黙していたヨンが口を開いた。



「…できるのですか?」

「 ……何を?」

「 逆賊イ・リムを討伐した、その後の話です。お二人は住む世界が違います。二つの世界を行ったり来たり出来ると…? 」


ヨンの質問はいつも鋭かった。
テウルとゴン、二人が答えを出すことを先延ばしにした質問だった。


「 陛下は一国の皇帝です。 皇后になる方に出会わなければなりません。 ここのすべてを捨てて、大韓帝国の皇后になる覚悟はあるのですか…? 」


テウルは気づいた。
ヨンが気に入らないのはテウル本人ではなく、“ゴンの恋人であるテウル”なのだと。
ヨンはテウルを責めているのではなく、ただひたすらにゴンを案じていた。
時に手が届かなくなる恋人を愛するようになったゴンを…

やはり…自分の天下随一の剣だとゴンが誇るだけのことはあった。
テウルは笑うことも泣くこともできず、下唇をそっと噛み締めた。


「 二つの世界の秘密を隠し、永遠に…? 」


答えられなかった。
ヨンの質問があまりにも重く、テウルはただその場に座っていることしか出来なかった。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





テウルは沈んだ気持ちで部屋の植木鉢を見つめた。
部屋の中へ運んだのに、花の種は芽を出す気配もなかった。
テウルは植木鉢に水をやりながら声をかけた。


「 今日は日差しが暖かかったね。天気が凄く良かったから、今日はもしかして…今日こそ頑張って…芽を出してくれたんじゃないかと期待してたの。だから急いで帰ってきたのに。どうして… 」


あまり焦らず元気にたくましく待っていたかったが、うまくいかなかった。
寂しく植木鉢を眺めていたテウルは、ふと視線を窓の外に向けた。




そこには見慣れた人影が…
待ちわびた恋人が…立っていた。


「 うそ… 」


嘘みたいだった。
テウルはゴンが消えないうちに急いで部屋の外へ飛び出した。
階段を駆け下り庭に出ると、塀の外にいたゴンも庭に入ってきていた。
ゴンは濃紺の下地に金糸が縫い込まれた衣装を着ていた。
切ない目をしたゴンとテウルが向き合った。



「 ……君、元気だったか? 」



さっきまでの憂鬱な気持ちは吹き飛び、代わりに目頭が熱くなった。
テウルは涙を飲み込みながら頷いた。


「 今回は…ずいぶん遅かったね。 」

「 とても遠くから来たから。………考えてみたら、私は君に花の一本すらあげたことがなかったな。…だから、宇宙を超えてきたんだ。」


ゴンの手には薄水色の花束が握られていた。

一目散にゴンのもとへ駆け寄ろうと踏み出したテウルの足が、突然止まった。
ゴンだったが、確かに自分の前に立っていたのはゴンだったが、何かが違った。
僅かに感じたその違和感にテウルがためらっていると、先に距離を縮めたゴンがテウルの手に花束を握らせた。
手の中の花束を見下ろしたテウルは、揺れる瞳でゴンを見上げた。

とても不安だった。


「 でも……またすぐに行かないと… 」

「 行くの…? 」


テウルは花を握っていないもう一方の手でゴンの腕を掴んだ。
後ろを向こうとしていたゴンは重い眼差しでテウルを見つめた。



「 ああ、そうだ…この言葉をまだ言っていなかったな…… 」



低く響いたゴンの声は、近くにありながら遠く感じられた。
テウルは赤くなった目でゴンを見上げた。



「 ……愛してる。君を、これ以上ないほど………愛してるんだ。 」



胸を締め付けるゴンの告白で、テウルは気づいてしまった。
瞳からは涙が溢れた。

ゴンは涙を流すテウルの頬を両手で引き寄せ…キスをした。
目を閉じたゴンの頬の上にも、ひと筋の涙が流れた。

宇宙を超えてきた恋人の…切なるキスだった。

彼は違う世界ではなく、違う時間から来たということを…テウルは悟った。



“ ある瞬間…突然私が目の前から消えたように見えるだろう。そうなったとしても、あまり心配は要らない。私は、止まった時間の上を歩いているだけだ… “



ゴンの声は次第に遠のいていった。
テウルは決して開けたくなかった目をゆっくりと開けた。
やはり、庭には誰もいなかった。
ゴンはとても短いキスだけを残し、姿を消していた。
いや、ゴンがくれた花だけが残っていた。

テウルは花束を胸に抱きしめ、声をあげて泣き崩れた。
その場に座り込んだテウルの体は、今にも消えてしまいそうなほど小さかった。

違う時間からやってきたのなら、おそらくとても多くのことを決めて今日ここへ来たのだろう…

テウルはそう思った。





       ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





シンジェと待ち合わせたカフェの前に車を停めたテウルは、キーを抜こうとした手を止めた。
ぶら下がったライオンのマスコットが、音を立ててテウルの気を引いていた。
テウルはゴンがくれたそのライオンのマスコットにそっと触れた。
昨夜訪ねてきたゴンを思い出し、また涙がこみ上げてきた。
そして同時に悔しかった。


「 そんなに遠いの…? 冗談じゃない。覚えてなさいよ…! 」


会えなくて問い詰めることもできない今は、とにかく会えることだけを望んだ。
テウルは急いでキーを抜いて車から降りた。

カフェに入ってひと息ついたテウルはキョンランからの電話を受けた。
通話中のテウルの隣に遅れてきたシンジェが座った。
拘置所にいたチャン・ヨンジが自殺したという衝撃的な知らせだった。
ところが、よりによって自殺した日に拘置所が停電し、残っている監視カメラ映像が一つもなかったという。

拘置所で自殺するケースは珍しかった。
チャン・ヨンジを調査中の強力3チームに強圧捜査の疑いがかかる可能性があると、キョンランは心配していた。

テウルは素早く知らせてくれたキョンランにお礼を言い電話を切った。
まだ2G携帯の行方もつかめていないのに自殺だなんて、一体…
チャン・ヨンジがイ・リムと取引していたのなら、自殺ではなく大韓帝国側のチャン・ヨンジが拘置所に来ていなければならなかった。


「 チャン・ヨンジを消して尻尾を切ったんだ… 」


シンジェに説明を終えたテウルは暗い声で呟いた。
チャン・ヨンジは殺人犯だった。
しかし、彼女を利用し結局は殺した奴らに対する怒りが湧いた。
シンジェももどかしそうに頭をかいた。
出されたばかりの飲み物を口にもせず、テウルは席から立ち上がった。


「 行こう…!」

「 どこに行くんだ。行っても俺たちの管轄じゃなきゃ捜査はできない。」

「 そんなの分かってる。ソン・ジョンヘから探そう。納骨堂に保護者の連絡先があるかもしれない。」


結局、すべての出来事の裏にはイ・リムがいた。


「 ソン・ジョンヘって誰だ。」

「 イ・ジフンの母親…兄貴が訪ねた納骨堂のあの子の。」

「 イ・ジフンの母親なら···

「 うん…イ・ゴンの母親と同じ顔。 だから今はイ・リムと一緒にいる可能性が高い。住所では探せない…行ってみたけどただの野原だった。」


納骨堂に向かいながら、テウルとシンジェは納骨堂の管理所に連絡を入れた。
イ・ジフンの保護者の連絡先を調べるためだった。
しかし、納骨堂に到着しても保護者の連絡先は分からなかった。


「 調べましたが、故イ・ジフンさんの保護者の連絡先はありませんでした。5年分の管理費をいつも前払いする形式なんです。それも毎回現金で。」


ジフンの写真の前で、テウルはしばらく言葉に詰まった。


「 わぁ…ここまで徹底してるなんて。 では、防犯カメラの映像を確認したいのですが…

「ここはもう結構です。駐車場の映像だけお願いします。」


シンジェはいきなりそう言った。
管理人の後について管理所へ向かいながら、テウルは訝しげな目でシンジェを見た。


「 ここのを見ないと!私たちはソン・ジョンヘの顔を知らないんだから。」

「 …顔なら知ってる。 」


初めて納骨堂に来たとき、自分の横に立っていた女性の顔をシンジェは覚えていた。
その時は特に気にもしなかったが、今思えば自分を見て慌ててその場を離れたようにも見えた。


「 ところで、イ・リムってのは誰だ。」

「 …今起きているすべての発端。私の考えでは…兄貴をこの世界に連れてきた人物…… 」


二人の顔は強張っていた。
頭の中が複雑に絡み合い、混乱していた。





ザキング 永遠の君主
   26.「宇宙を越えてきた恋人」


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