『麻薬王』名優:ソン・ガンホの「視野の芝居」。
「日本人俳優と韓国人俳優の演技って結構違って見えるんですけど、何がどう違うんですかね?」みたいな質問を最近よくされるので・・・映画を見ながらちょっとその辺を解き明かしてゆくシリーズをやってみようかなと思います。
最近の韓国映画の演技ですごいなと思うのは、俳優が刑事ぶってるとか、ヤクザぶってるとか、政治家ぶってるとかじゃなくて、「これ、本物の人連れてきたでしょw」的なリアリティと、感情あふれる芝居のダイナミズムの、静・動が両立した演技をよく見るなあってこと。
今回紹介する韓国映画『麻薬王』の主演は名優ソン・ガンホ。
主人公イ・ドゥサムが金細工職人から麻薬王までのし上がって、そして没落するまでの7年間を演じているんですが・・・金細工職人の頃はもうまじめな職人にしか見えないし、密輸業に手を染めるようになってからはもうヤクザにしか見えないし、麻薬売買の大物になってからはもう政治家にしか見えないし、最後ヤク中になってからはもう狂った人にしか見えない・・・しかもその変化がシームレスにつながってゆく・・・人を演じることの確かさがハンパないんですよね。
しかもそれを形態模写的な外面的アプローチで演じていないんです。だから今回も「突如爆発する笑顔!」みたいなイキイキした芝居が飛び出してきます。 なぜそんなに瑞々しく変化する人物像を演じることができるのか?
それはソン・ガンホさんの「視野の演技」が関係していると思います。
ソン・ガンホさんの芝居って『パラサイト 半地下の家族』でも『殺人の追憶』でも『グエムル-漢江の怪物-』でも『タクシー運転手』でも、「人物の未熟さ・頭悪い部分」をいつもホント魅力的に丁寧に演じてきたんですよね。
彼が演じる人物はいつもいろんなことに対して偏見があったり無理解であったりするところから始まって、事件に巻き込まれてゆく中で様々なことを学習して「世界の認識」を変えてゆく。・・・これ、ソン・ガンホさんの役作りの基本パターンだと思うんですが、今回の『麻薬王』ではその「世界の認識の変化」をかつてない大きな振れ幅で演じています。
彼が演じる主人公イ・ドゥサムは、金細工職人時代には職人的な目線で世界を見ていて、密輸業者になってからはヤクザ的な目線で世界を見はじめて、やがて段々と経営者的視点を手に入れて、政治家的視点を手に入れて・・・ついには麻薬王にまで登り詰めて行くんですね。
ソン・ガンホさんは変化してゆく人物のその瞬間その瞬間の「人物の視野の広さ・狭さ」を緻密に演じているんですよ。
金細工職人時代の彼は視野が狭いんですよね。半径2メートル以内のことしか見えていない。だから判断をよく誤る。
そして密輸業者のチンピラになっていろんな人と付き合うようになってからは、彼も抜け目なくなってきて視野がどんどん広がってゆきます。今まで目には入ってても理解できなかった人間の行動が読めるようになって、他人を出し抜けるようになってゆきます。
さらにぺ・ドゥナ演じる裏世界の女キム・ジョンアと出会うことによって視野がガーンと広がります。彼女の視野を手に入れることで経済の世界から政治の世界へ・・・世界の仕組みの乗りこなし方を理解できるようになる。
金細工職人時代の彼と同じ人物なんだけど、世界の見え方の解像度が全く違ってしまっているんですね。
その解像度の変化をソン・ガンホさんは「目の緊張と反応の演技」で演じています・・・彼がいま何を理解して何が理解できていないのかが観客に伝わってしまうんです。
でラスト近く、ヤク中になって落ちぶれてゆく過程は。ふたたび観察力や集中力が落ちていって様々な兆しを見逃してしまうようになってゆく。世界の解像度がまたボンヤリしてきて、最後の銃撃戦あたりでは半径1メートルくらいのことしか理解できなくなってしまう・・・いや、こんな人物描写の仕方があるんだ〜!と衝撃を受けました。
そして恐ろしいのはこの『麻薬王』という映画、そんな演技法で人物を演じる俳優が他にも何人もいて、物語の要所要所を固めているんですよ。
もうチンピラっぽい・警官っぽい・政治家っぽい動作や表情で演じてないんですよね。ミエを切ったりする俳優がほぼいない。
乱闘シーンとかでも、現状を正しく把握して闘ってるヤツと、把握せずに気合だけで闘ってるヤツがいて・・・おいおい大丈夫か?と思って見てるとやっぱり把握してるヤツがうまく立ち回って、気合だけのヤツがドンドン殺られてゆく、みたいな。超リアルに&エキサイティングに乱闘シーンが進行して行くんですよねー。
油断してるヤツって、自分が油断してることに気づいていないヤツですからねw。ちゃんと「あぁ腕力が強いヤツが勝つ世界じゃないんだなあ」と感じさせてくれる。
ソン・ガンホにしてもぺ・ドゥナにしても、完璧に油断してない人間を演じてはいなくて、だから後半政権が転覆した時に政治家もヤクザも公務員も大概の人間が足元をすくわれるんですよね。「全員悪人」ならぬ「全員油断」。
これが韓国映画の演技にそこはかとなく流れてるユーモア感というかキュートさの正体なんだと思うんですよね。脚本上の人物を人間として、俳優たちが的確に読み込んで、愛を込めて演じているからなんでしょう。
この映画『麻薬王』のソン・ガンホさんがインタビューで、ラストあたりの迫真のヤク中の芝居を、資料もなくどうやって演じたのかを聞かれて、「外見やジェスチャーではなく、本質が重要だ。麻薬によって壊れていく魂、それをどう表現するかが肝だった。」と答えています。
やはり形で捉えるのではなく、その心理を時間をかけて研究してゆく。心理の変化を理解することと、それを自分の身体で表現するための肉体と感覚の鍛錬・・・もちろん脚本分析も含めて、やはり優れた俳優は準備を丁寧にやるんだなあ、あのソン・ガンホさんがそうなんだから、とつくづく思いました。
名演。映画『麻薬王』はNetflixで見れます。俳優さんには超オススメ、俳優でない人にとっても超楽しめるエンタメ映画です。このお盆休みに、ぜひ。
小林でび <でびノート☆彡>