『ヘッドハンティング』(7) レジェンド探偵の調査ファイル(連載)
『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第四話】ヘッドハンティング
7
村井支社長は満足そうな表情で報告書を読み終え、「どうもご苦労様でした」とねぎらいの言葉を掛けてくれたあと、「ところで、お宅の業務は調査だけですか?」と妙なことを聞く。私が、そうですと答えると、こんなことを言い出した。
「実は相談なんですが、才川さんに会ってもらえませんか?と言いますのも、うちはT社と同業でしょう。私自身が出て行くわけにはいかないんです」
私がそれもそうだなと思い頷くと、依頼人はさらに言葉を続けた。
「あなたなら調査をして相手のこともよく知っているし、好都合だと思うのです」
要するに、ヘッドハンティングの当たりを付けてくれと言う。
「上手くいったら充分お礼をします」と言う支社長に、私は、「いや、私はそんなことは不得手ですから」と断った。
しかし、依頼人に、
「当社には適任の人材がいないんです、ここはもうあなたに頼むしかありません。私はこのことにもう数億円を掛けているのです。ぜひ協力してください。」
と哀願され、気乗りしないまま承諾した。
その日が来た。才川氏はめったに人に会わないことで知られていた。私がそれを言うと、村井支社長は「会う段取りは私の方で考えます」と言って、後日、日時と場所を知らせてきた。八月七日午後二時、場所は渋谷にあるTホテルの会議室だった。
ついでに、「あなたのことは、才川さんの子供(当時小学五年生)のクラスメートの父親と言うことにしておきました」と言う。私は、ヘッドハンティングのために会うにしてはあまりにも変な理由だと思い、この時初めて依頼人に対し、(嫌な人だな)という感情と共に警戒心を抱いた。
後日、S署の関係者から聞いたものだが、W社は前述のとおり、関西に本部のある広域暴力団と密接な企業で、むしろ、ある組が経営している会社と言ってもよいぐらいだという。いまもって、私には、W社や村井支社長の真の狙いが分からないがT社のシェアを、奪い取る目的だったはずである。その手段として、村井支社長の選択が間違っていたのかもしれず、私自身、的外れな調査をしたのかもしれない。ただ、ハッキリ言えることは、W社の関係者がT社に対し相当な圧力を掛けただろうことである。それは、警察が強権を発することのできるほどの悪意のあるものであったらしいことは、容易に想像できた。だからこそ警察も検察も私に対し、「依頼人の名前を言ってくれ」と、執拗に迫ったのだと思う。
才川氏と会う日は八月七日と決まった。子供のことと言われ、初めての人と会うのを嫌う彼も渋々承知したらしい。
調査員からの報告や、写真などで、予備知識は充分あったが、初めて会った才川氏は、まだ四十代で、背の高い堂々とした体格の男だった。調査の過程で、写真を見ていた才川氏と、やや印象は違ったが、会ってみると中々の好人物で、しかも、相当なやり手に見えた。
私はまず、「実は、用件は子供さんのことではありません」と偽りの用件で呼び出したことを詫びた。
才川氏は一瞬キョトンとし、わずかに苦笑したが、「わかりました。もうそれは結構です」と、鷹揚に笑って許してくれた。
私はホッとして、さっそく本題に入った。彼の返事は聞くまでもない。私は、最初から全く期待していなかったので、そのあとは世間話に終始した。
要した時間はおよそ一時間ほどだっただろうか。その間、ホテルのボーイがコーヒーや水を運んで二、三度部屋に入ってきた。才川氏は終始上機嫌で豪快に笑い、「あなたたちも大変ですね」などと同情される始末だった。
私が才川氏と面談した会議室はTホテルの二階にあり、十数坪はあろうかと言う部屋で、大きいテーブルを挟み、向かい合う形で会談が始まった。私は前もって、随行させた調査員の和久田に、テーブルの下にマイクを仕掛け、二人の会話を別室で録音させた。他人に見られているとか、聞かれていると意識しながら行動するのは、妙にぎこちなく、なかなか平常心を保てないもので、日ごろ饒舌な私も、面談が終わると疲労を覚え、ぐったりした。
才川氏と握手して別れた後、隣室に待機させておいた和久田を呼び、滞りなく作業が終了したことを確かめ、一階の公衆電話で「ハンティングが不成功に終わった」旨を、依頼人に報告した。
この時、私は、和久田とは別の調査員に、もう一つ「保険」を掛けて置くように命じてあった。