『漁火(いさりび)』(10) レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査(最終回)
『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第一話】漁火(いさりび)
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帰りはゆっくり走ったので、S港の漁師の言ったとおり、一時間ちょっとでS港に近い民宿〈はまゆう〉に着いた。風呂に入り、遅い夕食をとりながら、その日の調査内容を記したノートに加筆すると、私は布団に入った。仕事がうまくいった安堵感からか、その夜は夢を見ることもなくすぐに深い眠りに落ちた。
翌朝、朝食を終えると、おかみさんに「いい写真が撮れました」と礼を述べて青森空港へ向かった。
帰りがけにもう一度S港に寄ってみると、停泊している漁船はほとんどなく、港はひっそり静まり返っている。すでに漁師たちは沖に出て漁に精を出しているのだろう。駒田も船で忙しく働いているはずだ。私は青く揺れる海を見ながら、もう二度と見ることもない彼の逞しく日焼けした顔を思い浮かべ、車を走らせた。
大久保にあるY工業を訪ねたのは、青森から帰った二日後だった。
応接室で今井氏に報告書を渡し、報告書には記されていないことを口頭で説明した。彼はいちいち頷きながら私の話を聞いていたのだが、私が話し終えると、
「そうなんですか。船を買って、元気に働いてたんですか……」
憤懣やるかたないという表情でこう言うと、大きくため息をついた。
私は、駒田に対するY工業の対応を特に聞かなかったのだが、Y工業では刑事告発することはないだろうと推測した。むろん、これまで支払った給与や保険金は返還請求するだろうが、あの漁師がそれに応じる保証はない。
「いや、それにしても大変ご苦労様でした。この報告書でやっと一件落着できそうです。ありがとうございました」
こう言って心底ホッとした様子の今井氏を見ると、私も我がことのように嬉しかった。
その後、Y工業は何か問題があると私を呼んで、調査依頼をしてくれるようになった。今井氏はそのたびに駒田の調査を話題にするのだが、彼にとって非常にインパクトの強い経験だったようだ。むろん、私にとってもあの調査は鮮明に記憶に残っている。なにしろ、いまでも時々S港の佇まいや駒田の白い船を夢に見るのだから。
【第一話】漁火(いさりび)<完>