フォントを木塊に彫った「木版」から、インクを刷り作った、靴ブランド「TOUN」のロゴデザイン。
このロゴタイプ、拡大してアウトラインをよく見るとガビガビしている。なぜかというと、彫刻刀で木塊を削って作った木版だから。「木版」とは印刷技法の一種で、小学校のころ一度はやったことのあるあの「木版画」と大体同じような技法です。
なぜ、ロゴタイプをつくるのにわざわざ木版をつくらないといけなかったのか。今回はそのお話を少しさせてください。
奈良でつくられているスニーカーブランド
TOUN(トウン)は、革靴の製造産地である奈良の中部エリアで、革靴メーカー「オリエンタルシューズ」によって作られている革靴ブランド。恥ずかしながら、日本の、しかも近畿圏内で国産のスニーカーを作れるとは知りませんでした。
地元奈良のデザインファーム オフィスキャンププロデュースの元、70年以上の歴史を持つ オリエンタルシューズの高い革靴製造技術と、奈良出身グラフィックデザイナー 山野英之さんのデザインによって生まれました。
ブランドコンセプトは「New Nostalgic」。
「時代を経ても、どこか懐かしい、でも新しい」という独自の価値観を、流行の真ん中に位置するファッション業界で唱えました。毎年リリースするブランド、シーズンごとにマイナーアップデートするブランド、無理なカラー展開で売り場の面積を稼ぎにいくブランド、流れの早すぎる今のアパレル業界の波には乗りたくありませんでした。
※ブランド名TOUNの由来は、「東雲(しののめ・とううん)」明け方の空、あけぼのの意味。闇から光へと移行する夜明け前に茜色にそまる空を意味する言葉です。また、「沓(とう/TOU)」は、奈良時代における「あしをいれるもの」全般を指す言葉でもあります。
ラフにしたかったわけではない
ロゴやフォントを作るときによく用いられる手法で、Illustratorの「ラフ」という機能があります。これはオブジェクトの線をギザギザにしたりユラユラにしたり、ランダムな揺らいだものにするものです。それによって、有機的なラインにしたり、ナチュラルな雰囲気にしたり、手書き風なオブジェクトにしたりすることができます。
この「ラフ」のように、似たような表現は、デジタル機能で代わりになるようなことはいくらでもあると思います。しかし、TOUNのロゴは手書き風なテイストにしたかったわけではありません。
印刷の歴史を辿る
印刷のルーツを辿ってみると、飛鳥時代〜奈良時代(平城京)のころ8世紀に、中国大陸から仏教や製紙技術とともに印刷技法のはじまりである「木版」が伝来したと言われます。
都が京都に移った平安時代、経典が必要になったことから、木版による印刷が大量に行われました。文章だけではなく仏の姿を写した木版画も発展したことで、日本の木版は開花します。さまざまな寺院が発刊する経典などの木版印刷物が、出版という役割も得てさらに広がりました。
戦国時代には、戦果から逃れるために、人ともに京都から木版技術が全国に広がりました。そして、ヨーロッパから「活版印刷」の技術がはいってきました。文字や単語ごとに木や金属に形を刻んだ版「活字」を作る技法である活版印刷は、版作りのリスクが少ない技法のため、他国では徐々に主流は活版印刷と変わっていきます。
江戸時代には、出版から本屋が生まれ、「寺子屋」が普及し庶民の間でも読み書きの文化が育まれてきます。それまでは本の挿絵として描かれてきた木版摺りの絵は、浮世絵「見返り美人」で一枚絵のアートとして独立を果たし日本国内で一気に広まりました。
他国ではすでに活版印刷が主流になりつつありましたが、日本では漢字・ひらがな・カタカナと複雑な文字構成であるためコストも高く、なかなか定着しなかったそうです。
時の流れから学び、新しいものを生み出す
TOUNのロゴについても、靴のコンセプト・考え方と同様に、この歴史背景と合わせて考えました。サンセリフ体(ゴシック体)のベーシックなロゴにしつつも、始めから最後までMacでフォントから作るのではなく、フォントを一度彫刻刀で木塊に彫り、「木版」をつくり、インクを刷り、デジタルに戻り線を整えて、ロゴタイプを作りました。文字で起こしてみると、行ったり来たりしている…なんとも面倒くさい方法ですね。
このロゴタイプ、拡大してアウトラインをよく見るとガビガビしています。もちろん、パッと見ただけで歴史感を感じるものではありませんが、デジタルデータのみで作られたロゴとは明らかに違って見えます。
反して、すごく歴史を感じる筆字や、ギリギリ読めるような筆記体フォントにしなかったのは、「懐かしい」「古めかしい」だけを伝えたかったのではないからです。この「でも、新しい」の部分がデザイナーの知識や経験による手腕ですね。(←自分で言ってみる)
すべてにおいてブランドコンセプトを貫く
TOUNには「Three」「Five」「Seven」という3モデルがあります。シューホール(靴紐を通す穴)の数でモデル名は名付けているのですが、実は、それぞれスニーカーの歴史を辿るようなラインナップになっています。
ここまで読んでいただいた人は気づかれたと思いますが、靴のコンセプトも、3モデルのコンセプトも、グリーンのカラーコンセプトも、ロゴのコンセプトも、すべてブランドコンセプトである「New Nostalgic」を貫いています。
この一気通貫した交通整理がブランディングにおいて重要なことです。
商品を履いた人、SNSで見た人、話を聞いた人、ブランドとの接点は人によって様々です。どこで出会うのかわからないんです。そのため、どの側面から出会ってもブランドに一貫したコンセプトを感じる必要があります。
TOUNに出会った人は、なんとなくでも「どこか懐かしい、でも新しい。」そう感じてくれるはずです。
こんな時代に、木版とデジタルツールを用いてロゴをつくる。この面倒な作業の意味は、「どこか懐かしい、でも新しい。」ということを感じて欲しかったから。ゆらゆらした線を描きたかったわけではありません。
由縁を知り、歴史を知ることで、モノに対する知識量が変わり、それは愛着へと変わります。
モノづくりも、靴も、スニーカーも、フォントも。
TOUNは、連綿と続く時の流れから学び、新しいものを生み出す「New Nostalgic」なブランドなのです。
それでは、今回はこのあたりで。ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。また機会があれば他の記事も読んでください。
Client: Oriental Shoes co.,ltd.
Creative Agency: Office Camp llc.
Producer: Daisuke Sakamoto
Shoes Designer: Hideyuki Yamano
Art Director, Designer: Coji Katsuyama
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