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ザキング 永遠の君主 13.「証明した気持ち」

ゴンはテウルを宮殿に案内した。
自分の家を紹介し、ゴンは何だか浮かれていた。
これまでテウルが信じなかったことをすべて証明する機会だったからであり、テウルが自分の空間に入ってきたことが嬉しいからでもあった。

大韓民国でテウルと過ごした時間も良かったが、そこはゴンにとっては別世界だった。
自分の世界でテウルと過ごす時間はもっと違ったものに感じられた。


「 ここは光栄殿(クァンヨンジョン)で、私の私邸だ。 自分の家だと思って楽に……


得意気に紹介していたゴンの言葉が突然止まった。
書斎の奥に険しい目つきをしたノ尚宮が控えていたからだ。
一緒に書斎へ入ろうとしたテウルもギョッとして立ち止まった。
ノ尚宮はお構い無しにゴンを責め立てた。


「 そんなに早くこの老いぼれが棺桶に入るのをご覧になりたいのですか!?」


ゴンは明るく笑いながらテウルにノ尚宮を紹介した。
テウルには身分より年齢の方が難しく、白髪交じりの老人の冷たい視線に緊張したまま頭を下げた。


「 初めまして、 私は……

「 所持品は全てこちらへお入れください。」


自己紹介しようとするテウルの言葉を遮り、ノ尚宮が傍らの箱を指差して冷たく答えた。

ノ尚宮にあらかじめ説明していたら、そのあと正式にテウルが宮殿に来ていたなら、ノ尚宮もここまでテウルを冷遇することはなかっただろう。
しかし、別世界から来たテウルを正式に宮殿に連れてくる方法などあっただろうか。
ゴンは申し訳ない様子を覗かせた。


「 もともと入宮するときは誰もがセキュリティチェックを受けなければならない。 総理から宮人まで、避けては通れない手続きだ。」

「 自分で撒いた種は自分で刈り取るもの…でしょ?」


幸いテウルは状況を素早く理解した。
別世界から来たゴンに出くわした時、テウルが一番最初にした事もまた、所持品検査だったから…

テウルは自ら内ポケットと後ろポケットをひっくり返し、財布とリップクリーム、手錠、携帯電話まですべての所持品を出した。


「 後で返してくれますよね? 身分証をまた紛失してしまうと減点が大きいので。」


最後にテウルが取り出したのは身分証だった。
じっとテウルの動きを見守っていたノ尚宮の目が大きくなった。
ヨンと同じような反応にゴンがニヤリと笑った。


「 知ってる顔だろう? 実物の方が良い。」

「 …そうですね。」


ノ尚宮の目尻のしわが深くなった。
テウルは、ヨンだけでなくノ尚宮までもが自分を知っているという事実にさらに驚いた。
ゴンが25年間も大事にしてきたという身分証の話が嘘じゃないことは、改めて確認する必要もないようだ。

しばらくテウルを眺めたノ尚宮は、ゴンに部屋の外で少し話がしたいと申し出た。
ゴンはテウルを一人残して行きたくはなかったが、突然テウルを連れてきたために収拾しなければならないことが多かった。
半日席を外して滞っていた業務もあったし…
テウルを目撃した人間が思ったより多かったこともまた問題だった。


「 心配せずに待っていてくれ。」


そうテウルに伝え、ゴンはノ尚宮とともに部屋を出た。

書斎に一人残ったテウルは床にへたり込み、ようやく深呼吸をした。
初めて見る人々の固い視線からやっと自由になった。
緊張をほぐしながら、テウルは書斎の全容を見て回った。

上を見上げると、3階まで吹き抜けになった高い天井からぶら下がった大きなシャンデリアがテウルの視線を奪った。
触れるのをためらうほどアンティークな家具で満たされた書斎だった。
壁一面の黒板にぎっしりと書かれた数式が異質に感じられたが、調和もしていた。
ゴンが直接書いた字のようだった。

テウルは歩き回りながらゴンの机の上に視線を移した。
書類が積み重なった机の片隅には、幼いゴンの姿が収められた写真立てが一つ置かれていた。
満開の桜の木の下で笑う幼いゴン…
片手で老紳士の手を握り、もう一方の手ではノ尚宮の手を握っていた。
テウルの口角が下がった。
“8歳で先皇帝の国葬を執り行った”と言っていたゴンの言葉が思い浮かんだ。


「 本当に…全部事実だったんだ… 」


かなり幼いゴンの顔から現在のゴンを思い浮かべていた、その時だった。
ノックの音とともにドアが開き、テウルに再び緊張が走った。

書斎の中に入ってきたのは新人宮人のスンアだった。
スンアは筋金入りの皇室ファンであり、皇帝はもちろん、特に近衛隊長のファンであった。
時折、自ら撮影した写真に皇室への友好的な文を添えてインターネットに掲載していた。
熱心なファン心と能力を認められての採用だった。

そしてスンアへ少し前に与えられた新たな任務は、これまでで最も重要な極秘任務だった。
“書斎にいる陛下の客を閉じ込めておけ”という任務…
この皇室に忠誠度が高く、熱意溢れるスンアをよく見て下した任務でもあった。
ティーセットを手にこちらへ近づいてくるスンアを見た瞬間、テウルはしばらく我を忘れた。


「 並行世界…確認射殺だ… 」


雰囲気やスタイルが少し違うだけで、スンアの容姿はナリと瓜二つだった。


「 はい?」

「 ナリ…ミョン・ナリ…?」


テウルは最後に確認するようにナリの名前を呼んでみた。
テーブルの上にティーセットを置きながら、スンアは大きな目をパチクリさせた。


「 ミョン・ナリとは誰ですか? 私はミョン・スンアです。 公報室に勤務している…

「 違うのは分かってるんですけど、はっきりさせたくて…もしかして、ビルを持ってませんか?建物の家賃収入があるとか…テコンドー道場の… 」

「 …確かにビルは持ってますが、建物は全部カナダにあります。お茶はいかがですか?安眠効果のあるハーブティーです。」

「 ……私に早く寝ろと?」

「 そうしていただけるとありがたいです。 私はそちら様の監視役ですし、ノ尚宮様のご命令があるまではどのみち出られませんから。お休みになった方がお互いに楽かと。」

「 そういうとこも同じですね。 すごくズバッと言うところ…あ、えっと…あそこのノートパソコンって使ってもいいですか?」


テウルはソファーにもたれて座った。
携帯はあっても繋がらず何の役にも立たなかったが、じっと座ってゴンを待つのは退屈そうだった。


「 ダメです。陛下のパソコンですから陛下の許しがないと… 」


スンアはゆっくりお茶を入れながら続けて聞き返した。


「 なぜパソコンを?」

「 ちょっと検索してみようかと思って。色々…諸々…」


ちらっとテウルを見たスンアはすぐにポケットから自分の携帯を取り出した。


「 業務用の携帯なのでお貸しできませんが…言って下さい。代わりに私が検索して読んでみますから。」

「 あ、そんな方法が…じゃあ……イ・ゴン!」


携帯画面を叩く準備をしていたスンアの指が止まった。
そして、聞き間違いであって欲しいという顔でテウルを見上げた。


「 …今、なんとおっしゃいました?」

「 イ・ゴンです。ここの皇帝の名前はイ・ゴンですよね?」

「 気は確かなんですかッ!!??皇帝陛下の御尊名を軽々しく口に出して呼ぶなんて!…もしかして外国に長く住んでたとか?…いや、だとしても祖国に対して無関心すぎません??」


困ったテウルは頭を掻いた。


「 それが、ここは私の祖国ではなくて…私もまだ地球が平らだから上手く説明出来ないんです!とりあえず密入国…程度にしておきます。」


ひとまずそう説明しておけばいいかと思ったが、口を開けたまま固まっているスンアを見るとむしろもっと問題だったようだ。

スンアがカップにお茶を注ぐや否や、再びノックする音が聞こえてきた。
今度はゴンと一緒に出ていったはずのヨンだった。
近衛隊長であるヨンの姿に惚れて宮人に志願したスンアは、思いがけず向き合ったヨンに目を輝かせた。


「 ちょっと席を外してください。 時間はかかりません。」


強く頷きながらスンアが書斎から出ていった。
突然やってきたヨンの手には、ティッシュで包んだクリスタルグラスが握られていた。
迫り来るヨンの端正な歩き方を見て、テウルは失笑した。
無表情だったヨンの眉がつり上がった。


「 なぜ笑うのですか?」

「 そっくりな人を知ってるんですけど、あまりにも違ってて…さっきはごめんなさい。 ところで、そっちは元々そんなに生真面目で深刻な性格なんですか?」


テウルの質問を無視して、ヨンは手に持っていたグラスを差し出した。


「 お掴みに。」


他の人ならまだしもテウルは刑事だった。
テウルはにっこり笑って席を立つと、ヨンが差し出したグラスを握る代わりに机の上に置かれた朱肉を親指でぎゅっと押した。
そしてヨンに近づいて朱肉の付いた真っ赤な親指をグラスに押し付けた。


「 そのお気持ち、よーく分かります。 私も全部やってみたから。必要なら確実な方がいいかと思って。照会したところで何も出ないと思いますけど。」


協力的な態度にかえって当惑したのはヨンだった。
照会しても何も出ないだろうという言葉が気に障ったりもした。
ヨンは、ゴンが心に描き続けてきたその澄んだ顔をじっと見下ろした。
困惑していた話が次々と浮かび上がってきた。


「 もしや…並行世界から来たのですか? 首都はソウルで、国号は大韓民国…?」

「 なぜ知ってるんですか…!?」


テウルが問い返した瞬間、ヨンはさらに一歩テウルに近づいた。
威嚇的な動きで、その目は冷たかった。
たじろいだテウルは本能的に後ろへ下がった。
ヨンが怒りを飲み込みながら尋ねた。


「 何者だ。陛下に一体何をしたんだ…陛下の肩にある変な傷も君の仕業か?」

「 …肩に傷があるんですか?さあ…分かりません。肩を見せ合う中じゃないので。」


テウルは少し苛立った。
この宮殿と宮殿の中の人々は、確かに皇帝のゴンを中心に回っていた。
大韓民国で見せたゴンの自負心と自信も理解できた。

しかし、テウルにとってゴンは皇帝ではなくただの人間だった。
一時は狂人で、今は狂人ではないということが明らかになった一人の人間。

ゴンに起きたことだからといって、自分が余計な追及に耐える理由にはならなかった。
実際、テウルがゴンにしたことなどない。
むしろ普通に暮らしていたテウルの前に現れ、日常と頭の中を揺るがしたのはゴンの方だった。
ヨンの態度が無礼に思えて、テウルも負けじと言い返した。


「 それに、なんでタメ口なの?91年生まれのひつじ年なら私が一つ年上だけど!?」


一瞬、自分の情報を知っているテウルに戸惑ったヨンが口をつぐんだ。
そしてちょうどその時、立ち去った書斎の主人がドアの前に戻ってきていた。



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急いで仕事を終えてきたゴンは、退屈だったはずのテウルに缶ビールを手渡した。
テウルは受け取ったビールを一気に飲み干した。
以前にもテウルがビールを一気飲みする姿を見たことはあったが、何度見ても見事な飲みっぷりだった。
見物するかのように眺めるゴンを横目に、テウルは一言投げつけた。


「 これって監禁? 」

「 そうじゃない、収めたんだ。理解してくれ。 私が後先考えずに君を連れてきてしまったから、前例のないことにみんな右往左往しているんだ。」


静かに説明されながら、テウルはもう一本のビールをすすった。
朱肉が付いていない指だけで缶をつまむと少し不便だった。


「 キム・クソ野郎はなんで落ち着いてるの?」

「 私は君が宮に来る日を何度も思い描いていたから。こんな状況になる筈ではなかったが。」


皇后にすると言った時も当然想像した。
宮殿に帰ってからは別の世界にいるテウルを思い出し、 その想像が何らかの形で現実になった今、ゴンはまたもや微笑みながらテウルの赤くなった親指を指さした。


「 一体何を契約したんだ?来るなり早速土地でも買ったか?」

「 いっそ壁紙で拭いてやろうかと思ったけど、国民のために我慢した。 さっき私を監視してた職員、素晴らしい愛国者だったから昇進させてあげて。…携帯を貸してくれる?ロックを外して。 あの子携帯は貸してくれなかったから。」

「 何を検索するんだ?電話するところはないだろうに。」


ゴンはおとなしく携帯を差し出し、テウルはそれを手早く掴み取った。


「 知る必要ない。暗証番号は?」

「 皇帝の携帯を誰が見るんだ。暗証番号なんてない。」


ごもっともだ。
テウルはにっこり笑ってポケットに携帯をねじ込んだ。

ゴンはテーブルの上に置いてあった食器の蓋を開けた。
順序が間違ってはいたが、ビールを飲み干したので次は食事の番だった。
テウルが空腹なのではと夕食を用意したのだ。
器に盛られたご飯がとても美味しそうだった。
しかし、テウルはスプーンを取らなかった。


「 先に食べてみて。」


毒味をしろという意味だった。
呆気に取られるゴンに向かってテウルは真面目に言った。


「 冗談じゃなく。私は今“不思議の国のアリス”なの。そこでアリスは変な薬を飲んで大きくなったり小さくなったりしたでしょ。私がこれを食べて毒殺されたり自然死したらどうするつもり…?」

「 心配するな、私は約束を守る。君は打ち首だ。 」


ゴンは愉快な微笑みを浮かべて言った。
テウルとゴンは互いに時計ウサギのようだった。
テウルは空笑いし、ついにスプーンを手にした。


「 なら食べても大丈夫ね、安心できる。 …これ、自分で作ったの?」

「 ああ。美味いか?」


しっかりとスプーンを握りもりもり食べるテウルを見るゴンの顔には期待が込もっていた。



「 まずい 」



両頬をいっぱいにして食べ進めるテウルの評価はあまりに低かった。
自分が食べているかのように満腹の表情だったゴンの顔が強張った。
子どものように失望した様子がありありと見え、そんなゴンをちらりと確認したテウルは笑いを堪えた。

ちょうどその時だった…

ノ尚宮が再び書斎を訪れた。
初対面の冷ややかな視線が忘れられず、テウルは瞬間的に緊張した。


「 お客様のお部屋とお食事を準備したのですが…… 」


テウルはきまりの悪い顔で空になった器を見た。
ノ尚宮が知らなかったのを見ると、ゴンが直接準備してきたことに間違いはないようだ。


「 お連れしましょう。 陛下の寝殿から一番遠いお部屋です。」


遅い時刻だった。
テウルはすぐに席を立った。


「 また明日。ゆっくり休んでくれ。」


余裕で手を振るゴンをノ尚宮が睨んだ。





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ノ尚宮の案内により、テウルは宮殿の片隅にある客室に滞在することになった。
体一つで来たことへの心配は要らなかった。
寝巻きや細かな生活用品まで、ホテルよりも必要なものが揃っていた。


「 非常時を除き、宮に外部の人間が泊まることは極めて異例なことです。 ですから、今日のことについては誰にも口外してはいけません。 皇宮内部の構造、陛下とのプライベートな会話、その他についても一切口を閉ざさなければなりません。 」


心配そうなノ尚宮の説明にテウルは頷いた。


「 心配しなくても大丈夫です。私も国に養われている人間ですから。」

「 そうでしたね…チョン・テウル警部補。」


ノ尚宮の目が鋭くテウルを正した。
ノ尚宮やヨンが自分の存在を知っているのは身分証のためだろうか…。
ノ尚宮の好ましくない視線が痛いほどだった。
まったく同じ身分証でテウルを知ったはずなのに、初めて自分と向き合った時のゴンとは反応があまりに違っていた。
思いもよらない客というわけではなさそうだった。


「 本当におかしな話です。陛下は子供の頃から不思議な名札を一つお持ちでした。 チョン・テウルという刑事は大韓帝国に存在しておらず、警部補という階級もここには存在しません。誰かが面白半分で、または他の理由で作った偽物だろうと思っていましたが、それがこのように一夜にして現れた。 なんとも不可解なことです… 」


テウルはノ尚宮の冷遇をなんとか理解しようと努めた。
テウルもまた、別世界から来た未知の存在に対して冷酷に振る舞ったから…


「 全て信じ難いことですが…一つだけ確かなのは、 説明のつかない存在は世の中に混乱をもたらすだけではなく、陛下にも害を及ぼすということです。」


テウルは悔しかった。
”説明のつかない存在は世の中に混乱をもたらし害を及ぼす“と定義されるのは、酷いことのように感じられた。

傷つき、反論することのできないテウルにノ尚宮は気づかない振りをした。
8歳で大きな傷を負った皇帝を守ることだけがノ尚宮の仕事だった。
その為、ノ尚宮はテウルに厳しかった。
ノ尚宮にとってあの夜はいっそ消してしまいたい夜であり、身分証の中のテウルもただの痕跡に過ぎなかった。


「 私はあなたがどこから来たのかなど知りたくありません。あなたは存在しない人です。ですから、宮におられる間は陛下、近衛隊長のチョ・ヨン、そしてこの年寄り以外はなるべく接触を控えてください。 そしてこの世界のことも知ろうとはしないで下さい。“この世界”にはもちろん陛下も含まれます。」


夕飯を食べてお腹が満たされ、少し生気が戻ってきていたテウルの顔色が蒼白になった。
ノ尚宮がドアを開け閉めする音が遠く感じられた。

テウルは、シワ一つなく布団が敷かれたベッドの上に座り込んだ。
テウルの世界に来たゴンは自分の世界について延々と話し続けていた。
最初は右から左へ聞き流すことさえ面倒なほどおかしかったが、その後は少しずつ気になっていった。
ゴンは時と場所をわきまえず自分の世界の話をし、テウルをその世界に招待した。
ゴンの切ない瞳は信じられない話を信じさせた。
会いたくなった。

そしていざ踏み出した世界は不思議の国だった。
たった今、一歩を踏み出したばかりだ。
難しいことは考えず、いつもの自分らしくぶつかってみただけなのに、一日も経たないうちにテウルはその世界から厄介者扱いを受けた。
ノ尚宮が言ったのは、おそらく宮殿と皇帝に関する話だろうが、あいにくテウルには全て一つの世界に関する話だった。

テウルはぼんやりとまばたきをした。
どうせあまりにも違う世界だった。
ゴンがある瞬間、自分の世界に戻らねばならなくなったように、テウルもきっと同じだろう。
ノ尚宮は知ろうとはするなと言ったが、すでに取り返しのつかない部分もあった。

柔らかいベッドの上がまるで棘の生えた座布団かのように居心地悪く感じたテウルは、床へ降りてベッドに背中をもたれた。
テウルが自嘲的に笑ったその時…


…バタンッ!


外に面した大きな窓が勢いよく開いた。


「 君…ベッドがあってソファもあるのに、どうして床に座ってるんだ? 」


ゴンだった。
パジャマの上にナイトガウンを羽織った姿だった。
寝る準備をしてからここに来たようだ。
驚き半分嬉しさ半分…テウルは沈んでいた心に蓋をして、ぶっきらぼうに尋ねた。


「 …なんで来たの?」

「 君を安心させたくて…信じろ、私はこの国では“まとも”な皇帝だ。」

「 ”まとも”ならなんで”まともな入口”じゃない裏の窓から入って来るわけ?」

「 …君は分かってないな、こっちが近道なんだ。宮がどれだけ広いと思って…!」


と冗談を言いながらゴンがどさっとテウルの隣の床に座った。
伝わってきた温もりにテウルは口を尖らせた。


「 床には座れないんじゃなかったの?」


少しの間だったが、確かに一人の時間は寂しかったかもしれない。
“この世界に知り合いは君しかいないのに私を置いていくな”と言ったゴンの言葉が思い浮かんだ。
テウルも同じだった。
ここでは知っている顔は多くても、本当に知り合いなのはゴンだけだった。


「 座ってみると悪くないな。風情もあるし… 」


並んで座った2人の肩が触れそうだった。


「 …あれはいつ見せてくれるの?私の身分証。」

「 ……明日 」

「 なんで明日なの。本当はないのにあるって言ったんじゃないの?」

「 ある。見せたら帰ってしまいそうで…君の世界に。」


テウルは隣に顔を向けた。
自分を見下ろすゴンの目は薄暗かった。
黒い瞳に映ったテウルだけが明るく揺れていた。
自分の世界にいながらも寂しそうに見えた。

言葉に詰まった。
不慣れな所に来たせいか、不慣れな感情が心に入り込んできて…
汗ばむ手のひらをゆっくり握り、テウルは話を逸らした。


「 ……あれは何? 」

「 あれって?」

「 私の車のキーに付いてたあのキーホルダー。すごく安っぽいやつ。」


真剣だったゴンの目が慌てた。
テウルはあのライオンのマスコットを町の射撃場で見たことがあった。
きっとそこからゴンが取ってきたのだろうと思い当たった。
実際にそうだった。
だが、それほど安い値段で手に入れたものではなかった。


「 君は本当に分かってないな…!これだけは知っておいた方がいい。私の持ち物に安物はない。」


真剣に言ったが、まともに撃ち落とせず、お金をたくさん払う羽目になったという話だった。
警察隊出身で射撃にも自信があったテウルは、呆れてついカッとなった。


「 一体いくら使ったの…!?軍隊行って来た人なら目を瞑っても当てられるでしょ!」

「 そう言うと思った。 大韓民国は全員グルなんだな!」


射撃場のオーナーにもそう言われた。
それなのに何度も追加料金を払わなければならなかった。
悔しがるゴンにテウルは舌打ちした。


「 静かにして…!外に見張りがいるんだから。」

「 馬鹿だな…この部屋に監視カメラがいくつあると思ってるんだ? 」

「 あれも…監視カメラなの? 」


部屋のあちこちに額縁があった。
ゴンが額縁に向かって手を振った。


「 君も手を振ってみろ。今12人が監視中だ。」


驚いたテウルは立ち上がった。
帝国だろうが宮殿だろうがいくらなんでもここまで人権侵害を受けるわけにはいかない!…という考えのためだったが、ゴンは笑いを噛み殺しながらテウルの手を引っ張って座らせた。


「 もう全部信じるんだな、嘘なのに。」


また座った床は、さっきよりもゴンに近かった。
テウルは近づき過ぎた距離を気にしてゴンをぎこちなく睨みつけた。


「 ……ふざけないで。あれ、本当に監視カメラじゃないの? 」

「 違うって。からかっただけだ。……証明しようか? 」


言うなりトン…とゴンはテウルの肩に頭を乗せた。
ゴンは平然と落ち着いていた。
微妙な緊張感のようなものは、テウルが感じていた。


「 …どいてよ。見た目はいいけど、その姿勢ってハンパなく疲れるんだから。」

「 全然…ちっとも疲れない。」


初めて会った時から誰かの視線を引くのに十分だと思っていたその彫刻のような顔を、テウルは横目で眺めた。
ゴンは目を瞑っていたが、そのせいでさらに彫刻のようだった。


「 …一つ質問するから、”はい “か “いいえ” だけで答えて。」


分かっていた。
テウルがこの世界に来た理由のようなもの…

人より勇敢ではあったが、好奇心が旺盛なわけではなかった。
自分の肩に頭をもたれ掛けたまま目を瞑っている男…
一人で立っていると寂しく見えるが、自分がそばにいれば少し寂しくない男…

男は頷きながらテウルに答えた。


「 どうぞ。」

「 1回も恋愛したことないでしょ? 」


テウルに身を預けていたゴンは頭を上げて反論した。


「 いきなりだな…いいや、あるさ。」

「 いつしたのか当ててみようか? 」

「 当ててみろ。」


2人の視線が強くぶつかった。




「 今。 」




テウルの答えに、ゴンの口元が穏やかに上がった。



「 …こうすべきか?」



瞬間、大きな手がテウルの頬を一気に覆い、同時に顔を傾けたゴンがそっとテウルにキスをした。
テウルは固まったまま、優しく触れて来る唇の感触を感じた。
ゆっくりと唇を離したゴンは、驚いたままのテウルをじっと見つめた。


「 私が今、何を証明したのかも当ててみろ。」

「 ………。」

「 “恋愛経験あり”?それとも、”今 恋愛中”?」


そう言ってゴンは笑った。
幸せそうで、実際幸せだった。
はっきりと形になったゴンの幸せを目の当たりにしたテウルは、ふと不安になった。

これまで向かい合ったゴンの世界はほんの一部で、宮殿の外に広がる世界はテウルには想像もつかないものだ。
たとえ少しの間でも、この世界に留まることが果たして大丈夫なことなのかさえ分からなかった。

こうして1と0の間を飛び越えた今、どこまでゴンと一緒に歩くことになるのかも分からず、テウルは途方に暮れた…
        




ザキング 永遠の君主
   13.「証明した気持ち」

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