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『薔薇』(6)  レジェンド探偵の調査ファイル,内定調査,詐害行為(連載)

『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第六話】薔薇

 私は、その日、木村とのやり取りをテープに録音していた。事務所に帰ってこれを起こすと、昨日調べた彼の素性なども加えて報告書を作り、F社の顧問、浅田弁護士に渡した。所見の最後に「今後の佐伯氏、及びその関係者である木村等の動きはなお不透明」と書いた。
 最後にF社を訪れた不動産業者(これもヤクザのフロント企業の男だった)、そして今回の木村たちの背景もひととおり調査したのだが、なにしろ根はヤクザである。「何をするかわからない」という不気味さは残った。
 私は、調査報告書をまとめながら、十年以上前に起こった事件を思い出していた。
 ある不動産業者が練馬区に住むサラリーマンの家を購入したのだが、この家族が立ち退きに応じない。転売先も決まっていた不動産業者は、もし立ち退かせることができなければ、莫大な違約金を請求されてしまう。追いつめられた不動産業者は、ある日、立ち退かないサラリーマン一家を惨殺してしまったのである。
 この一家の小学生の女児だけは、たまたま親戚の家に泊まりに行っていたため助かったのだが、マスコミは大々的にこの猟奇的な事件を報じた。たかが土地の売買と言ってしまえばそれまでだが、億単位となる不動産取引は、業者に殺人さえやらせてしまうという典型的なケースだった。
 バブルが崩壊した後も土地や建物にまつわる悲劇は続いた。資金繰りに逼迫した企業や住宅ローンの支払いで破綻した会社員が、せっかく手に入れた不動産を銀行等に差し押さえられるケースが相次いだのである。住んでいた家を競売にかけられ、泣く泣く家を出る家族も多く、バブルの爪跡は家庭さえ崩壊させたのである。
 とはいえ、このZ町の家の件は、住宅ローンを払えなくなって競売にかけられたケースとは違った。
 会社の業績がそれほど悪いわけでもない佐伯氏が、なぜ家を競売にかけられたのか? この理由を私の事務所で調べた。
 調査対象である佐伯氏が経営する会社は、メインバンクがM銀行だった。借入残高はグループ企業の年商を上回っていたものの、これはそう珍しいことでもない。銀行も、経営が苦しくても約款どおりの利子分を支払って、キチンと返済の意志があると判断すれば、担保物件であるZ町の自宅を差し押さえることはなかったはずだ。
 ところが、佐伯氏は、故意とも言える態度で決済を怠ったばかりか、金利の支払いさえ、滞らせたようなのである。実際、前述のように、佐伯氏の代理人は「一億円で買い戻す」という交渉さえしている。金があるのに利子さえ払わない。比較的面倒見が良いと評判のM銀行も、ここにいたって佐伯社長に不信感を持ち、佐伯氏の自宅を差し押さえ、競売にかけたようだ。佐伯氏は(まさか銀行は自宅まで抑えないだろう)と思っていたふしがあり、ここに彼の見込み違いがあった。M銀行に自宅を競売にかけられた佐伯氏はきっとあわてふためいたことだろう。暴力団系不動産業者に頼んで、自宅の入札に参加させ買い戻そうとした。佐伯氏は「居住者がいるのだから誰も落とさないだろう」と考え、入札価格に二百万円上乗せした六千七百万円で札を入れたのだが、前述のように岩井社長が七千五百万円の値で競り落としてしまった。
 このままいけば、家を立ち退かなければならない。そこで前出の木村などに自宅を買い戻すように指示した——というわけだ。
 ちなみに、競売された所有物件を自分の関係者などに落札させることは「詐害行為(さがいこうい)」と言って法律で禁止されている。
 債務者が債務から逃れるために差し押さえされそうな不動産の名義を家族や友人に変更することも、この詐害行為に当たるのだが、上手くやられると、弁護士も手を出せない。
 最近、私の事務所で扱ったなかにも「上手くやられた」ケースがあった。
「一億近い債務を抱えたA氏からどうにか貸し金を回収できないか」と頼まれて調査したところ、それに見合う自宅不動産があった。ところが、この男の自宅は二十歳の長男名義になっていたのである。フリーターの長男が前年だけ収入が多かったように装ってノンバンクから融資を受け、実の父親から買い取った形にしていたのだ。依頼人の顧問弁護士に相談すると「どうすることもできない」と下りてしまった。
 だが、このZ町のケースは「競売で正式に買い取った人をヤクザまがいの男を雇って脅す」ということさえしている。いわば自分で墓穴を掘ったわけで、裁判所も“強制退去”の厳しい判決を下した。ゴネてヤクザを使って脅せば、そのまま住み続けられるだろうと思った佐伯氏とその家族は、歯がみする思いだったろう。

(7)につづく

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