【日本の美意識】かわいいもの好き考察|価値観編
SHBUYA 109 lab.トレンド大賞2023が発表された。
15~24歳の女性510名を対象に行なった調査の結果だ。今年も調べないとわからないものが幾つかある中、わたしは自分も密かに面白いと感じている「んぽちゃむ」がコンテンツ部門の3位に入賞していることに目が留まった。
んぽちゃむは、若い女性たちに人気を博した「おぱんちゅううさぎ」の作者、可哀想に!さんが昨年からSNSで発信しているギャグアニメである。
んぽちゃむ
主人公のんぽちゃむ(右)は、計画性がなく失敗ばかりするドジなヨーグルトの妖精。仲良しのきみまろ(左)は常に冷静で、んぽちゃむの失敗に呆れつつも必ず助けてくれるナイスガイ。
おぱんちゅううさぎ
悲哀が共感を呼ぶ、頑張り屋だけど報われないおぱんちゅううさぎ。
昨年は、今も継続して大人気のSPY×FAMILYとちいかわが1位と2位に選ばれた。
SPY×FAMILY
ちいかわ
キャラクターのコラボカフェももはや当たり前のことになっている。子供向けというわけではないことも日本独自のカルチャー。経済効果も絶大。
んぽちゃむなどは見た目の印象だけではなく、キャラ設定などのコンテンツありきの可愛さなのだが、いずれにしても女性を中心とした日本人の「かわいいもの好き」が代々受け継がれていることを証明する事象である。
かわいいもの好きは、女性に限らない。街を歩くと、若い男性がキャラクターのマスコットをバッグに付けているのを見掛ける。多様化社会の恩恵か、老若男女問わずかわいいもの好きを公言できるムードになったことは、同じくかわいいもの好きの筆者にとっても嬉しい限りだ。
「未熟なもの」を愛おしく思う日本独自の感性
比較文化学者の四方田犬彦氏は、2006年の著書「かわいい」論で次のように述べられている。
四方田氏がここで採り上げた清少納言の「枕草子」の一節は、この部分である。
「うつくし」という形容詞は、枕草子が書かれた平安時代には「美しい」というよりも「かわいい」という意味で用いられたと言われている。今から1000年以上昔の日本人には既に今の「萌え」のような感情があったということか。
こちらは江戸時代の絵師、長沢芦雪の「白象黒牛図屏風」。黒牛の大きさを示すのに小さな白い犬が添えられている(対の屏風は、巨大な白象に小さなカラスが乗っている)。長沢芦雪は可愛らしい小動物が主役の絵も多く遺している。
未熟なものを愛おしく思う日本独自の感性が、日本の「かわいい文化」を醸成したという四方田氏の解釈に激しく同意する。
20年ごとに社殿を造り替え、神座を遷す伊勢神宮の式年遷宮や、正月に年神様をお迎えするための神社の煤払いなどに見られる「きれいな状態」を良しとする神道の風習(穢れが神様の生命力を低下させるという考えからの)も関係しているのではないかと感じた。新品好きももしかしたら根底にある価値観は同じなのかもしれない。
美しさよりも自分との距離感が近い「かわいさ」
イタリア留学中によく「Elegante」という形容詞を耳にした。英語のエレガントで、イタリア人が美しいものを褒める時にこの言葉を使っていた。一方、「Carino/Carina」という言葉も頻繁に発せられる。直訳するとかわいいになるが、実際には好きとかいいね!とかお洒落~という意味合いで使われる。子供や動物に対し、かわいいという意味で使うことはあるが、大人に対して言うことは基本的にない。
日本では、かわいいが全方位で使われる。同調圧力が強いと揶揄されるように日本人は他者の目を気にする傾向があるが、その分周囲との関係性を常に意識しているとも言える。
かわいいと美しいを日本語の感覚で比較すると、距離感が違うような気がする。美しいと感じるものは憧れや感動の対象で、自分の外にあるもの。それに対し、かわいいには「親しみ」が込められ、自分の近くに感じるものではないか。前者がどちらかと言うと客観的である一方、後者は主観的な評価ではないだろうか。
私感ではあるが、周囲との関係性を常に意識し、そこに「安心感」を求める日本人の気質もかわいいもの好きにリンクしていると考えた。ロボット開発が進む中、癒し系ロボットが日本から誕生しているのもこの文脈にありそうだ。
ユカイ工学が2022年に製品化したぬいぐるみ型ロボット「甘噛みハムハム」。口に指を入れると甘噛みしてくれる癒しアイテム。
かわいいという感情は、幸せホルモンであるオキシトシン(愛情ホルモン)を分泌させる効果もあるそうだ。もちろん、美しい富士山を新幹線の窓から見た時も幸せな気分になるが、より距離感が近く親しみを覚える「かわいい」という感情の方が、幸福度が高そうである。
デザインにおける「かわいさ」とは?
世界規模で愛されるハローキティやドラえもんといった日本のキャラクターは、「白銀比」であることが指摘されている。白銀比は、1:1.414の縦横比率のことで、日本では「大和比」として古くから建築などの様々な創作物に適用されている*¹。ちなみに用紙のA版B版も白銀比である。
対して「黄金比」は1:1.618の比率で、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザなどが代表例として良く挙げられる。白銀比よりも細長く、「美しさ」の黄金比率とされる一方、白銀比は正方形に近く、縦長の向きにすると安定感が出るため、キャラクターのプロポーションに当てはめると「かわいい」印象になる。
ミッキーマウスも白銀比だそうだ。だが、日本のキャラクターの多くは「二頭身」で頭が体よりも大きい。つまりそれは、「赤ちゃん」がベースになっているのではないか。
以前、テレビでかわいい顔の特徴として、赤ちゃんのように丸顔で上下方向の中央に目があることが挙げられていた。最近の人気のある有名人で例えるなら橋本環奈さんのような感じだ。
一昨年、Twitter(現X)でバズった、グラフィックデザイナーのうめかあさんの投稿を拝見した時にも、かわいいデザインの素は赤ちゃんだと確信した。
スーパーで購入したやさいパンの形が赤ちゃんの手にそっくりだったため、投稿されたよう。
赤ちゃんの小ささや柔らかさ、拙さ、そして未成熟・未完成なところは、キャラクターに限らず、人々がかわいいと感じるプロダクトにも共通する。
デザイナーの佐藤オオキ氏は、デザイン誌AXISに寄稿した四方田犬彦氏の「かわいい論」の書評の中で、デザイナーに作品をかわいいと言ったらムッとされてしまったと語っている。クリエーターがかわいいやきれいといったざっくりとした感想を歓迎しないのは頷ける。だが、デザインにおいてもウェルビーイング(幸福)が重視されるようになった今、かわいいと評価されるのも悪くないような気がする。幸せホルモン・オキシトシンが出るかわいいデザインをテーマに創作するようデザイナーに求めたら困惑してしまうかもしれない。しかし、現実にかわいいと感じるデザインのプロダクトは存在する。
そこで次回は、製品デザインの表現に視点を移してお話を続けさせていただく。「かわいい」という感性がどのような形に表れているのか、具体例から考察する。
《脚注》
*¹ 参考文献:つながるデザイン研究所「実はあなたの身近にも…日本人が惹かれる比率『白銀比』の世界」2022.7.25
NewsPicksトピックス 2023.11.19掲載記事より転載(筆者:本人)
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