『山中湖にて』(9) レジェンド探偵の調査ファイル,浮気調査(全11回)
『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第五話】山中湖にて
9
依頼人から電話があったのは「工作活動」をした翌日の午後四時過ぎだった。
弾んだ声で、
「うふふ、楽しかったわよー。彼は昼過ぎに出て行ったんだけど、すぐ私の部屋に引き返してきて、〝止めていた車がないんだ。知らないか?〟って青い顔をして言うの。私が〝知らないわ。大家さんに聞いてみたの?〟と言うと、バタバタと大家さんに聞きに行って、〝やっぱりないよ。どうしたのかな〟って、頭を抱えて座り込んじゃって。大成功よ。私、家に帰って奥さんからなんと言われるかと想像したらワクワクしちゃったわ」
ところが、一番肝心な奥さんの反応は、我々が想像したより小さかったようだ。
その二日後、依頼人の部屋を訪れた岡田教諭は、彼女にこう言ったという。
「オレの車、どこにあったと思う?家にあったんだよ。なんでも、夜中、誰かがゴルフクラブでバックミラーを壊したらしくてね。警察が来て、うちの女房に車を引き取りに来させたらしいんだよ」
彼女が「奥さんは何と言って?」と聞くと、
「いや、車のことを言われたのは、夜寝る時だったんだけど、適当に誤魔化したさ。うちの女房はあんまり頭がよくないから、騙すのなんか簡単だよ」
どうやら奥さんの「あまり物事を深く考えず、よく言えば天真爛漫な性格」が裏目に出てしまったようだ。
依頼人のお姉さんと言う人から電話があったのは、工作活動をしてちょうど一週間が過ぎたときだった。
「妹のことで、ぜひお会いしたい」
と言うので、翌日、Tホテルのロビーで会ったのだが、依頼人から「姉は一流企業の重役夫人」と聞かされていた私は、ちょっと気おくれした。ひとつにはあの工作活動をしたことに後ろめたい気持ちもあった。だが、依頼人のお姉さんは意外にも気さくな女性だった。彼女はまず、
「妹がやっかいなことをお願いしまして」
とねぎらって頭を下げた。
離婚した妹のことを心配してマンションを訪ねた彼女は、妹から私のことを聞き、第三者の意見を聞きたくなったのだろう。テーブルのコーヒーを一口飲んだ彼女は、ズバリ、
「妹が好きだという岡田さんは離婚する可能性があると思いますか?」
と聞いてきた。私は彼女を見ながらゆっくりと言った。
「まず百パーセントないでしょうね」
そして、彼女が自殺を図ったことを聞いたため、依頼を断れなかったと付け加えた。姉は「本当にご迷惑を掛けます」と言ったあと、
「私はもうあんな経験をしたくありません。所長さんの力で何とか妹の目を覚まさせていただけないでしょうか」
しっかり者の姉にとっても妹の自殺騒ぎはだいぶショックだったようだ。そのあと、ちょっと声を潜めるように「主人の立場もあって……」と言うのだが、それは私にも十分に理解できることだった。上場企業の重役にとっては、たとえ妻の妹でも新聞沙汰になることは避けたいのだろう。
私が、
「まあでも……こればかりは妹さんご自身の気持ちですから」
と言うと、重役夫人は、
「あのこんなお願いをしてはご迷惑かも知れませんが、私と所長さんで岡田先生に会ってみたいと思っているのですが、いかがでしょうか?岡田先生も私たちになら本当の気持ちを言うんじゃないでしょうか?」
なるほどと思い、私もこの提案に賛成した。