1月1日 Integrity in Leadership リーダーの真摯さ
2022年 明けましておめでとうございます。
2年目に突入!今年も、 #ドラッカー #365の金言 から人生と経営を深めて参りましょう。
一年の計は元旦にあり。ということで、本日 #元旦 #1月1日 のテーマは
#Integrity_in_Leadership (リーダーシップにおける誠実さ)
#組織の精神はトップから生まれる 。
真摯さを絶対視して、はじめてマネジメントの真剣さが示される。それはまず人事に表れる。リーダーシップが発揮されるのは真摯さによってである。範となるのも真摯さによってである。
真摯さはごまかせない。ともに働く者とくに部下には、上司が真摯であるかどうかは数週でわかる。無能、無知、頼りなさ、態度の悪さには寛大かもしれない。だが、真摯さの欠如は許さない。そのような者を選ぶ者を許さない。
このことは、とくにトップについていえる。組織の精神はトップから生まれるからである。組織が偉大たりうるのは、トップが偉大だからである。組織が腐るのはトップが腐るからである。「木は梢(こずえ)から枯れる」との言葉どおりである。
範とすることのできない者を高い地位につけてはならない。
(『マネジメント-課題・責任・実践』1974年野田訳版 下巻 139~141ページより)
Integrity を上田惇生先生は、真摯さ、と訳されています。しかし、本来、Integrityとは、人格の誠実さです。この点、#安冨歩 著 #ドラッカーと論語 の主張に賛成です。
特に、
上田氏の integrity =「真摯さ」という訳は賞味切れ
という安富氏の指摘は、平成の「失われた30年間」を経過し、さらに、この感染症騒動で、ひたすらGDP成長をマイナスにし、デフレ経済の長期化により、日本国を「集団自殺」に追い込んでいる政府並びに経団連への不信を感じているところです。
この部分の原文と忠実に訳された、1974年版をご紹介すると、次の通りです。
The proof of the sincerity and seriousness of a management is uncompromising emphasis on integrity of character. This, above all, has to be symbolized in management’s “people” decisions. For it is character through which leadership is exercised; it is character that sets the example and is imitated. Character is not something one can fool people about. The people with whom a person works, and especially subordinates, know in a few weeks whether he or she has integrity or not. They may forgive a person for a great deal: incompetence, ignorance, insecurity, or bad manners. But they will not forgive a lack of integrity in that person. Nor will they forgive higher management for choosing him.
This is particularly true of the people at the head of an enterprise. For the spirit of an organization is created from the top. If an organization is great in spirit, it is because the spirit of its top people is great. If it decays, it does so because the top rots; as the proverb has it, “Trees die from the top.” No one should ever be appointed to a senior position unless top management is willing to have his or her character serve as the model for subordinates.
経営陣が、裏表がなく真面目であることを最終的に示すには、断固として誠実さが大切なのだと強調することである。このことは何よりもまず「人事に関わる決定」において、証明されなければならない。なぜなら、人柄を通じて指導力が発揮されるのであり、人柄によって手本が示され、そして見習われるのである。つまり人柄は、職務についた後で身につけられるものではない。人柄は、誤魔化しが効かないものである。一緒に働く人、特に部下は、数週間ですぐに、その人に誠実性があるかどうかわかってしまう。彼らは、その人の無能、無知、頼りなさ、無作法を多めに見ることはあっても、誠実さが欠けていれば許しはしないだろう。また、彼らは、そのような人間を選んだ上層にいる経営陣を許しはしないであろう。(中略)特に、企業のトップにいる人についていえる。なぜなら、組織の精神は、トップから作られていくからである。組織の精神が偉大なのは、そのトップの人の精神が偉大であるからである。組織が腐敗するのは、トップが腐っているからである。諺にあるように「木は梢から枯れる」。要するに、トップ・マネジメントが、部下の模範にしたいと思うような人柄の持ち主でなければ、当人を上級管理者に任命すべきではないのである。( 同書 1974年版 訳 139~141ページ)
たとえ仕事には真摯さを有していても、人として誠実さに欠ける人物をリーダーとすることは誤っているということがドラッカーの指摘だからです。
ブラック企業、いじめ、人権侵害、差別、搾取、、これらの問題は、これまでなら仕事さえ出来ていれば、仕事に真摯でさえあれば許されてきました。しかし、ウイグルやチベット抑圧が明らかとなると、そうした取引に関わり、利益を生み出す人権抑圧を肯首する企業の経営姿勢も問題である、という流れが本流となってきました。
たとえ、自社にとって、その市場から大きな利益や売り上げを得ているとしても、放棄せよ、許されるものではない、という主張が主流となりつつあります。
ACTION POINT
#ヘッドハンティングをされたならば 、
仕事に真摯であれば、何をやっても良い、という姿勢は、もはや通用しません。今日を変えていこう。愛を込めて。
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