小説 SAVERS特別作戦任務 ラストバタリオン 第3話 グランギニョル
――今宵の月は美しく厭に光り輝いている。
その下で展開される、壊れかけの人形共が展開する再演残酷劇。
月光を遮る、サーチライトたちは摩天楼の影を斬ってはその影を蘇らせる。
公園や、街中問わず奴らは徘徊していた。
黒衣の、大戦の悪夢を思わせる制服に身を包んだ人々。
ひとたび天護県の県外を飛び出して見れば、耳にするのは軍靴が地面を踏み鳴らす音、笛の音。
ラジオから聞こえるのはモノラル音声の演説と、プロパガンダ。
道路から響いていた流行りの音楽と、光り輝く車の往来は既に無い。
軍歌と宣伝、戦車の往来が昼夜を問わず鳴り響いている。
いつの時代だと思っているんだか。
――どれぐらい歩いたろうか。
『のんびりまずは長野と岐阜の境目を目指して南下している訳だが、これで本当に良いんだよな?』
念話魔術を使い、脳内で話す。
『あぁ。奴らの征服行為が長く続くのは癪だが、そうする事で一般市民ともそう変わらん筈だ。それから、奴らの鍵十字ネックレスは付けているか?』
首元を確認し、胸の馬鹿げた印を手に握ってみる。
『もちろんだ。これでマイナンバーカードのシステムとクレジットカードの仕組みをほぼ流用して、個人情報を特定して――』
『奴らにならえば、ホロコーストツヴァイ、とでも言うべきか。そんな弱小人種の傾向を選別して、散々金銭も削いだ後で始末するつもりだろうな。事実、スーパーマーケットやコンビニでの買い物の際にそれをかざす事が義務付けられているし、ある傾向にある人が税として品が高額買させられている』
『ある傾向?』
『まず独身の中年以上の男女、年収が600万円以下である事、前科一犯以上、同性愛者である事……これらを満たせばその時点で、血縁者も特定されて処刑予定リスト入り。何も無ければ税は0%、かつ真なる鍵十字政党支持者として不特定の株券を定期的に貰えるそうだが、さっき言った事に当てはまる事があれば一つに付き生存税として300%課税、酷い時には税の取り立てとして資産の押収までするそうだ』
『徹底的だな。今度は株券で積み木でもさせる気か?』
『今からそうなるだろうね、グリード・タタルカ』
『悪趣味な言い分だな。じゃあ、精々老人代表かつ独身代表として、若造に鉄槌を下してやるわ』
そう言って念話魔術を終えると、後頭部に固い何かが付きつけられている事に気が付く。
見るまでも無い。
大方、大戦中の連中を振り返ってみれば、その存在が何であるかは明確だ。
でなくとも、得物を突きつける辺り、人間的な対話が期待できるとは到底思えない。
「鍵十字を出せ」
首にかけた鍵十字を取りだし、後ろへ渡す。
それを横目で認めてから後ろを振り向き、男が鍵十字をスマホにかざすと、男は眉をひそめる。
「Glad von tatalhim……アーリア人、 血液型 OB型。 持病 白子病 年齢17歳、職歴は14歳で大学を首席で卒業、飛び級の末に自衛隊に志願……2年後に日本でシステムエンジニアとして大企業に勤めるが、その後、知識を生かしAI技術を搭載した車両の開発に携わる……年収は約1500万円……二歳下の妻を持ち、その父親は……なんてことだ」
「で、通してくれるかな」
「あ、いえいえこちらこそお時間取らせてしまい申し訳ございません! しかし、あなた様のような方こそ、我らのサロンに入るというのは如何でしょうか」
「サロン? ヨガの勉強を口実にした宗教勧誘だとかなら断るが」
あえて、疑うような素振りを見せつつ、男の顔を覗く。
男は、照れ臭そうに帽子を深く被りながら返す。
「優勢人種の為の、優勢人種によるサロンなんですが、そこで組織の訓練内容を見ていただき、改善案を定期的に提出するだけで良いんです。参加は無料、食事はバイキング。如何です?」
――かかった、な。
内心でほくそ笑みながらも、眼を大きく見開き答える。
「ほぉ。なるほど……では、参加費が無料というのなら行ってみても良いかもしれんな。案内頼むぞ、ゲシュタポ君」
「よろこんで」
スマホを手に取り、上層部にメッセージを送信するのを認めると、すぐに男は微笑んで返す。
「間もなく、迎えのリムジン車が到着いたします。しばしこの場でお待ちください」
「ありがとう」
――まさかここまで容易に相手の中枢に潜り込めるとは、な。
待ってろ快。
見せてやろう。
興が乗った人外が、人間の範疇を超えた所業を成す様を。
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