帰国してすぐに転職をきめた話
働くとはなにか。
考えさせられた出来事があります。
それは5年間のインドネシア駐在を経て、
2019年3月に日本に帰国したときのこと。
とあるきっかけがあり帰国してすぐに転職することになりました。
その経験を共有したいと思います。
(実際に住んでいた島のようすです)
インドネシアでは食品商社に勤めていました。スパイスを日本やヨーロッパに輸出する仕事です。
インドネシアのスパイス生産量は世界有数なんですね。
スパイスというのはわたしにとって、
とても妖艶でエクゾチックなものだと感じています。
あの独特のかおり・色・カタチ。
300年以上前、大航海時代を迎えたオランダやヨーロッパがこぞって獲得を争ったのも納得です。
このような地で5年間働いてきたあと、
日本に帰国しました。
そしてその帰国後すぐに転職することに。
2014駐在開始と全力疾走
インドネシアに駐在開始した当初、もともと任期は決まっていませんでした。
「片道切符のつもりで頑張ってこい」
会社からは背中を押されました。
日本とはまったく異なる生活環境のインドネシア。
首都ジャカルタでは慢性的な渋滞、鳴り響くクラクション、舞い上がる砂。すべてがエクストリームでした。
日々必死にくらいつき、毎日100m走を全力疾走している感覚。
そのペースで走りつづけ気づいたらフルマラソンの42.195km走破。そんな感覚でした。
やりきった感と帰国を決めたとき
ゼロからの立ち上げに携わらせていただき、徐々に規模も大きくなってきたとき。
わたしの中で転機が訪れました。
それは新たな工場を建設すること。
これこそがわたしの帰国の決め手。稼働を見届けて帰国したのでした。
この工場建設は初めてのことばかり。
土地の収用から登記、地元政府への営業許可申請や工場の建設、そして電気の開通工事などなど。
もともと何もないところに工場を建てるもの。
政府もよくわかっていないし、地元住民からも強く反対されました。
リーダー的存在だったわたしは
強烈な批判にさらされることに。
従業員を守るべく矢を受け続けてきました。
そうして紆余曲折を経て無事に建設・稼働まで漕ぎつけることができました。
開所式では思わず歓喜の涙。
こうして無事に稼働も開始し、やりきった!という思いのうちに帰国を申し出ました。
2019帰国そして転職へ
その後2019年の3月に帰国しました。
まず感じたことは平和〜である。
いままでの生活がウソのように
ここには穏やかな気持ちいい時間が流れていました。
本社に戻りありがたいことに
受け入れてもらえました。
業務もこれまでとはまったく違った日常業務。
そう完全に燃え尽きて灰になって帰ってきたわたし。
これまでの業務とのギャップやそこで流れる時間のスピードのちがいに驚きました。
せっかく考え配置をしてもらえたのですが、
申し訳ないけれど他でもっと学びたいことがある
そう思い転職を考えるようになりました。
そして帰国後半年後には
新たな会社様へ転職をきめました。
それぞれ輝ける場所がある
これまでよくしていただいた
前職の方には申し訳ないのですが、
そこでの経験もあったお陰で
今の会社に転職できています。
ほんとうにありがたいです。
まさか自分が転職するとは思ってもいませんでした。
この経験を通じて思ったこと。
それは
それぞれ輝ける場所があるということ。
自分の向き不向きというのは誰にでもある。
それを活かせる場所、それが評価される場所というのは必ずある。
そう気付かされました。
だからこそ今の場所で悩んでいる方にも、
可能性の一つとしてわたしの経験が伝わればうれしいです。
自分の輝ける場所