Ⅱ 終わりなき闇の中へ
幼稚園の頃から、週末はいつも遊びに行くのは競輪場とパチンコ。父は無責任だった。車の中に放置、妹が産まれてる頃には、不登校になった。お風呂の入り方も教えてもらえない。
私は、不潔といじめられた。半年に1度、従姉妹がお風呂に入れてくれに来た。母が出してくれるのは、昼間はカップラーメン。夜は父に怒られるので普通に料理出す。子供心にこの人は汚いと思った。
小学校4年になった頃、宿題をするのが嫌なので忘れたと言うと、クラスの生徒全員に1発づつ殴られるようになった。たまに学校に行くとそうなので殴られてから家に帰った。その後出される食事はカップラーメン。不登校の幼なじみと、香港映画をテレビで見て、ただ学校をサボっていた。
いじめはどんどん酷くなる。好きな男の子にお金を脅し取られるようになった。担任の先生に言うと、返ってきたのは1000円。世の中こんなものだと子供心に思った。
校舎のそばを歩いていると、上から植木鉢が落ちてきたりした。唾が吐き落とされたこともあった。もう学校には行きたくないと思っていた頃。
小学校6年生の頃、同級生の男子が亡くなった。小児がん。修学旅行に参加した直後だった。担任の先生は泣き崩れ、その子が好きだった女の子も泣き崩れた。
「死」とは何か、初めて感じ取った時だった。
その頃だった。私は、近所の文房具店にプラ板を買いに行った。そこの文房具店の店長さんが、何故かパイプ椅子に座った。
「ここに座りなさい」
店長さんが(おじさん)が座ってる椅子に、私も力づくで引き寄せられて座らされ、胸を揉まれ始めた。
私は、毎日親戚のおじさんに胸を揉まれてたので、びっくりしたのと絶望で「どんな感じがする?」と聞かれて「なれてる」と返した。
そのまま、私は、強姦された。
どうやって家に帰ったのかも、次の日の朝までのことは覚えてない。それがどういうことなのか、幼かった私には理解出来なかった。
それからというもの、胸が膨らみ始めて、下着を買ってもらえない私は、酔った同級生の父親に押し倒されて身体中をなで回されたりした。
私の記憶が正しければ、それが初体験。
私は、その頃から不安定になり、夜眠れなくなった。夜遅く起きていると1階と2階のブレーカーが別なのでブレーカーを落とされた。真っ暗。
父が母とセックスがしたいと言うので、私は、真っ暗な2階は怖いので、ブレーカーが落とせない風呂場で寝た。
睡眠薬を飲むようになったのもその頃。とても良く眠れて嬉しかった。
父は、私が風呂に入る方法を知った頃、裸のままで今まで来いと強要した。陰毛がたってると言われた。私は、ただ笑ってた。
それが34歳まで続くこととなる。
15歳になり、バンドを始める。パートは、ベース。BUCK-TICKや、LUNA SEAのコピーバンドをやっていた。相変わらず学校には行かなかった。
hide、THE YELLOW MONKEYに目覚めたのもこの頃。とにかく楽しくて。
16歳で、高校を辞めて早く働いてギターを買いたかったので、ミシンを使う仕事を始めた。初任給で、フェンダーJAPANのテレキャスターを買った。2年勤めて、その会社はやめた。
高校には2日しか行かなかった。
18歳になり、エレアコを買い、岡山駅前でストリートミュージシャンを始める。
楽しかった。
19歳になり、本屋でアルバイトを始める。その頃だった。17歳で体の関係をもった、女の子の知り合いに、車の中でわいせつ行為を受けたのは。
Ⅲ 塗り潰すなら黒 に続く