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アナトリア建国記4

紀元後312年、ペルガモン宮廷――

重々しい空気が宮殿内を包んでいた。近年の戦争と交渉の連続で、イオアネスは疲労の色を隠せなくなっていた。国の命運を担い続ける中、彼は重要な問題に直面していた――後継者の選定である。

「陛下、後継者の存在は国民に安定を与える象徴となります。今こそご決断を」と、側近のエウクレイアが静かに進言した。

イオアネスには息子がいた。幼いテオフィロスは母親に似た聡明さを持ち、早くから学者たちに囲まれて教育を受けていた。しかし、まだ若い彼を次代の王として宣言するには懸念が多かった。

「息子はまだ幼い。この国を任せるには時期尚早だ」と、イオアネスはため息をつく。

エウクレイアは一歩進み出て言った。「ならば、摂政を置きましょう。信頼できる者を後見役とし、彼が成長するまで国を支えさせるのです。」

イオアネスはしばらく考え込み、ついにその必要性を認めた。「そうだな……だが、その摂政をどう選ぶかが問題だ。権力の争いが生じれば、国の安定が揺らぐ。」


新たなる守護者たちの誕生

後継者問題と同時に、イオアネスは国家の安定を支えるためのもう一つの計画を進めることを決意した。それは、国王直属の親衛隊「星剣隊」の創設だった。

宮廷の奥で開かれた秘密会議には、忠誠心に優れた将校や長年仕えてきた侍従が集められた。イオアネスは厳粛な顔つきで言葉を紡いだ。

「国を守る盾として、また次代に私の理想を引き継ぐため、私はお前たちに新たな役割を託したい。星剣隊は、オルタ教の加護の下、この国の守護者となる。諸君、その誓いを立てられるか?」

彼の言葉に応えたのは、将軍テオドロスだった。「我らが命を懸けて、国王と国を守り抜きます。」

この星剣隊は、武力のみに依存するのではなく、統治を助ける役割も持つとされた。隊員たちは国内外の情勢を探る諜報活動や、地方の反乱の鎮圧にも従事することになる。


史実との交錯:常備軍と皇帝親衛隊

この時期、ローマ帝国でも皇帝直属の常備軍が重要な役割を果たしていた。ディオクレティアヌスによる四分統治制の導入は、中央集権化のために軍の機能を強化することを求めた。また、ペルシャ帝国ではサーサーン朝が騎兵部隊「アスワーラン」を強化し、周辺国への影響力を強めていた。

アナトリア国の星剣隊は、これらの歴史的背景を参考に、国王直属の防衛力として新たな脅威に備える役割を担うこととなる。


宮廷内の亀裂

星剣隊の設立は、宮廷内の一部に反発を生む結果となった。特に、長らく国政を支えてきた有力な地方貴族たちは、親衛隊による中央集権化を警戒し始めた。

一人の貴族、アンティオス伯爵は密かに反対勢力を組織していた。「親衛隊がそのまま国王の手先となり、地方の自治を奪おうとしている。我らは団結し、これに対抗しなければならない!」

その言葉を聞き、従者の一人が顔を曇らせた。「しかし、アンティオス様……反乱となれば、王の剣は私たちを容赦なく切り裂くでしょう。」

アンティオスは冷ややかな目を向けた。「ならば、王を追い詰める前に支持者を増やすのだ。特に、まだ中立の商人や他民族の指導者たちを味方に引き込む。」


内外からの脅威

星剣隊の設立と後継者問題が進む中、北方ではフン族の襲撃が激化し、いくつかの国境村が壊滅した。南方でも交易路を巡るベルベル人の部族間抗争が激化しており、アナトリア国の影響力が及ぶ地域でも反発が増していた。

国境防衛のため、イオアネスは北方と南方の二方面での防衛戦略を進める必要が生じた。だが、この動きは財政を圧迫し、農民たちの不満を高める要因ともなった。

さらに、星剣隊の初期運営に必要な資金を補うため、商人ギルドからの追加税が課されることとなり、宮廷への反感を助長する結果となった。


最後の決断

イオアネスは宮廷の奥で一人、オルタ教の象徴である星形の祭壇を見つめていた。全身に重くのしかかる国王の責務を抱えながら、彼はつぶやいた。

「星の導きが正しいならば、この混乱を越えた先に、この国の未来が見えるはずだ……」

彼は、全ての反発を力で抑えることも、対話で解決することも選べる立場にあったが、両者の間で揺れていた。宮廷内外の動きが加速する中、次の一手が国家の未来を左右することになる。

紀元後314年、エフェソスの丘――

冷たい風がイオアネスの頬をなでた。長い戦争と政治的な混乱が続き、国王の心身はすり減っていた。彼は祈りのため、宮廷を離れ、エフェソスの丘に建つオルタ教の聖堂へと足を運んでいた。

「神々よ……我が努力が正しければ、どうか導きを与えてください。」

彼の祈りが空に溶け込むように消えていったそのとき、使者が息を切らせて駆け込んできた。

「陛下! 北方からの報告です。ゴート族の部族長たちが、我が国との和平を望んでいます!」

イオアネスは使者の言葉に耳を疑った。「和平だと? なぜ突然そのような……」

使者は続ける。「近隣のフン族がゴート族の村々を襲撃し、彼らは我が国の保護を求めているようです。見返りに、彼らの戦士たちを我が国の軍に加えるとの提案がありました。」

ゴート族の戦士たち――それは国境の防衛を大きく強化する力となる。さらに、和平が成立すれば、北方の不安定な状況を緩和するきっかけにもなる。イオアネスは即座にこの提案を受け入れるための準備を始めた。


交渉の成功と軍事力の強化

数週間後、イオアネスはゴート族の部族長たちと直接会談するため、国境近くの集落を訪れた。部族長の一人であるヴァラガスが、大柄な体を揺らしながら言った。

「イオアネス王よ、我らはこの土地に新たな希望を見いだしたい。だが、それには我らが貴国の中で尊重されることが条件だ。」

イオアネスは静かに頷き、言葉を選んだ。「お前たちの戦士たちは我が国を守る要となるだろう。そして、我が国の法と秩序を受け入れる限り、お前たちの習慣と文化を尊重することを誓おう。」

この言葉に、部族長たちは満足げに頷いた。こうしてゴート族との和平条約が成立し、約3,000人のゴート族戦士がアナトリア国の軍に加わることとなった。

新たに編成された「北方の守護軍団」は、ゴート族の野戦術とアナトリア国の組織力を融合させた精強な軍団へと成長していった。この軍団は、星剣隊と並ぶ国の重要な防衛力として位置づけられた。


一方、南方の幸運

和平が進む北方とは対照的に、南方の交易路では依然としてベルベル人の略奪が続いていた。だが、ここでも意外な転機が訪れる。ある日、カルタゴの港に現れたのは、長旅を終えたエチオピアの商人団だった。

彼らは金や象牙、希少な香料を大量に携えており、アナトリア国との新たな交易関係を求めてきた。商人団のリーダーであるアブレハは、イオアネスに直接面会を求めた。

「偉大なる王よ、我らはあなたの国の秩序と繁栄に感銘を受け、協力を申し出ます。アフリカと東方を繋ぐ新たな交易網を共に築き上げませんか?」

この提案を受け入れることで、アナトリア国は南方の交易網を大きく拡大することができた。エチオピアとの協定により、金や象牙が豊富に流入し、国家財政が安定するだけでなく、宮廷内の反発を抑える余裕が生まれた。


内乱の兆しと妥協の道

しかし、幸運の陰で、宮廷内の不安定要素は完全に解消されたわけではなかった。特に、地方貴族アンティオス伯爵の反発が依然として続いており、彼の支持者たちは地方の行政を麻痺させる動きを見せていた。

イオアネスは内乱の危機を回避するため、果断な決断を下す必要に迫られた。彼はアンティオスを宮廷に招き、直接話し合いの場を設けた。

「アンティオス伯よ、国の安定を乱すことは、お前自身の地位を危うくするだけだ。だが、もしお前が国を支える立場に立つなら、我が信頼をもって報いる。」

アンティオスは迷いの色を見せたが、最終的に妥協案として、地方の自治を尊重する形で中央と地方の役割分担を明確にする協定が結ばれた。この協定により、国内の不満が一時的に和らぎ、宮廷の安定が保たれた。


王の覚悟

幸運による安定の兆しが見え始めたものの、イオアネスはまだ油断を許さない状況にあった。彼は自らの寝室で密かに星剣隊の指導者であるテオドロスを呼び寄せた。

「テオドロス、国は少しずつ軌道に乗り始めている。だが、まだ予断を許さぬ状況だ。この国が次代に引き継がれるその日まで、我が剣として共に歩んでくれるか?」

テオドロスはひざまずき、低い声で答えた。「陛下、私は命尽きるその日まで、王と国のために剣を振るう所存です。」

イオアネスは深く頷いた。「よかろう。星の祝福が我らにある限り、この国は続くだろう。」

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