ゴボウがない世界
世界が自分だけでできていたら、どんな世界かね、って話を夫としていた。
この場合、世界でひとりきり、というわけではなく、すべての人が自分と同じ性質や嗜好を持っていたら、ということ。
「高層ビルの窓が拭けないだろうね」
(高所恐怖症)
「遊園地からお化け屋敷がなくなるだろうね」
(ホラー苦手)
などと、夫は話を展開していった。
そして、
「世界がみんな俺になったら、野菜売り場からゴボウが消えるだろうね」 と。
え?
この発言には不意をつかれた。
それからゴボウの必要性について、ふたりで熱く議論を交わした。
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ゴボウといったら、代表料理は「きんぴらごぼう」を思い浮かべる。
(夫は冷凍のきんぴらごぼうの解凍に失敗したトラウマがあり、きんぴらごぼう嫌い人間だ)
きんぴらごぼうはおいしい。
ゴボウのしゃきしゃきした歯応えと甘辛い味付けが食欲をそそる。
ただ私と夫で意見が一致したのは、きんぴらごぼうが支持されるのはわかるけど、ゴボウじゃなくちゃ絶対ダメ!という料理はあまり存在しないのでは、という点。
きんぴらもゴボウでなくても良いのでは?
母の作ってくれた蓮根や舞茸のきんぴらは、甘めの味付けに輪切りの唐辛子がよく効いていて、大好きなおかずだった。
牛しぐれ煮もゴボウ抜きでもいいし、豚汁もゴボウ抜きでも大丈夫なんじゃ…
縁の下の力持ち的野菜なのかな。
ゴボウ農家の方には大変失礼な話だが、料理ど素人夫婦の戯言と、ご容赦いただきたい。
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最初にゴボウを食べようとした人はすごいと思う。
あんなに固そうで土だらけでワイルドな見た目をしている野菜だ。
どう見ても、食用には向かなさそう……。
食べてみた人は、手始めにきっと生のまま齧り付いたのだろう。
想像するに、おそらく食べられた味ではないと思う。
消化にも悪そうだ。
こりゃあダメだ、食えねぇ。と諦めるかと思いきや、その人か別の誰かかはわからないが、泥を洗い落とすところから始まる一連の下ごしらえを思いつく。
そして試行錯誤の結果、人が食べられる食材としての活路を開くこととなった。
ゴボウのみならず、未知の食べ物に命をかけて挑戦した第一人者には敬意を払いたい。
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ちなみに世界が私みたいな人間だらけだったら、ウリ科の食べ物がスーパーから一掃され、代わりに卵コーナーに卵が溢れるようになるだろう。
本屋と映画館がずらっと立ち並ぶ街ができることも間違いない。
単なる妄想だけれど、しばらく脳内シミュレーションして楽しんでいた。