ザキング 永遠の君主 43.「私たちを選んだ運命」
そして1994年…
あの“謀反の夜”から時間は再び流れ始めた。
イ・リムが大韓民国に現われなかったことでイ・ソンジェもイ・ジフンも死なずに済んだ。
ソンジェの弟でありジフンの父でもあるジョンヘの夫は亡くなったが、家族が悲劇に突き進むことはなかった。
ジョンヘはソンジェを療養院に入れ、ジフンは伯父のソンジェの元をよく訪れた。
大韓帝国のヒョンミン…つまりシンジェは死を決意したソニョンとまたも橋の上へあがったが、イ・リムではない別の人物によって命を救われた。
運命のように橋を通りかかり、自殺を図る親子を目撃したのはジョンインだった。
ジョンインに救われたことで九死に一生を得たシンジェは、異世界へ渡ることもなくソニョンと大韓帝国で暮らし成長していった。
貧民街で孤児として生まれたルナは、市場の路地で魚屋の金を盗んだことがきっかけでソリョンの母親の世話を受けることになった。
最初に得た暖かさは、ルナの人生をひっくり返した。
シンジェもルナも立派に育ち、やがて大韓帝国の刑事として出会うことになったのも…
2022年5月27日、シンジェとルナの2人が一緒にヘソン書店の前を通ったのも…
すべてが完全な世界となって変わった未来だった。
相変わらずの野心で高みを目指し続けたソリョンは再び国会議員となっていたが、その行き過ぎた野望のせいで総理に上り詰めることは出来ず、結局は横領罪で監房に入れられることになり……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ターーーンッ!!!
聞こえてきた銃声は夢のようにぼやけていった。
テウルはハッと目を覚ました。
テウルの上にはざわめきが起こっていた。
「 大丈夫ですか!?」
「 ねぇ、あれ銃じゃないの…?」
銃を手にしたまま、竹林の入口でテウルは倒れていた。
血のついた服もそのままだった。
テウルは勢いよく飛び起きた。
取り囲む人々から向けられる疑いの目など今は問題ではなかった。
「 ここは…どこですか?大韓民国ですよね?今日は、何月何日ですか…? 」
誰かが訝しげに答えた。
「 もちろん大韓民国ですけど…2020年4月25日ですよ。」
過ぎていた時間はわずか1週間ほどだった。
それでも、世界は似ているようで違う方向へ流れていた。
大韓民国にシンジェは存在せず、ゴンを覚えているのもテウルだけだった。
その他に大きく変わったことはなかった。
テウルは依然として警部補で、相変わらず月に一度は“父さんのいい娘“だった。
それでもふとした瞬間、どうしようもなく涙が込み上げた。
光化門広場の前を通る度に…
竹林を訪れる度に…
初めて出会った日、自分に向かって歩いてきたゴンを思い出した。
大韓帝国で過ごした短い時間はまるで昨日の事のようだった。
病院で過ごしたひとときが…
聖堂で一緒に捧げた祈りが…鮮明だった。
ゴンが会いに来てくれたすべての瞬間をテウルは覚えていた。
泣きたい気持ちを抱えたまま、ゴンもシンジェもいなくなった世界で、テウルは過ぎていく日常を生きていた。
テウルがついに泣き出したその日は、4月から半年が過ぎた冬だった。
雪がちらついていた。
雪が降ると、決まってまたゴンとの記憶が浮かび上がった。
ゴンのことばかり考えていたせいで見た幻か…
それとも、これがもう一つの運命だったのか…
光化門交差点をぼんやりと1人で歩いていたテウルは、正面から歩いてくる男を見て息を呑んだ。
紺色の海軍服を着たその男は…ゴンと同じ顔をしていた。
上手く息が吸えなかった。
男は食い入るように自分を見つめるテウルをちらりと見下ろした。
しかし、それだけだった。
『 イ・ジフン 』
男の名札に刻まれた名前はテウルもよく知っている名前だった。
ジフンはそのままテウルの真横を通り過ぎた。
遠ざかっていくジフンの後ろ姿はゴンと似ているようで、まるで違っていた。
彼がゴンなら…こんな風にテウルを置いて通り過ぎるはずがない。
迷わず駆け寄って抱きしめただろう。
ずっと耐え忍んできた悲しみが、懐かしさが、恋しさが、胸の奥底から一気に湧き上がった。
テウルの頬に触れた冷たい雪片は、溢れた熱い涙に溶けていった。
ー たとえあの扉が閉まったとしても、全宇宙の扉を開けてみせる。そして必ず君に会いに行く。
ゴンの声が忘れられなかった。
記憶は残され、テウルは生きていた。
しかしその記憶がテウルを苦しめた。
ゴンと初めて出会ったその場所で、テウルは泣き崩れた。
「 …来るって言ったのにッ… 」
やっと吐き出した思いはすぐにまた泣き声にかき消されていった。
テウルが愛することにした運命…
その運命の半分は待つことだった。
だからテウルは待ち続けた。
全宇宙の扉を開いて、自分の元へやって来る運命を…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一つになった萬波息笛の宇宙はそれこそ広大だった。
果てしなく広がる光の扉の中には、あらゆる方向へ伸びた多様な世界があった。
ゴンはひたすら光の扉を開け続けた。
テウルに会うために…
ある世界のテウルはパイロットで、またある世界のテウルは誰かを守る勇敢な軍人だった。
そしてまたある世界では…思いもよらない女優だった。
違う名前で違う人生を生きる別人にも関わらず、どこにいても凛として逞しく、綺麗だった。
もっとテウルに会いたくなった。
愛し愛されたチョン・テウル。
きっと自分を忘れているだろうが、それでも会いたかった。
テウルが待っているような気がした。
扉を開ける度に期待し、テウルに会えない度に失望したが、何度繰り返してもゴンはテウルを捜すことを諦めなかった。
たとえ宇宙の扉をすべて開いてでもテウルに会いたかった。
そうして歳月だけが流れ、結局は扉と扉の中の世界をさ迷って死ぬことになっても、無駄な時間になったとしても構わなかった。
テウルを捜す時間が無駄なはずはないと信じ、ゴンはマキシムスと共に走り続けた。
そして再び…
ゴンは自分に向かって近づいてくるテウルと向かい合った。
庭に立つゴンの手には薄水色の花束があった。
今度こそこの花の持ち主と出会えることを願っていたが、きっと今回も違うのだろう…
すでに数え切れないほど傷ついた後だった。
テウルと別れてから1年が過ぎていた。
ゴンはもう、簡単には期待しないことにした。
たとえ近づいてくるテウルの姿が本当のテウルのように見えても…
「 ……君はこうして…宇宙のどこにでも存在しているんだな。」
寂しげに呟きながら、ゴンはテウルが自分の前に立つのを待った。
しかし一歩、また一歩…テウルが近づくほどにどうしようもなくゴンの心臓は高鳴った。
テウルの首には警察の身分証がかかっていた。
希望と絶望がせめぎ合い、ゴンは焦った。
「 相変わらず私を知らずに…
ゴンを見上げるテウルの瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうなほど潤んでいた。
ゴンは当惑してテウルを見つめた。
思わずテウルの頬を掌で包み込んでしまいそうだった。
「 君はなぜ……泣いているんだ。どこにいても幸せそうで、それだけが慰めだったのに…… 」
同時にテウルの目から涙がこぼれ落ちた。
「 君は…なぜ私を知っているような目をしてるんだ。なぜ私のことを…すべて覚えているような気がするんだ…… 」
ゴンの視線が身分証からテウルの首に光るネックレスへ移った。
「 ……君なのか?チョン・テウル…本当に君か? そうなのか…? 」
互いに待ちわびていた切実な瞬間が訪れていた。
永遠にも思える一瞬だった。
「 来たんだね。本当に…来たんだ……もう全部…終わったの…? 」
ゴンは感情のままに強くテウルを抱きしめた。
初めて出会ったあの時と同じように…
「 ついに…ついに君に会えたな。チョン・テウル警部補… 」
「 なんでこんなに遅かったの? 私がどれだけ待ってたか…毎日毎日…あなただけを待ってたのに…! 」
記憶が消えずにすべてを覚えていたのだとしたら、どれほど自分を待っていたことか…推し量ることも出来なかった。
腕の中のテウルをさらに強く抱きしめたゴンは、子供のように泣きじゃくるテウルをなだめた。
「 いろんな事があったんだ… 」
あの夜
イ・リムを斬ったゴンは、ヨンを助けるために急いで宮へ引き返した。
ヨンは生き延び、歴史が変わった大韓帝国で相変わらず凛々しい近衛隊長を務めていた。
復縁した両親から生まれた双子の妹弟の年の離れた兄でもあり、妹弟たちはウンビとカビのようにとても可愛らしかった。
大韓帝国の歴史が変わらなければ出会えなかった子供たちだ。
「 この世界へ戻るにはまた一から道を探すしかなかった。そうして宇宙のあらゆる扉を開けていたら…こんなに遅くなってしまった。」
そこで初めてゴンは微笑んだ。
テウルも涙を浮かべたまま笑った。
低く柔らかい声が、優しい微笑みが、暖かいぬくもりが…すべてがゴンだった。
本当にゴンがそばにいた。
ゴンは人差し指でテウルの頬を濡らす涙を拭った。
「 君を探し出せても、私のことは覚えてないと思っていた。」
「 …なのに私を捜したの?」
「 たとえ私を忘れた君でも…会いたくて。忘れていたらもう一度言ってあげようと思ったんだ。 “ 私は大韓帝国の皇帝で、呼んではいけない私の名は…イ・ゴンだ ”と。」
テウルが小さく声を出して笑った。
突然取り戻した幸せが胸いっぱいに溢れた。
「 …ところで、どうして2つの世界が違う方向へ流れたのに私を覚えているんだ? 」
「 …それは省略する。私にも…いろんなことがあったの。」
イ・リムと共に次元の扉に入り、ゴンが過去を変えて四寅剣の召命を成し遂げたその瞬間、すべてが止まっていた扉の中にも時間が流れ始めた。
想思花の花が咲き、花びらは風に舞った。
亀裂を起こして均衡を保ちながらいつも皆のそばにいた神は…あの日もテウルと共にいたのだろう。
「 今はこうさせて… 」
死を覚悟した辛い選択についての話を省略する代わりに、テウルはつま先立ちをしてゴンの唇に口付けた。
朧げだった感覚が完璧によみがえった。
ゴンはテウルの唇をそっと開いて中へ入り込んだ。
二度と消えてしまわないよう、深く腕を回して互いの体温を感じた。
抱き合った恋人は切実だった。
依然としてゴンの手には花束が握られていた。
体を離したゴンは恐る恐るテウルに尋ねた。
「 今もまだ······花は嫌いか?」
テウルは随分前に受け取った薄水色の花束が再びゴンの手にあることに気がついた。
消えてしまったあの花が、変化した未来の中でもう一度テウルのもとへ戻ってきたのだ。
テウルは明るく笑った。
「 好き。特に…この花が好き。」
差し出された花をテウルが受け取った瞬間だった。
テウルの耳元で、ゴンは告白した。
「 この言葉もまだ言っていなかったな。………愛してる。君を…これ以上ないほど愛してるんだ。」
以前の悲しい告白は、とても甘い告白となってテウルの心臓を溶かした。
「 ……こんな風に…完成される運命だったんだね。……私も愛してる。 私も…あなたこれ以上ないぐらい愛してる。 」
「 じゃあ…私が君の日常になってもいいのか?受け入れてくれるのか…? 」
微笑んだテウルは頷き、再びゴンを抱き寄せた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もしかしたら、“ いい加減にしろ ”というテウルの脅迫が神に通じたのかもしれない。
また新しく始まった2人の時間は、これまで多くを省略してきた時間とは違っていた。
大韓民国と大韓帝国…それぞれの世界でそれぞれの人生を守りながらも、2人は週末になると光が漏れる扉の中へ入り、何にも属さない世界で時間を過ごした。
時にそこは1990年代の大韓民国であり、ミレニアムを目前にした大韓帝国でもあり、また別のとある時間と場所でもあった。
国家情報院に就職し、結局はナリとの恋を成就させたウンソプに会ったことも、スンアと秘密恋愛中のヨンを見たこともあった。
そうして2人は一緒に旅をした。
もちろん平凡な旅ではなかったが、一緒ならそれだけで幸せだった。
互いの家の前で別れる日常の代わりに、次元の扉の前まで送る日常が楽しかった。
テウルとゴンは手を繋ぎ、自分たちがまだ生まれてもいない1960年代の古い道を歩いた。
騒々しい通りは制服を着た学生たちで賑わい、映画館前のポスターは野暮ったくも強烈な印象を与えた。
白地に黒いドット柄のワンピースを着てハイヒールを履いたテウルと、クリーム色のスーツを着たゴンはどこにいてもよく馴染んでいた。
そして二人は成婚宣言文のように慎ましく互いへ誓い合った。
生きている間、私たちの前にどんな扉が開こうとも…
共にする瞬間が時に切ない方向に流れようとも…
私たちの愛がどうか…
疲れ果てませんように。
そうして私たちは
私たちを選んだ運命を愛することにした。
今日だけ、今日だけを…永遠に。
ザキング 永遠の君主
43.「私たちを選んだ運命」 完.