バスに揺られて
高校からの帰り、田舎行きのバスに揺られている。代わり映えしない景色と乗客の中に、いつもと違う女性が乗っていた。
歳は同じくらい、小柄で少し日焼けした肌、白っぽいスカートを着ている。たぶん小中学校で一緒だったあの人だ。
道路沿いの繁華街の明かりが彼女を照らし、瞳がとても綺麗だった。
彼女と出会ったのは、当時で5年ぶり。中学校の最初に会ったきりだったのだ。正直、人違いな可能性すらある。あんなに仲良しだったのに。
彼女と会うのは、あの一件以来だ。
彼女は、中学校の頃ひどいいじめに遭い、学校に来なくなった。
無視、悪口、嫌がらせ、etc…毎日繰り返される残酷な風景に、クラス全体が、先生が、学校が目を背けていたようだった。私も何もできなかった。いじめていたグループは何人もの生徒を不登校まで追い詰めた。弱かった私は何もできなかった。
話しかけることを躊躇っているうちに少しずつ降りて行く乗客、減っていく高い建物。無機質なアナウンスとバスのエンジン音に包まれて、ゆっくりとバスは進んでいく。
そもそも彼女は私に気付いているのだろうか。制服も変わり、背も伸びた私を見て私と分かるんだろうか。2人の過ごした5年はあまりにも違っているはずだ。今見ている同じ景色は、彼女にはどう見えているのだろうか。声変わりして低い声で話す私を見て笑ってくれるだろうか。
もしかしたら、私をあのいじめっ子側の人間と思っているのだろうか。助けてくれなかったことを恨んではいないだろうか。
バスはぐらぐらと揺れを激しくさせて細い道を走っている。
私が降りるバス停に着いてしまった。
彼女の横を通り抜けたとき、ちらっと彼女の顔を見た。気付いてくれないかという一縷の期待は叶うことはなかった。
彼女はまだ外を見つめている。
あの横顔は一生忘れられない。どこか寂しそうな。ぼーっとしているだけのような。動かない瞳の先に、彼女は何を見ていたんだろう。
彼女とバスで出会ったのは、その一度きりである。
私はまた、彼女を救えなかった。