『漁火(いさりび)』(7) レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査(連載)
『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第一話】漁火(いさりび)
5 後半
私は最初に駒田の家を確認すると、少し離れたところに車を停めて、いかにも東京から来た風景写真専門のカメラマンがどこかいい撮影ポイントはないかと探している―そんな感じで集落をぶらぶら歩いた。幸いこの日は暖かく穏やかな天候だったため、軒先で立ち話している主婦も少なくない。
私は、竹筒から出る湧き水で野菜を洗っていた主婦に、
「こんにちは。今日は暖かいですねえ」
と声を掛けた。
丸顔の主婦はちょっと緊張した表情だったが、私が、
「昨日〈はまゆう〉に泊まったんですが、ここは静かでいいところですねえ」
と言うと、やっと緊張がほぐれ、
「はあ、〈はまゆう〉にねえ。そうですかぁ」
と、白い歯を見せて言った。
新米探偵は、ここで功を急ぎ、すぐに核心に触れる話をしてしまうのだが、最初はまずなによりもターゲットの警戒心をほぐさなければならない。相手にとって当たり障りがない話をしながら、敵意や悪意がないことを示す。そうでないと、相手はすっと引いてしまう。
「このあたりは初めてなんですが、魚が美味しいですねえ。朝出た焼き魚もすごくおいしくて、ごはんをおかわりしましたよ」
「ええ、港が近いですからね」
年齢は四十歳くらいだろうか。色白で愛嬌がある丸顔の主婦は、しばらく話すと打ち解け、
「東京から来たの?」
と、自分から聞いてきた。私がそうだと答えると、
「うちの父ちゃんも東京に行っている」
と、彼女の夫が住んでいる赤羽(北区)はどんなところかと尋ねる。
「赤羽は活気がある街ですよ。デパートなんかもいろいろありますしね」
「ふーん、そうなのぉ。いま仕事をしているのは、上野をもちっと行ったところらしいんだけどね」
まさにグッドタイミングだ。私は、
「ああ、ご主人は東京に働きに行ってるんですか。ここらには、ほかにも東京に行っている人がいるんでしょうね」
と聞いてみた。
すると、彼女は数軒先のマルヒの家を指さして、
「そう。あそこのご主人も行ってたしね」
と言うと、
「まあでも一年、いやまだ、一年になんねえかな。こっちに戻ってきてね。今は漁師をしてるよ」
私は、はやる気持ちを抑え、
「東京なんかに行って寂しい思いをせず、ここで漁をしてればいいのにね」
と言うと、主婦はニッコリ笑って、
「まあでも、あの人は出稼ぎに行って、たんまり貯金してよ、船を買ったんだ。偉いよー」
「へぇ~、そりゃ偉いね」
と、何気ない口調で調子を合わせたのだが、私は(マルヒは漁船を買って、漁師をしている)という〝新事実〟を聞けたことに内心ほくほくしていた。聞き込みの成果は充分すぎるほどだった。
「でもねえ、出稼ぎ行って、あっちに変な女ができたとか、そんな人もいるんだよー。ここの近くにはいないけどさ」
私はなおも話したそうにしている主婦に、
「ほおー。まあ、そんな人もいるんでしょうねえ」
と言うと、ひとつ背伸びをして、
「さあて、天気もいいし、港にでもいってみようかな」
と言ってその場を離れた。主婦の方はまだおしゃべりをしたいような雰囲気だったが、うっかりすると「お茶でも飲んでいけ」と誘われそうだったので早々に退散した。
地方の人は、都会の人間のように人を疑わず、心優しい人が多い。数年前、北海道の苫小牧市に調査に行ったとき、聞き込み先のおばあちゃんに気に入られ、夕飯をご馳走になったうえ、「泊っていけ」と言われて驚いたこともある。