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デザインで自由な散文#001『何でもない話』

 「絶対にうまくいかないことを思いつくのがトイレで、そこそこにうまくいきそうなことを思いつくのが風呂場だ

幼少期に父に言われたこの言葉を結構な頻度で思い出します。
(どういうときに思い出すのかはその時々様々で、今日は歯磨きをしているときに思い出しました。)

 代表の齊藤からのnoteを書いてほしいというアプローチを1年以上うまくかわしていましたが、流石にそろそろ胸が痛くなってきたので今回は書いてみました。

 デザインやクリエイティブのことに関連したことを書こうと思うと筆が全く進まないので、なんでもない話をコツコツと少しずつ書いていくことで、たまにそれらのことについて触れる「準備」をしておこうという心持ちで向き合っています。

 アラーキーこと荒木経惟の著書である「天才アラーキー 写真ノ時間(集英社)」はその半分が下ネタで、4割が自画自賛、写真の話は1割り程度なので、本当に語りたいことは1割くらいの方が伝わるんだなと思った次第です。
(だいぶ前に読んだので正確ではないかもしれないので気になった方はぜひ読んでみてほしいです。続編の「天才アラーキー 写真ノ方法 (集英社新書)」もあります。)

 話が脇道にそれてしまいますが、僕は読んだ本の内容はおおよそすべて忘れていると思います。
 しかし、それは本を読んでも読まなくても一緒の結果である、ということではなく、読書という体験を身体を通じて感覚的に自分の中に取り入れているある種の「体験」であるというふうに僕の中で定義しています。

 故にアラーキーの本の内容を思い出すことはできないけれど、とても面白かった、そして「写真」に対しての味方も読む前とその後ではおそらく違った自分になっている、と思っています。

 松浦弥太郎さんの「エッセイストのように生きる」という本に中の一節にこのようなことが書いてありました。

 『(中略)むしろ、「詳しくなるまでの途中」こそがエッセイの宝庫です』

ということは僕は今デザインのことに関して、こうしてnoteに記していくのにピッタリなタイミングということになります。

 また、エッセイというとポエティックな印象を持たれるかもしれませんが、その辞書的な意味でいうと

 「自由な散文」ということになります。

 コツコツと更新していきますので、僕の「デザインで自由な散文」にぜひお付き合いしていただけますと幸いです。

文:藤井隼人 
挿絵:﨑山龍晴   


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