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『山中湖にて』(6) レジェンド探偵の調査ファイル,浮気調査(全11回)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第五話】山中湖にて

 こうして新しい仕事を引き受けた私は、翌日が土曜日だったので、岡田教諭の人定(本人確認)のため、さっそく内偵を兼ねて大田区にあるマルヒ宅を訪れた。
 むろん、直接訪問するわけではない。家構えを見たり、現地周辺を観察するのである。この調査は、依頼人がマルヒの“愛人”で、住所や勤務状況などを知っているため、本人の単独行動を調べる必要はほとんどない。ただ、客観的に本人を含む関係者を観察し、依頼人の言う「家庭崩壊の可能性」を探り、場合によっては何らかの形でその方向に導いてやればよかった。
 最近、同業者を装って「別れさせ屋」と称する変則的な探偵業務を展開している者があるそうだが、私の事務所はそこまで深入りはしない。せいぜい可能性に向けたアドバイスを行うぐらいである。
 岡田邸は東急目蒲線のT駅から徒歩七、八分、多摩川に近い閑静な住宅地にあった。岡田夫婦は子供二人と夫の両親の計六人が一緒に暮らしていたのだが、自宅は私の家とは比べ物にならないほど大きく、庭も広い。しかもこの庭がよく手入れされているのである。
 当時、調査員として二十年近いキャリアがあった私は、マルヒの人相風ていはむろん、マルヒの住む家の玄関や庭などの状態を見ただけで、様々な判断ができるようになっていた。
 例えば、玄関先がひどく汚なかったり、庭が荒れているようなら、かなりの確率で家庭に不和がある。夫の浮気調査を、頼んでくる依頼人の家を訪問すると、まず例外なく玄関や庭先の手入れが悪くて汚ない。
 この日、垣間見た岡田宅は、家の経済状態も安定して、両親やマルヒ夫婦の仲が円満であることが察せられた。私にはこの段階で「勝負あった」と思われた。あの依頼人には気の毒だが、こんな家と庭を持っているマルヒが、妻子や両親を捨てられるはずはない。
 こんなことを思いながらマルヒ宅の前を歩いていると、偶然にもマルヒが庭に出てきて庭木に水をやり始めた。幸運にもマルヒ本人を確認できたのだが、私は最初、本人ではないのではないかと思ったほどだった。
 依頼者が言う「田村正和とジュリーを足して二で割った」風貌にはほど遠く、むしろ関西のお笑い芸人に近い顔だったのだ。
“惚れた弱みで、あばたもえくぼ”という諺があるが、まさにそれである。
 ひととおり現地を見て、それとなく近所への聞き込み調査をした私は、ついでに夫と別れて岡田教諭宅のすぐ近くに引っ越したという依頼人のマンションも見て行こうかと思ったのだがやめた。依頼人の影の部分に触れてはいけないような気がしたのである。
 事務所に帰る車の中で、私の気持ちは重かった。依頼人にどう報告しようか……。いや、初めから結果などわかっていたのだ。なにかやりきれない気持ちが私の心を塞いでいた。

(7)につづく

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