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創業6周年を迎えたので、これまでのことをゆるっと振り返ってみた。創業期編(2話/4話)
こんにちは。海パン社長です。
渋谷から湘南にオフィス移転をし、ウェルネス経営を目指す海パン社長が、私たちのテーマ「世界でもっとも人生に寄り添う企業」を実現するために、日々試行錯誤していることや、ベンチャー企業のリアルな日常、これからの働き方について発信しています。
このマガジンはジェイエルネスのリアルな日常をお見せする裏番組みたいなもので、見る人が見たら「そんなこと言っていいの?」みたいな内容を嬉々として発信していく露出狂日記だと思ってください。
さて、昨日5月2日で創業6周年を迎えることができました。これまで僕らに関わってくださった皆様、そして今もお付き合いさせて頂いている方々、本当にいつもありがとうございます。
今回は''創業期編''を振り返っていきます。創業期と言っても描いているゴールからしたら今もまだまだスタートラインのようなものですが、文字通り起業した頃の話をさせてください。
この創業期編は、これから起業を考えている方や何か夢中になれるものを探している方にとって、少しでも前向きな内容になることを目指しました。
起業した時にまず決めたこと
2016年5月2日に爆誕した時の社名は「デトックス・オブ・ライフ合同会社」で、樗澤の思想をそのまま社名にしたようなものでした。
前回のブログ『社会人1年目編』でお話しした通り2015年10月末に前職を退職したので、それから約6ヶ月は起業準備をしていました。(賢い人は会社にいるうちに起業準備を並行して進めてくださいね!)
この期間にまずやったことは、いきなり具体的な事業内容を考えることではなく、起業や経営人生を通してやらないことを決めることでした。
決めた内容はこちら⬇︎
「流行りそう、儲かりそう」をやらない
「あったらいいな」をやらない
「俺もやりたい」をやらない
「〜〜まで頑張る」をやらない
当たり前に見える5つのやらないことリストですが、当時の僕にとってはとても大事なことでした。
逆に言えば、
流行りや儲けではなく誰かにとってなくてはならないもの、かつ他の誰でもなく自分がやりたい、しかもあえてゴールをおかずに死ぬまでやり続けたい!と思える事業に取り組もうと決心したわけです。
一見当たり前のように思えるこの5つのルールは、今現在も僕の行動指針になっていますし、実際にジェイエルネス社の行動指針の雛形にもなっています。
(この時点で2015年11月末頃でした)
事業アイディアの模索を開始
やることやらないことを決めたら、いよいよ事業アイディアの模索を始めます。年末にかけて、元同僚や大学の先輩、そして少しばかりの経営者知り合いなどに連絡を取りまくり相談させてもらいました。
すると、「起業するのに流行りや儲けを追わないのはおかしい」「エグジットを描けないなら資金は集められない」といろんな方から詰められました。
そこで、頭がパンク寸前になった僕は何を思ったか
「よし!ボディメイクをしよう」と思いついてしまったんです。
(わかってます。現実逃避です。)
親友の紹介で人生初のパーソナルトレーニングを受け始めた僕の身体は瞬く間に絞られていき、飲み会や接待(どっちも飲みだろ)で緩み切ったお腹に綺麗な縦線が現れたのでした。
ここでさらに何を思ったか、ものすごい動きやすい身体を手に入れた僕は、トライアスロン最高峰のレースIRONMANに出場することを決意します。
(仕事はどこへ行った仕事は)
目標が決まったらあとは努力するだけ、という根性だけは無駄に備わっていたので、毎日走っては泳いでを繰り返し、パフォーマンスアップのための筋トレも続けました。
そうこうしているうちに、人生を変える大きな気づきがやってきました。
それは、パーソナルトレーニングは僕のお腹を凹ませてくれただけじゃない。僕にスポーツのある人生を取り戻させてくれたんだ。
という気づきです。
実は、3歳から始めたサッカーを右膝の大怪我を理由に引退してから、ずっとスポーツから遠ざかっていました。「どうせサッカーを続けられないなら」とリハビリも半端に辞めてしまったせいで、激しい運動はおろか雨の日などは膝が怖くて歩くのも恐々とした感じでした。
ところが、減量に成功したこと、そしてパフォーマンスアップを兼ねたトレーニング指導を受けたことで、スポーツに明け暮れる日々が戻ってきたんです。
そのことに、ふと、感動したんです。
この時にはっきりと「パーソナルトレーナーはすごい!」「自分ですら諦めてたスポーツ人生を取り戻せるの本当にすごい!!」と思ったのを覚えています。
それからというものの、パーソナルトレーナーという人たちに対してどんどん興味を持つようになり2016年5月2日、ついにデトックス・オブ・ライフ合同会社を創業します。
事業目的の確定
パーソナルトレーナーに纏わる事業に取り組んでいこうと決めてから、とにかくトレーナーさんと会いまくりました。
いろんなトレーナーさんと話しをさせて頂くうちにわかったことは、
想像以上に単価が高い
なのに想定以上に報酬が低い
開業必須資格がないので誰でもなれる
ビジネススキルに難ありな方が意外と多い
ダイエット以外の価値提供をできている人は少ない
本来一家に一人トレーナーがいるくらいが望ましい
ということでした。
今でも覚えている会話はたくさんあるのですが、特に下記のようなお声は印象に強く残っています。
『今は楽しいけど何歳までトレーナーやっていくか悩んでます』
『トレーナー以外の収益を今は頑張って作ってます』
『所属ジムのマニュアル指導に疑問を持っています』
『毎月150本以上セッションやってるけど、手取りで17万円くらいです』
etc….
トレーナーに人生を取り戻させてもらった僕は、こんなに素晴らしい価値を提供してくれるトレーナーさんが、世の中に正しく伝わっていないという事実を認めることはできませんでした。
これらの問題の本質的なボトルネックは、パーソナルトレーナーという方々が持つ社会における交渉力があまりにも低いことだと考えました。
そこで僕は、トレーナーさん一人一人と会って、もっと集客をこうしたらいいんじゃないか?もっとブランディングはこういう方向性がいいんじゃないか?他にマーケットがあるんじゃないか?etc…
お節介もいいところですが、アドバイスをしまくる日々を送ります。
そして僕は絶望します。
お会いしたほぼ全ての方々が「いずれは独立したいんですよね」「月収100万円が目標です」「とりあえず100店舗いきます」「でも集客方法がわからない」と言うんです。
詰まるところ、自分が成功することが最大のゴールであって、トレーナーという仕事の本質的な価値やミッションを掲げる方と出会うことができませんでした。
(※成功を求めることは決して悪ではありません。)
ただ、パーソナルトレーナーという職域がもっと社会的に重要なものとして認識されなければならない!という強い危機感を覚えました。
そこで、ようやく確定させた事業ミッションが
『パーソナルトレーナーの社会的価値を高める』
というものでした。
このミッションを実現するための必須条件について、
パーソナルトレーナーの職域を多様に拡大し、社会性の高い課題を解決することができる職業にすること
パーソナルトレーナー自身の機能性・社会性を担保し、お茶の間認知を獲得すること
と整理することで、自ずと事業内容が確定したわけです。
なぜなら、上記2つの条件を満たしている職業(例:医者や弁護士や教員など)には必ず存在するのに、パーソナルトレーナー業界にはないものを発見したからです。
それがまさに、教育機関でした。
2ndPASSというビジネスモデルの決定
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事業内容や方向性が固まったので、次にビジネスモデルの選定をスタートさせます。僕がビジネスモデルを模索するときに、業界内で競合を参考にすることはあまり多くないです。
なぜなら、個人的には業界内の競合ほど似て非なるものはないと考えているからです。
それよりは、企業理念やミッションなどの抽象度の高いレベルで、同じ思想を持つ会社のビジネスモデルを参考にしています。
そのほうが、中長期的な成長を遂げていく際に事業目的とビジネスモデルの乖離が発生しにくいと考えているからです。
当時参考にしていたのが、フィットネス業界ではなく専門学校や予備校などの教育業界や、テック系人材を扱う企業などでした。
ここについて深く話をしすぎると大変な文字数になってしまうので割愛しますが、確信したことがあります。
パーソナルトレーナーの職域を多様に拡大し、社会性の高い課題を解決することができる職業にすること
という1つ目の事業ミッションを叶えるためには、適切な出口を先に担保しなければならないということでした。そしてこれは、学校業ではやり切れないということです。
ですから、2ndPASS事業を始める際にまず最初に取り掛かったのは、出口営業でした。社員はまだ一人もいないので一人で全国営業をスタートし、1期生を開講した段階で確か300店舗ほどの出口を用意していた気がします。
サービスリリース初年度
2017年4月に開講させて頂いた2ndPASS1期生は、合計25名でした。
まだ、まともにHPやLPもなければ広告費もなかったので知人のご紹介やSNS営業などでコンタクトをとり、おそらく約60名くらいお話をさせてもらったと思います。
僕はひたすら「パーソナルトレーナーって本当に素晴らしいんだぞおおお!」みたいな思いを伝えさせてもらい、共感してくださった25名の方とともに無事開講を迎えることができました。
ちなみにこの頃、我らが篠原大吉を一人目の社員として迎えることができ、ようやく一人会社を脱することができました。
そんなこんなで、色んな企業さんのお力を借りながら2期生3期生と進めていると、ある日「マツコ会議の取材依頼」が届きました。
そこから立て続けに民放番組から出演依頼を頂き、2017年の後半は毎月何かしらのマスコミ取材を受けていた気がします。
あれは仕込みか?とたまに聞かれるのですが(多分前職が広告代理店だったから)完全に「運が良かった」としか言いようがありません。
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結果的に、リリース初年度は年商約7000万円で着地し、初めてのオフィスを契約させてもらうこともできました。オフィス契約と言ってもコワーキングオフィスですが、それまでずっとカフェや代々木公園などで仕事をしていたので、ものすごく嬉しかったのを覚えています。
と、あたかも順調にそして論理的に事業を進めてきたようにお話をしてきましたが、全くそんなことはありませんでした。
さて、今回のブログはここからが本題です。(前置きが長すぎる笑)
空白の6ヶ月間
隅々まで読んでくださっている方はお気づきかもしれませんが、創業〜2ndPASS事業に取り組むまでに空白の6ヶ月間が存在します。
当時の記憶と向き合うと今でも少し息苦しくなるほど、正直辛い期間でした。
5月2日の創業から約1ヶ月後の6月12日、僕はオーストラリアのケアンズでIRONMANになることができました。(少しでも興味がある方は騙されたと思ってこの動画を見てみてください。人生が変わります。)
無事に目標を達成し帰国した僕は、パーソナルトレーナーの魅力を一人でも多くの人に伝えるためにコンセプト型のレンタルスタジオを作ります。
(この時点ではまだ、事業ミッションが固まっていなかったんです)
当時のパーソナルトレーニングジム業界はまだまだ黎明期で、高単価・短期間のスタイルが主流だったため、より一般化することを目指して『エンタメ✖️パーソナル』のポジションを模索したわけです。
その名も、「Beach Fit 原宿」です。
![](https://assets.st-note.com/img/1652677693778-wsVoNHwAvF.jpg?width=1200)
当時、室内ビーチフィットのような形態はおそらく日本で他になく口コミによる反響が本当に凄いものでした。
実際にヒルナンデスなど人気番組やラジオニュースなどの取材もしていただきました。
一時は、このコンセプト型レンタルスタジオを日本中に展開して行こう!!!!くらいに思っていたのですが、営業を続けていくうちにある壁に直面します。
それは、トレーナーさんやインストラクターさんからレンタルスタジオ料金を頂戴すると、彼らに十分な報酬が残らないという問題です。
しかし、家賃や内装費用などを鑑みるとレンタル料金を下げることはできず、サービス自体への疑いを持ち始めた僕はトレーナーさんに対して積極的な営業をかけることができませんでした。
そこで、トレーナーさん自身の集客力や認知を拡げるために、利用してくださっていたトレーナーさんを中心にヒアリングやアドバイスをし始めました。
ここでようやく『事業目的の確定』パートにつながっていくのですが、ここからが空白の6ヶ月間の始まりです。
前パートでお話しをしたように、どうすればトレーナーの素晴らしい価値を正しく伝えることができるか?について深堀する毎日でした。
一旦、サービスを停止したような状況だったので(疑いをもった状態で営業を続けるという判断が当時の僕にはできませんでした)日に日にキャッシュが減っていきます。
個人的なスキルでお仕事を頂戴しては工面し、毎月口座残高はギリギリの戦いを強いられていました。そんな状況にも関わらずお節介な僕は、毎日トレーナーさんのビジネス相談に乗りつづける日々を過ごします。
きっと2ヶ月くらいは毎日そんな感じだった気がします。
日に日にパーソナルトレーナーという職業に対する解像度が高まり、事業目的が決まります。(詳しくは全章でお話しさせてもらった通りです)
そんなある日、久々に連絡をとった後輩に話を持ちかけ2ndPASS事業に全集中することを決定します。
とは言え引き続き資金は枯渇しているので、それから約3〜4ヶ月は苦しい期間でした。
当時の彼女(現妻)に事情を説明し家賃を大幅に下げたり、移動は基本的に自転車か徒歩にしたり、天気のいい日は公園のベンチで仕事をしたり、やれることは全てやった感じです。
「資金があれば・・・」
そんなことを考えながら何度も渋谷のア●ムのビルの下に座り込んでは、引き返すを繰り返していたこともありました。
(賢い人は資金調達の方法とかちゃんと勉強して起業してくださいね!笑)
あー今でも思い出すだけでちょっときつい笑
今思えば、完全に報酬後払いにも関わらず立ち上げに協力してくれた全ての知人友人に感謝しても仕切れません。本当にありがとうございました!
(社員は一人もいなかったけど、数えきれない方々に協力してもらって創業した会社だということは、一生忘れません)
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ということで、無事1期生の開講を迎えることができたのでした。
あなたが何者かになる必要はなく、誰かのために本気になればいい
創業期編。こうやって振り返るともっと勉強しておけばよかったでのは?と思いますよね笑
本当にその通りです。知識があれば防げた損失もあると思います。これから起業を考えている方はぜひ勉強をしてください。
ただ、どれだけ苦しい状況が続いても「パーソナルトレーナーの社会的価値を高める」ことに執着できたのは、実際に自分がトレーナーさんに人生を取り戻させてもらった経験があったからです。
もし今、夢中になれることややりたいことを探している方がこのブログを読んでくれていたら、誰のためなら本気になれるか?というように考えてみてください。
そしてこんなに無知で遠回りをしてきた僕でも、今こうして創業7年目に突入し毎日素晴らしいメンバーと働けているわけですから、誰だってチャンスはあります。
あなたが本気で誰かのために行動し続ければ、結果的にその誰かにとって「何者か」になっているはずです。
<次回予告>
振り返りブログはかなり長編になってしまいそうなので、読みやすいように4話に分割させてもらうことにしました。
今回の創業期編は少し長くなってしまいましたが、最後まで読んで頂いた方、ありがとうございました!
次回は成長期です。ぜひ、お楽しみに!